裏口から出れば生徒の姿は全くなく、静かだ。
こちらの出口を使う人がいないから、当たり前なんだけど。
見慣れない道を、スマホのナビを見ながら歩く。
いつもは正門から出てるから、一人でこっちの道を歩くのは、初めてだった。
ドーナツ屋はいつもの帰り道から一つずれた道にあるらしく、見たことないのは当たり前だなと思う。
角を曲がれば、大きいドーナツの看板が目に入る。
店の前で待っていれば、いつもの道の方角からユイの姿が目に入る。
駆け寄ろうとして「わっ」と小さく声を上げてしまった。
ユイの後ろをこっそりと隠れるように付いて歩いている男の人を見つけた。
ドーナツ屋の前から逃げるように走り出せば、後ろからたったったと走る足音が聞こえる。
ユイが追いかけてきてるのか、トモヤが追いかけてきてるのか、わからないけど振り返れない。
「ナミ?」
聞こえた声はユイのもので。
安心しながら振り返れば、トモヤは見当たらない。
はぁっと大げさなため息を吐き出す。
ユイが心配そうな顔で私を見つめていた。
「どうしたの?」
「見間違いかも、大丈夫。ドーナツ買ってこ」
昨日からのことで神経質になってるのかも。
首をぶんぶんと振って、自分の変な想像を忘れ去る。
ユイと二人で入った店内は、甘い香りが漂っていた。
所々に置かれている小物は動物モチーフばかりで、見てるだけで癒される。
「ナミどうするー?」
ガラス張りのショーケースを端から端まで確認しながら、ユイはうーんっと唸る。
私も横に立って眺めれば、可愛い動物たちばかりで目移りしてしまう。
「食べてくよね?」
「もち。昨日聞けなかった恋バナ聞くんだから」
「二つ食べたらやばいかなぁ。でも、どれも食べたい……!」
「今日は長めの距離歩いたし、ナミはいいんじゃない? 私はまぁいつも運動してるんで」
ドンっと胸を張ってユイは、「これとこれ」と指さした。
雅にいと一緒に食べることも考えて、お店では一つにしておこう。
ドリンクメニューはレジの上に、手書きで掲示されていた。
「待って飲み物も、悩むんだけど!」
「私はカフェオレって決めてるから」
「早い早い。えー……」
どれにしようかな、と心の中で唱えながら指を移ろわせる。
ピタリ、と止まったのはアイスココアだった。
「決まった!」
「じゃあどれにすんの?」
「いちごドーナツとアイスココア」
ユイがまとめて注文してくれてる横で、持ち帰りのドーナツを悩む。
私も雅にいと同じハニードーナツにしようか。
ユイの注文は、カフェオレとハニードーナツ、それと、ホワイトチョコドーナツだった。
「ハニードーナツ頼むんだ」
「三宮先生おすすめなら食べておくべきでしょ」
ユイに直接聞いたことはないけど、ユイも雅にいのファンだと思う。
いつも「かっこいー」とよく言うし、「三宮先生の授業ならいくらでも受けてたい」とか言ってるから。
だから、まさか私の好きな人が雅にいだとは打ち明けられない。
このお店は二階がカフェスペースになってる。
ドーナツも飲み物も後から持ってきてくれるらしい。
「あ、お持ち帰りに、ハニードーナツを二つ包んでもらえますか?」
すっかり注文を忘れていたので、追加で頼めば店員さんは笑顔でうなずいてくれた。
「一人で二つも食べるの? 今食べるのに?」
怪訝そうな顔で、ユイ二本指を立てる。
二つ食べたらやばいかなと、言ってしまった手前、一人で食べると答えるのは変だ。
素直に話してしまおう。
「それが……それも、上で話す」
「ふーん、なんとなくわかったわ」
私の親友ながらユイは察しが良すぎる。
こくこくと頷けば、ニヤニヤと笑って二階への階段を登っていく。
二階は食べるスペースだけだからか、一階よりも広く感じられる。
自由席ということだったので、クマの形をしたテーブルを選んだ。
イスに座った瞬間、ユイが顔を上げる。
「それで?」
「わかってるのに、聞く?」
「ほら、合ってるかはわからないから」
ユイがふざけたように、ひらひらと手を顔の前で振り、にやぁっと頬を緩ませる。
完璧に全てわかってる顔だ。
「その、今、幼なじみの家に同居させてもらってるの」
「で、その幼なじみが好きだってやっと実感した人なのね」
「やっぱり、わかってるんじゃん!」
ユイが私の話も聞かずに、続きを読み取って口にするから、恥ずかしくなってくる。
相手が雅にいということは伏せているけど。
かぁあっと熱が頭に上がっていて、おでこを押さえていれば、店員さんがドーナツと飲み物を届けてくれた。
アイスココアで体温を冷ましながら、話を続ける。
「で、で? 私に言われて気づいたの?」
「ユイが、他の子とのやりとり見てなんで怒ったのって、聞いてきたでしょ?」
「聞いたね」
「あの時からユイは、私がその人のこと好きだって気づいてたの?」
「明らかに恋してます、みたいな顔で話すんだもん」
ユイが、ストローをくるくると人差し指で弄ぶ。
ドーナツを一口、誤魔化すように齧れば上に掛かっているチョコレートの甘酸っぱさに癒された。
「久しぶりに会った幼なじみだし、私は幼なじみだと思ってたんだよ。思ってたんだけど……」
「けど、なによー」
「ユイにそう言われて考えてみてね。幼なじみのお兄ちゃんが、他の子と電話してる時の声を聞いたら。無性に寂しくなって……やだなって」
「やっぱり、好きなんだな、って気づいたと。付き合うの?」
ニヤニヤしたまま、ユイがハニードーナツを口に運ぶ。
私の話には耳を傾けながらも「うま」と呟いている。
「付き合うのは、無理だよ。だって雅にいは私のことをただの幼なじみだと思ってるし」
「私の見立てでは、ナミのこと、好きだと思うんだけどなぁ」
「もともとそういう距離感の人なの。他の子たちにも同じように等しく優しいんだから」
自分で口にして、ちくんっと胸は痛む。
私だけが特別なわけじゃない。
雅にいにとっては私は他の子たちと同じ。
強いて特別な点を言えば、幼なじみで昔から知ってるってくらい。
だから、付き合うとかはきっと難しい。
「迫ってみれば?」
「はい?」
「好きなの! って」
「いやいやいやいやいや、一緒に暮らしてるんだよ? 振られたらどうすんの」
「その時はその時じゃない? それに、好きって言われたら気になっちゃうでしょ。こんな可愛い子に」
ユイが私の頬をつんつんっと突いて、茶化す。
二人きりの生活の中で振られてしまったら……
想像だけで居た堪れなくなって、喉の奥が熱くなる。
幼なじみとして、雅にいは優しく私に接してくれてるだけで充分だ。
これ以上求めたら、バチが当たってしまう。
「あ、言っておくけど。幼なじみだからってそんなにベタベタしないわよ、普通」
「へ?」
「いや、ナミの話を聞く限りだけど、くっついてテレビ見たりとか、膝の上座らせたりとか、幼なじみの距離感じゃないからソレ。もはや恋人よ、そこまで行くと。ナミはわかんないかもしれないけど」
グサっと胸に突き刺さったユイの言葉を、脳内で抜き去る。
確かにわからないけど、けども!
だって、まともに付き合ったのはトモヤだけだったし、トモヤと付き合ったと言っても……デートは一回限りだ。
二人で楽しくカラオケをしただけで、手も繋がなかった。
付き合ってる間はメッセージや寝落ち通話をしたりはしたけど。
「知らないけど……」
「だから、脈あると思うのよ」
カフェオレを飲み込みながら、ユイが二つ目のホワイトチョコドーナツに手を出す。
ぱくんっと食べてまた「うっま」と呟いたかと思えば、顔を上げて固まる。
私の背後を見つめるユイの視線を追いかけるように、顔を動かせば……会いたくなかった人がそこに立っていた。
「トモヤ……」
「二人もドーナツ食べにきたんだ?」
手には、ドーナツと飲み物が乗ったトレイを持って立っている。
一緒に来ている友だちは見当たらない。
トモヤが、そのままこちらに近づいてくるから、ユイの隣に避難する。
「俺も一緒していい? イヤ、かな?」
遠慮がちに、シュンっと落ち込んだように問われれば、イヤとは言いにくい。
私たちを追ってきたようには見えないし、ユイも想定外だったようでゴホゴホっと咽せている。



