高校の入学式、私は正門をくぐった先でただひたすらに坊主を探していた。


坊主、坊主……、お願い、いてくれ、と願いを心で唱えながら。


なぜ私は、このような奇行を入学早々するのか、特別に教えてあげよう。


私は高校球児が大好きだからだ。


挨拶が凛としていてかっこいいところ、一点にこだわってひたむきにボールを追いかける精神、白いユニフォームを茶色にしてまで走ってベースに滑り込む姿。球児が行うどこ行動を切り取っても、私の目には魅力的にしか映らない。


憧れの高校球児と、人生で一番近くにいることができる三年間が始まると思うと、わくわくが止まらなかった。


だが、坊主であれど、野球部に所属していない場合や、最近では野球部に所属しているものの、坊主にしていない人もいる。いわゆる高校球児の脱・坊主化だ。


しかし、球児であるのかないのかを見分けるのであれば、坊主であるのかそうでないかで判断するという方法しか思いつかない。


「坊主、いない……」


あいにく、私が進学した学校は甲子園やセンバツには縁のない高校だった。やはり、最近では強豪校でないと坊主にはしないのだろうか。探しても探しても、坊主が見当たらなかった。


「新入生は自分のクラスを確認した後、各教室に移動してください!」


メガホンを持った学校関係者が、校舎中に響く大きさの声で新入生にそう呼びかけた。


それを聞いた周りの新入生が、ぞろぞろと生徒玄関に流れている。私も乗り遅れまいと、一旦坊主探しを中断し、私のクラスである1-3の教室へ向かった。





「入学生点呼……藍沢律(あいざわりつ)


「はい!」


いよいよ入学式が始まった。


球児のようなハキハキした挨拶なら、私でもすることができる。そこら辺の可愛い子ぶった女の子の挨拶よりも、私の挨拶のほうが何倍も凛としていてかっこいいはず。そんな自分を、少しだけ誇りに思っていた。


相馬京(あいばけい)


「はい!」


返事を聞いた瞬間、私の胸がトクンと音を立てた。


この返事、私が聞いてきた中で一番かっこいい。


点呼された人は椅子から立つのだが、私の視界には彼の姿はなかった。きっと彼は私より後ろに座っている。よって、同じクラスではないのだ。


せめて立ち姿くらい見させてくれ、太ももの太さで野球部であるかないかの見当が大体つくのに、と心の中で呟いた。





高校での新生活は、想像していたより楽しかった。


嬉しいことに、中学からの友達である松屋沙奈とクラスが一緒だった。


おかげでぼっちは回避することができ、コミュ強の沙奈の仲介のおかげで新しい友達も数人作ることができた。


しかし、私にはまだ課題が残っている。


「野球部の友達、作りたい……」


まさかのまさか。私のクラスには野球部に入部する予定の子はいないらしい。


野球部がいない代わりなのか、私のクラスにはサッカー部やらバレー部やらのさわやかマッシュが大量発生している。


目にかかりそうなサラサラ前髪にはもう見飽きた。


「さわやかマッシュなんて求めてないのにっ。短髪もしくは坊主のかっこいい野球部の友達が欲しいなー」


私はお得意の独り言を言いながら、家路をたどる。


クラス決めをした先生に対しての皮肉をこめて、道端に転がっていた石ころを思いっきり蹴った。


石ころは高く飛んだ。どこまで行くのだろうかと見届けた先には……男の人がいた。


「わっ、わっ!!石危ないっ!!!」


「うお、あっぶね」


危機一髪。石の先にいた男の人は、かろうじてそれを避けてくれた。


「本当に、本当にすみません!!!怪我はないですか?!」


完全に私の注意不足だ。関係のない人を巻き込んで迷惑をかけてしまったことに、その人に対しての申し訳なさでいっぱいになった。


「俺なら大丈夫ですよ」


「よかった…迷惑をかけてしまって申し訳ございません」


私は深く頭を下げた。


「頭上げてくださいって。あの、同い年ですよね」


「は、はい?」


男の人は、私の制服のリボンを見てそう言った。


そういえば私の通っている学校は、学年でリボンの色が違っている。私の学年は濃い赤色だ。


頭を上げて再度男の人を見ると、私と同じ高校の制服を着ていることに気がついた。


「えっと、お名前は?」


相馬京(あいばけい)です。あなたは?」


一瞬、時が止まったかと思った。


相馬京って……。


「私は藍沢律(あいざわりつ)と言います」


私がそう名乗ると、京は「えっ?!」と声を出して驚いた姿を見せた。


「藍沢律って、入学式でめっちゃ大きい声で返事してた方ですよね?」