雅にいは、ただの幼なじみのお兄ちゃん。
 好きな人とかは、私が関与することじゃない。
 自分でそう納得したはずなのに……

 一夜明けてから、雅にいの様子が変だ。
 ごはんも食べ終わったのに、部屋に戻さないと言うように出口に立って私の進路を塞ぐ。

「なんでそこ立ってるの?」
「だって退けたら部屋に篭るでしょ」
「勉強もあるし、友だちと通話とかもあるからね」
「じゃあ退けない」

 手を大きく広げて、通せんぼと言わんばかりにムッとした顔を見せつける。
 何がしたいのかわからないけど、押し問答をするのも面倒でソファに座った。

 テレビを付ければ、音楽番組がやっていたからそのまま見つめる。
 すぐに雅にいは、ソファの横に移動してきて座った。

「元彼ってどんな人」
「えー?」
「すごい怒ってたじゃん」
「んー」
「答える気ないだろ」

 雅にいの言葉にあははとだけ笑って、目線はテレビのまま返さない。
 テレビでは今流行りのアイドルグループが恋を歌っていた。

 テレビでも、ネットでも、誰も彼もが恋の素晴らしさを語ってくる。
 恋なんて、特段素晴らしいものでもない。
 ただのエゴの押し付け合いでしかないのに、美化して歌ってることが苛立ってチャンネルを変えた。

 何も答えない私に痺れを切らしたのか、雅にいが立ち上がる。
 かと思えば、私の目の前にしゃがみ込んで目線を合わせてくる。

「何があったの」
「知っても面白くないから忘れて」
 
 ふいっと目線を逸らせば「意固地」と言われたから、ムッとして言い返す。

「関係ないでしょ」
「あるから聞いてるに決まってんだろ」
「じゃあどう関係あるの」

 じっと目を見つめれば、次は雅にいの方が逸らす番だった。
 テレビをプツッと消してソファから立ち上がれば、「待って待って」と焦ったように手を振る。

「もーなに」
「行かないで」
「なんで」
「元彼のことはもう聞かない。ナミが怒った理由を教えて」

 しゅんっと切なそうな目で言われるから、ソファに座って足を組み直す。
 怒った理由は……よくわからないけど、胃がムカムカしてイラついたからで。
 そんなことを素直に言うわけにはいかないから、黙り込む。

「それもイヤなんだな、わかったわかった」
「じゃあもう部屋戻っていい?」
「テレビ見ようよ」

 ソファに座り直して、隣においでと言うように、ぽんぽんとソファを叩く。
 全て無視して、冷たい声を出す。
 
「なんで」
「ナミとの時間が少ないと寂しい」

 寂しい……?
 結局、誰でもいいから女の子にそばにいて欲しいってだけでしょ?

 また、胸の奥でチリチリと燻るから、ソファに思い切り手をついて立ち上がった。
 そのまま引き止めようとする雅にいの言葉を無視する。

「行かないでって」
「明日、英語当てられるから」
「俺が教えるって」
「ズルみたいだから、いい。じゃあ」

 素早く、駆け足で部屋に戻って鍵を掛ける。
 がちゃんという音の方が、雅にいが追いかけてくるより早かった。

「あー! 逃げるなって」
「英語の予習するから、静かにして」
「怒ってる理由がわからないと、直しようもないじゃん」
「怒ってないって、ただ、本当に明日当たるから邪魔しないで」
「じゃあ、名前呼んで」
「は?」

 唐突な提案に、開きかけたノートを閉じてしまった。
 名前呼んでってどういうこと?

「最近呼んでくれないから」
「はいはい、雅にい、雅にい」
「投げやりだけど、まぁいいや。困ったら呼んで」

 絶対呼ばないけど。
 もう一度ノートを開き直して、明日の予習を始める。
 本当は、当てられるかどうかなんてわからない。

 英語の先生は、思いついた数字に日付を足して、出席番号で当てるからランダムだし。
 そもそも、当てることは多くない。

 それに、予習をしなくても英語は得意科目だから困らない。
 でも、そのことは、雅にいには教えてあげない。