学校生活にも慣れ始めてきた。
 相変わらず、男の子の友だちは夕月くん以外できていないけど。

 ユイは、今日は道場に寄るからと言って先に帰ってしまった。
 中学の頃は、誰か友だちとずっと一緒にいたけど、 高校生にもなれば、一人で行動する時間も増えてくる。

 それでも、一人の時間の埋め方を分からなくて、最近流行りの本でも借りに行こうかと思い立つ。
 図書室の重たい扉を開けば、ホコリっぽい匂いにむせた。

 あまり利用者がいないのかもしれない。
 酸素濃度が薄い気がする。

 受付には生徒が一人座って、本を開いていた。
 ぺこりっとお辞儀してから、通りすぎる。
 本棚の間を縫うように移動すれば、覆い被さるように近い二人を見つけて、咄嗟に隠れてしまう。

 私が、悪いことしてるみたい。

 夕日に照らされてる二人組からそっと離れようとすれば、聞き覚えのある声が耳に入る。
 小声で話し合ってるようだけど、静かすぎる図書館では響いて聞こえる。

「大丈夫?」
「はい……」

 雅にいの声に聞こえて、本越しに二人組の後ろに移動する。
 ちらりと、本の隙間から覗けば、やっぱり雅にい。

 自己紹介の時に恋人はいませんって言ってたのに。
 相手の服装は制服で、生徒だった。
 気まずくなって、走って逃げる。

 息を潜めたまま、図書室から出て大きく深呼吸をした。

「はぁ……なんであんなとこ見なきゃいけないんだか」

 先生と生徒だからとか、お堅いことを言うつもりはない。
 それでも、誰にでも見られるとこであぁいうことはしないでほしい。
 言う権利も、ないんだけど。

 はぁっと大きなため息をついた瞬間、部活に行くところだったのか、居合わせた夕月くんと目が合った。
 少し近づいてきたかと思えば、声が聞こえる範囲でピタリと止まる。

「どしたの?」
「本を探しにきたんだけど、ちょっと」
「なんか見ちゃった感じ?」

 ちょっと、しか言っていないのに、夕月くんはすぐに
 察して、困惑したように眉毛を落とした。

「そう言う感じ」
「図書室利用者が少なくて穴場だって有名だからね……」
「有名なんだ」
「そうそう、先輩から後輩に代々引き継がれてるって言うか、口頭で教え合ってるみたいな」

 部活に入ると学校のそう言うことにも詳しくなるのだろう。
 知りたくなかったけど。
 そう言う場面にも遭遇したくなかったし、しかも、それが幼なじみで同居中の人だなんて……
 今日はツイてないみたい。

「まぁ、忘れた方がいいよ、うん」
「あはは、できるだけ頑張って忘れる。夕月くんは、部活?」
「ううん、今日は自主練。林さんは、ユイちゃん待ってるの?」

 夕月くんは順調に、ユイと距離を縮めているようだった。
 私のことは変わらず林さんと呼び、ユイのことは、いつのまにか名前呼びになっている。
 
「ううん、ユイも今日は居ないから本借りにきたんだけどね。大人しく帰るよ」

 ひらひらと手を振って帰ろうとすれば、声で呼び止められる。

「待って」

 えっ、と振り返れば、一歩だけ夕月くんが近づいている。
 待っていれば、「一緒に帰ろ、荷物持ってくる」とだけ言ってタッタッタッと走り去っていく。
 いいよとも、待つとも答えてないのに、あわてんぼうだな。

 でもそんなところも、イヤな感じはしなくて、近くのベンチに座ってリュックを膝に抱えた。

「お待たせ」

 相変わらず、半径一メートル以上を開けて私に声をかけてくれる。
 あまりの徹底ぶりに、ユイが何かを言ってくれたのかと思ってしまう。

 距離は開けつつも、二人で並んで帰る。

「一緒に帰るって言っても、夕月くんのお家反対方向じゃないっけ?」
「あー、うん、まぁ、でも、ヤなもん見た子を一人で帰せないでしょ」

 さらりとそんなことを言って、ためらうことなく、私の家の方向に一緒に歩いてくれる。
 ちょっとイヤな心が出てきてしまう。
 ユイが好きだから、親友の私からってこと?

 中学時代も何度もあった事を思い出して、夕月くんはそんな感じじゃないと思ったのに。
 勝手に、幻滅してしまう。

「別に大丈夫なのに」
「俺じゃ安心できないかもしれないけど」
「夕月くん、私の事情知ってる感じ?」

 友だちになったとはいえ、二人きりは初めてでドギマギしてしまう。
 ガチガチに固まった体で歩けば、足と、手が同時に出てしまいそうだ。

「事情? あー、知らないけど、なんかあるのかなとは思ってる」
「ユイから聞いてるとかでは、ないんだ」
「うん、でも、まぁ言いたくないなら言わないでいいよ。俺とまだそんなに親しくないと思ってるだろうし。無理に聞く気は全くない」

 キッパリと言い放って、ははっと笑う。
 この時間に帰宅する子はあまり多くないようで、人もまばらにしか見当たらない。

「気づいてると思うけど、俺ユイちゃんに一目惚れしたんだ」

 唐突に、そんな告白をされるから、どう答えていいか分からず「うん」とも「ふーん」とも取れないような中途半端な声を出す。

「でも。だからって、林さんに優しくしてるわけじゃないから」
「へ?」
「好きな子の友だちとして見てる面もあるけど、入学して最初に仲良くなった友だちとしても見てるってこと」