「先月カットした髪、いい感じにまとまってるね。今回はカラー?」
「はい。雰囲気を変えたくて」

 快永さんの長くて綺麗な指が、私の髪をふわりと揺らせた。
 彼に触れられている。――――そう意識しただけで自然と心臓がドキドキしてくる。

「どういう色にしたいかは決まってる?」
「えっと……あまり派手な色にすると会社で浮いちゃいそうなので、暗めのオレンジブラウンとか……いいかなって……」

 モゾモゾとしながら歯切れ悪く伝えると、快永さんはにっこりと微笑んでうなずいてくれた。
 オレンジが強めならかなり派手な雰囲気になるけれど、ブラウンを強めにしてもらえば問題はないし、今より明るい印象になるはず。

「いいと思うよ。似合いそう」
「ブリーチなしでも発色しやすいって雑誌に書いてあったので……チャレンジしたくて」

 私はここへ通うために、ヘアスタイルやヘアケアについて勉強を重ねている。
 トレンドの情報は主に雑誌とSNSだ。
 とりあえずやってきて、要望をなにも伝えずに丸投げをしたら快永さんが困ってしまう。
 どんな髪型やカラーにしたいか、私はいつも自分で事前に考えてきたことを伝えている。カウンセリングの中で少しでも彼と会話がしたいから。

「このあたりの色でどうかな?」

 快永さんはヘアカラーチャートの表を眺めてしばし考えたあと、背後から私の目の前にそれを持ってきて見せた。

「こっちだと……ちょっと明るくなりすぎると思う。ひとつ下なら、落ち着いた感じでオレンジが入るよ」

 真剣に話を聞きつつも、背後にいる彼との距離が近くて緊張が走った。
 このままバックハグをしてくれたらどんなにうれしいだろうと、夢のような妄想を繰り広げそうになる。