入学式も、その後のレクリエーションも滞りなく終わり帰宅の時間になった。
 どうやら部活の紹介がこのあとあるらしいけど、参加するつもりはない。

 帰る準備をしていれば、夕月くんがユイの席に近づいていく。
 ユイの机越しに私にも、声を掛けてくれるのは優しさか……ユイへの好意か……わからないけど、このくらい離れて静かに話してくれる夕月くんは良い人だと思う。

「新田さんと林さんは部活は?」
「私は、パス! 空手の練習あるし。ナミも入りたいのないって言ってたよね?」
「うん、部活はやらない予定かな」
「新田さん、空手やってるんだ」
「そうなんだ、だから、部活はねぇ」

 夕月くんはしょんぼりとしながら「そっか」と言って、私たち二人の帰る準備を眺める。

「夕月くんは?」
「俺は、バスケ」
「だから、おっきいんだ?」

 ユイが立ち上がって、背比べをするようにつま先たちをする。
 ユイだって身長が低い方じゃないのに、夕月くんと並んでいるのを見ると、小さく見えた。

「そうそう、180あるんだよね。二人とも、もう帰るんだよな。部活ない時どっか一緒に遊びに行こうぜ。あ、三人があれだったら俺も男の友だち呼ぶし」
「あーうん、三人の方がいいかな、それなら」
 
 ユイが気まずそうに、私をチラッと見てから答える。
 夕月くんは何も気にしてないように、頷いてからカバンを肩にかけた。

「あ、そう? おけおけ。部活ない日誘うわ」
「うん、よろしく、またねー」
「林さんも、またね」
「うん、ばいばい」

 小さく手を振って見送れば、ぐんぐんと速いスピードでめの前から消えていく。
 朝の時は気を使ってすごいゆっくり歩いてくれていたことがわかって、ますます夕月くんへの好感度があがった。

「良い人だね、夕月くん」
「ね、面白いし優しいし。わざわざ、私にぶつからないように避けてたの気づかなかったけど、可愛い人だよね」

 ユイの満更でもない表情に、ふふっと笑い声が出てしまう。
 案外ユイも、夕月くんのことをいいなと思ってるのかもしれない。

 夕月くんなら、応援できる。
 まだ会って一日だけど、大きな声も出さないし、気遣い屋さんだし。

「ナミが良い人だねって言うのは相当だよ」
「何よー」
「いやほら、トモヤの件があってから男の子避けてたでしょ?」
「そうだね」

 久しぶりに出た名前に、ごくんっと生唾を飲み込む。
 ユイが悪いわけじゃないのに、紹介したのが自分だからと、私以上に傷ついた表情をしていた。
 そんな気持ちからも卒業したの、私。
 だから大丈夫だよ、と笑って見せる。

 ユイは私の頭をわしゃわしゃと撫でてから、聞き取れないくらい小さい声で「私に気を遣わなくて良いからね」と呟いた。

「気を遣ってないよ、夕月くんは距離を保ってくれるし、大丈夫」
「そっか」

 二人で帰り道を歩きながら、今日の振り返りをする。
 ユイが思い出したように言い出したのは、雅にいのことだった。

「そう! 担任の三宮先生」
「三宮先生がどうしたの?」
「めっちゃイケメンじゃない? ファンクラブもあるし、生徒にも優しいんだって。先輩方が言ってるらしい」
「どこで聞いたの?」

 今日、私は騙し討ちみたいなことをされたばっかりだけど。
 担任なら、私が入学することを制服を見るよりもっと前から知ってたはずなのに、そんなそぶりは一回もしなかった。

「グループメッセ! 三宮先生、入学前からめちゃくちゃ人気だったんだよ」

 ほらっと言いながら見せた画面には、授業中の雅にいの写真。
 誰がこんな盗撮まがいなこと、と思えば、学校説明会で配られたパンフレットに載っていたらしい。
 
 私が見た時は気づかなかったんだよな。
 隅から隅まで読んだから絶対見てるはず。
 でも、大人になった雅にいが変わりすぎていて、私会うまで気づかなかったのかも。

「パンフレット見た子が、かっこいいってメッセ送ってて、みんなで盛り上がったんだよね。まさか担任だとは思わなかったけど」
「ユイも好み?」
「当たり前じゃん。ちょっと冷たくされたら燃えあがっちゃう!」

 目の奥をメラメラも燃え上がらせて、ユイがぎゅっと握り拳を作った。
 冷たくされたら……想像しようとして、思いつかなくてやめた。

 雅にいは意地悪なこともするけど、基本的には優しいし。

 
 ごはんを作って、雅にいを待ち構える。
 玄関が開いた音がしたので、部屋を出た。

「おーただいま、ナミ」
「隠してたよね?」
「気づいてないと思わなかったわけ」

 くすくすと笑いながら、クツを脱ぐ。
 私の頭をぽんぽんっと叩いて、何事もなくすれ違っていくから。
 頬を膨らませながら、追いかけた。

「気づいてないと気づいてたくせに!」
「ごめんごめん、拗ねるなよ」
「一言言ってくれればよかったじゃん。心臓止まるかと思ったんだから」

 雅にいの後ろを着いて歩けば、脱衣所まで来てしまう。
 ネクタイを片手で緩めながら、振り返って「シャワー入るんだけど?」と問われて、やっと気づいた。

 バッと後ろを向いて、脱衣所から出ようとすれば、服のスソを掴まれた。

「一緒に入る?」
「入んない!」
「冗談だよ」

 服が離されて、扉がパタンと音を立てて閉められる。
 どきどきと心臓がうるさいのは、冗談のせいか。
 驚いたからだな、きっと。