学校に着く手前、見慣れた後ろ姿を見つけて飛びつく。

「ユーイ!」

 足音に気づいたのか、パッと振り返ったユイは私を両手で抱きとめる。

「おはよう、ナミ。今日から高校だね。制服似合ってる」
「でしょー? ユイも似合ってる」

 ユイから離れてくるんっと回れば、スカートがひらりと放射線を描いてはためいた。
 お揃いの制服のまま並び立ち、学校へと向かう。

 私の高校は、家から近いこともあって、同じ中学から進学した子たちも少なくない。
 知り合いの子たちを追い抜きながら、校門の前に立つ。

「はぁ、本当に高校生なんだね」
「高校生活楽しみだねぇ、ナミは、何かしたいことあるの?」
「とりあえず大学行けるだけの勉強! ユイは、新しい恋人だっけ?」
「今度は絶対学校内で浮気しない、イイ恋人を作る……!」

 力こぶをぐっと作って、ユイは微笑む。
 ユイはパッと見は、儚げなか弱い女の子。
 でも、小さい頃から空手を習っていて、強い。

「あ、恋人ができたって、ナミのことはちゃんと守るから安心して。何かあったらすぐ相談してよね」

 自信満々に私の背中を押す。
 あの時、崩れ落ちそうだった私の形を留めてくれたのは、ユイだから。
 感謝しかない。

「するよーう! ユイは親友だからね」
「とりあえず、クラス分け見に行こ」
「いくいく! 玄関のとこに貼ってあるんだっけ?」
「そうそう。知ってる子たち多いといいね」

 両親はもう新しい地にいるし、誰も来てくれない入学式と少し寂しかった。
 でも、隣にいるユイを見れば、そんな気持ちは吹き飛んだ。
 ユイの両親も私の両親の代わりに写真とかを撮ってくれると言ってくれていたし。

 玄関に入れば、ざわざわと生徒たちが寄り添い合いながらクラス分けを眺めている。
 人混みの後ろから、自分の名前を探す。

「私はDの方から探してくるから、ナミはAからね!」

 ユイはそのまま、反対端の方に歩いて行ってしまった。
 A組から、ユイの苗字と私の苗字を探そうと目を動かせば……知ってる名前を見つける。

「三宮雅嗣」

 口に出してしまったけど、同姓同名だろうか?
 いや、まさか。
 だって、雅にいだったら、朝の制服を見た時点で言うはず……ううん、面白いからって黙ってた可能性もある。

 気づけば、C組まで見終わったユイが私の横に戻ってきて「名前なかったー」と呟いた。

「あ、ごめん、知り合いの名前があったからまだ見れてないの私」
「中学の子?」
「あーううん、幼なじみ」
「へぇー! 中学は違ったんだ?」

 まさか、先生です、とは言いづらくて「うん」とあいまいに笑ってごまかす。
 A組の名前をずらっと見ていけば、新田の文字を見つける。
 続く名前は「ユイ」になっていた。

「ユイはA組だって!」
「私A組か! 林、林っと」

 ユイが指でなぞるように、すすすっと名前を読み進めていけば、四つ下に私の名前も記載されていた。

「同じクラスだ!」
「よかったー! ユイと違うクラスだったらどうしようかと思ったー!」

 二人で抱き合えば、ドンっと後ろからぶつかられる。
 ごめんなさいを言おうとして顔を上げれば、体格のいい男の子。
 体が強張ったのに、気づいたユイがそっと握りしめてくれる。

「悪い」
「大丈夫大丈夫! こっちこそごめんねー」

 そっと私を後ろに引っ張って、ユイが前に出てくれる。
 高校では、頑張ろうと思っていたのに。
 うまく声が出ない。

 男の人全てがそうじゃないってわかってる。
 雅にいだったら、普通に話せたのに。

 どうしても、男の人が嫌いだ。
 でも、大きい体にも、怒鳴り声にも、恐怖してしまう自分が一番嫌い。

「ちょっと聞こえたんだけど、俺もA組なんだ。夕月ルイ。よろしく」

 へらっと笑って、手を差し出す夕月くんにぺこりとお辞儀をする。
 私には、ぺこりとお辞儀して、手は引っ込めない。
 ユイがガッチリ掴んで上下にブンブン振り回して「よろしく〜!」と答えれば、照れたように耳を赤く染めた。

 あ、この人、ユイに惚れた。今の一瞬で。

 握手をし終わって、三人で並んで教室へと向かう。
 私と夕月くんの間に、ユイが気を遣って入ってくれたから少し距離を置いて歩く。
 学校の壁には、色々な場所に「一年生の教室はこっち」と張り紙がされていた。

「親切だね、これだけ貼ってあれば」
「俺もびっくりした」

 背の高さと声の低さから最初は警戒したけど、夕月くんはそんな私に気づいてか、私に話しかける時はやけにゆっくり声を作ってくれている。
 低い声にビクッとなっていたのが、見えたのかもしれない。

「ねー、今時ってすごいね〜! 案内図渡されて終わりだろうとか思ってたよ、私」

 ユイが周りを見渡しながら、ふらふらと歩くからその度に夕月くんはぶつからないように一緒にふらふらと揺れる。
 その様子を見て、私はぷっと吹き出してしまった。

「え、なになにどうしたの」
「ユイ、何回も夕月くんにぶつかりそうになってるよ」「うそ、ごめんごめん、夕月くん」

 両手を合わせてペコペコとユイが謝れば、優しい目で笑う。
 全然大丈夫と、笑って夕月くんは答える。
 
「いや、俺がたい良いからぶつかったら痛いだろうし、邪魔だろうし、気にしないで」
「やっさしー! ありがと」
「いやいや、これくらい普通だよ」

 三人で話していれば教室に着くまであっという間だった。
 教室の中は、期待に胸を膨らませる子たちばかりで、楽しそうにスマホを見せあったりしてる。

「連絡先交換してるのかな……?」

 私が呟けば、ユイも夕月くんもこちらをパッと見て驚いた顔をする。

「いや、あれは……」
「あれは?」
「林さん、グループ入ってないの?」

 夕月くんがスマホを取り出して見せてくれたのは、新一年生グループと書かれたメッセージアプリの画面だった。
 ユイの方を見れば、信じられないという顔をしてる。

「えっ、そんなのあった? え、ユイは知ってたの?」
「私も入ってるよ、ほら」

 ユイが勝手に夕月くんのスマホを操作して、参加メンバーを私に見せつける。
 メンバー一覧には(98)と表示されていて、全員ではないものの、多くの人が参加してることが見てとれた。
 そして、いつもの見慣れたユイの横顔アイコンが表示される。

「あ、ごめん勝手に操作して」
「あ、うん、全然大丈夫。友だち申請していい?」
「おっけーおっけ! スタンプ送っておいて」
「おう、送る。林さんも、いい? あ、グループにいないんだっけ?」
「ナミは私が招待するわ!」

 ユイがスマホを取り出して、私を招待してくれる。
 私もスマホで参加を押せば、ずらっと流れていくメッセージ。
 何組だったみたいな報告が多いのは、みんな元々やりとりしていたからかもしれない。

 通知が来て夕月くんからの友だち申請が表示された。
 夕月くんのアイコンは柴犬。

「犬飼ってるんだ、柴犬かわいいよね」
「そうそう、ゴン」
「ゴン……ゴン、かっわいい名前だね」

 くすくすと笑ったのは、ユイのどこかにハマったのだろう。
 夕月くんは満更でもなさそうに頭を掻いている。

 黒板の方に、座席表が書かれているので自分の席に向かえば、ユイの後ろ。
 夕月くんは、私の斜め後ろの席に荷物をおいて、すぐにユイの机の横に戻ってきた。
 三人でおしゃべりをしながら、チャイムが鳴るのを待っていれば、先生が教室に入ってくる。

「はーい! 出会ったばっかりで話が盛り上がると思うけど、もうすぐ始まるから席戻れよー」

 すっかり先生の顔をした雅にいに、視線を送れば、ぱちんっとぶつかり合う。
 ふっと軽く笑われた気がするから、やっぱり、私が驚く顔を見たくて黙っていたんだと思う。

「じゃあ、また」

 夕月くんはそう言って、席に戻っていった。

 チャイムが鳴ると同時に、雅にいは号令をかける。

「起立、気をつけ、礼。はい、座ってください。じゃあ、まずは自己紹介からな」

 先生らしく黒板の前に立って、カッカッカッと名前を書いていく。
 入学式は、自己紹介の時間を挟んでからみたいだ。
 座席表にしか目が行かなかったけど、左端の方に時間割も書かれている。

「三宮雅嗣と言います。みんなの担任でーす。よろしく、好きなものはオムライス。あとは、質問ある人いたらどうぞー」

 私が好きだからって理由でオムライスを作ってくれたんじゃなくて……自分が好きだったんじゃん。
 ツッコミを入れそうになって口を押さえる。
 前の方に座っていた女の子が「はい」と勢いよく手を上げて、立ち上がっていた。

「えーっと、相沢さん、どうぞ」
「三宮先生は恋人いますか」
「毎年聞かれますが、居ません。良い人いたら教えて」
「はいはい、立候補しまーす!」

 相沢さんと呼ばれた子は、雅にいにぐいぐいと近づいて手を何回も上げ直す。
 高校生ってこんな感じなんだと思っていれば、雅にいは「ははは、親しくなってからね」と軽く交わしていた。
 こう言うことを言われるのも慣れてるのかも。

「じゃあ、左端から後ろにどんどん自己紹介行こうか」

 雅にいが一人一人名前を呼んで、自己紹介を繰り返していく。
 クラスの子たちの名前をすぐに覚えられる気はしないけど、仲良くなれるように頑張ろう。

 聞いてるうちにあっという間に私の番に迫ってくる。
 前の席に座るユイの自己紹介が終わって、雅にいはいつもの声で「林ナミ」と私の名前を呼んだ。

 苗字を呼ばれたのが初めてで、すこし戸惑って声が裏返ってしまった。

「ひゃい」

 恥ずかしくなって顔を赤くしながら、なんとか自己紹介を終える。
 一際大きい拍手をしてくれたのは、ユイと夕月くんだった。
 同じクラスに二人がいて良かったと、噛み締めながら席に座る。
 
 雅にいの方をちらりと確認すれば、いつもの笑顔で私を見つめていた。
 目が合えばすぐに切り替えて、後ろの子の名前を呼ぶ。