「ちょ、大丈夫?」
ユイの背中をさすれば、小声で「居なくなってたから油断した、ごめん」と謝られた。
私たちを待ち伏せしていたかどうかはわからないし、ユイのせいではない。
「やっぱ、ダメか。他の席いくよ、ごめん。怖いよな」
すんなりと引くから、自意識過剰だった気がしてきた。
ユイの背中をさすりながら、どう答えたらいいか考える。
今日だけ付き合えば、満足して学校にまでは来ないかもしれない。
学校に来てた理由もそもそも、私たちじゃないかもし」ないし。
「大丈夫だよ、ね、ユイ」
「うんうん、座りなよ、席あるし」
私が答えれば、ユイは合わせてくれる。
トモヤはパァアっと笑顔を咲かせて、私たちの前の席に座った。
「友だちってか、まぁ友だちか。に用があって二人の学校行ったんだけど。新しいドーナツ屋さんあるって教えてもらってさ」
「あ、そうだったんだ。友だち、私たちの知ってる人?」
「どうだろ、知ってんのかな」
「あ、同じ中学の人とかじゃないんだ」
「そうそう、部活で知り合った子」
含みのある言い方に、ピンと来る。
今付き合ってる子がいて、その子のためにも私に謝りたかったってことでは?
トモヤへの恐怖心が、スゥッと落ち着いてきた。
なんだ、全部私の自意識過剰じゃん。
「付き合ってんの?」
私が脳内でたどり着いた答えは、ユイも同じだったらしい。
もぐもぐとドーナツを食べながら、興味なさそうにトモヤに問いかける。
トモヤは、はにかみながら「いやぁ、まだ」と小さく答えた。
私とユイの考えは、概ね当たっていた。
ほっと胸を撫で下ろして、残りのドーナツを口に運ぶ。
「二人は相変わらず仲良いんだな」
「そうだよー、ずっと、親友だもん」
「そっか。ナミが元気そうで安心した」
「私は?」
「ユイはいつだって元気だろ」
言い合うようにじゃれる二人に、中学の時の記憶が蘇る。
もともとトモヤは、ユイと仲良かった。
そこから、私も一緒に話すようになって……告白されて付き合ったんだ。
あの頃に戻ったみたいで、楽しくなってくる。
「トモヤは学校どう?」
「楽しいよ。勉強はむずいけど」
「トモヤがむずいって相当じゃん。私とナミだったら無理だね」
中学の時からトモヤは、頭が良かった。
クラスでは常に上位に入っていたし、学年全体でもいつも、テスト結果がはり出される順位の中には居た。
うんうんっとうなずきながら、トモヤはドーナツを一口食べる。
「あまっ」
「甘いのかわらず苦手なの?」
「うん、まぁ」
ブラックコーヒーでドーナツを流し込むように飲み込んでる姿を見て、つい笑ってしまう。
初デートのカラオケでも、甘い飲み物を頼んでしまって私も交換した。
もしかしたら、私がダメだった時のためにわざと頼んでくれていたのかもしれないけど。
私は、あの時はカフェオレを頼んでいたし、トモヤはアイスココアだった。
今飲んでるものと真逆だけど、同じもの。
だからこそ、あの日を思い出してしまう。
緊張しながら隣に座ったこと。
二人で歌ったこと。
エレベーターの中で、トモヤにキスされそうになったこと。
未遂だったけど……
「ナミもユイも元気そうで良かったよ。ずっと気になってたから……ほら、俺のせいで三人で集まることも、どっか行くこともなくなっただろ」
ユイが気まずそうに目を逸らす。
その話題にはどう触れていいかわからなくて「気にしてないよ」とだけ答えた。
ユイが気まずそうにする理由は、ひとつもないのに一番気まずそうなユイの手をテーブルの下で握りしめた。
大丈夫と言うように力強くぎゅっと握り返される。
「ユイもごめんな」
「気にしてないからやめてよ、ドーナツ食べ終わるから帰るね」
ユイとトモヤの間の不思議な空気感に、首を傾げる。
私たちが集まらなくなったのは、トモヤの浮気で別れたから……だけじゃない?
鈍感とか、ユイには言われる私だって、この空気感には何か理由があるのだけはわかる。
それでも、ユイはもう聞きたくなさそうに顔を背けているから黙っていた。
「もう少し話そうぜ、久しぶりに、って昨日も少し会ったけど」
帰ろうとするユイを引き留めるトモヤ。
私に会いたかった、っていうよりもユイに会いたかった?
また恥ずかしい勘違いをしていたかもしれない。
「また今度あったらね。ね、ナミ」
「う、うん?」
「ナミもお土産家族に持って帰らなきゃだもんね」
「そうそう、お兄ちゃんに」
うっかり口を滑らせてお兄ちゃんと呼んでしまった。
それを聞いていたトモヤが不思議そうな顔をする。
「お兄ちゃんなんて居たっけ?」
「あー、うん、お兄ちゃんって言っても幼なじみなんだけど」
「え? 幼なじみになんでお土産持って帰るの?」
低くなった声にどきんっと胸が脈を打つ。
一緒に住んでます、と言うのはためらわれて嘘をつく。
「遊びに来てるんだ今日」
「へぇ……そうなんだ?」
「そうそう、久しぶりに、ね」
嘘をついてることをバレないように、浅く呼吸をする。
トモヤに嘘をつかなくちゃいけない理由はないのに、緊張で手が震えた。
「そっか、帰らなきゃだな。送ってくよ」
トモヤからの提案に首を横に振る。
ユイも横で「大丈夫大丈夫」と断っていた。
「いやいや、近いし」
「本当に大丈夫だから、ほらまだトモヤの残ってるし。食べてきなよ。ナミは私が送るから。私強いの知ってんでしょ」
ユイが力こぶを作って、トモヤに主張する。
ユイは小学生の頃から空手を続けていて、今では高体連に出るくらいになっていた。
私と違って昔から運動もできて、強い。
たしか、トモヤとの出会いも空手の道場だって言ってた。
思い出していれば、ユイに手を引かれる。
「だから、トモヤはゆっくり食べてなよ、じゃあね」
逃げるようにユイに引っ張られながら、店を出る。
振り返ってみてもトモヤは追いかけてくる様子はない。
いつもと違うユイの行動に、不思議に思っていれば急に謝られる。
「ごめん、しっかり確認してなくて」
「ううん、たまたまみたいだし、大丈夫だって」
「本当にたまたまだと思ってる?」
正直に言えば、わからない。
それでも、たった一回のデートをしただけの私を追いかけてくる理由はないだろうし。
もしかしたら、ユイとの不思議な空気感に答えがあるのかもしれないけど、ユイを問いただす気もない。
だから、本当にたまたまということにしておきたい。
「きっと、本当にたまたまだよ」
「ナミは、楽観的すぎるよ」
「ユイ……」
ぐっと力強く、くちびるを噛み締めるユイに、どういう声をかければいいのかわからない。



