好き、かもしれないと自覚し始めれば、心はどんどん欲張りになっていく。
 ただ、授業の質問をしているだけのクラスメイトを見つめて、ぐっと息を飲み込んだ。

「ここがわからなくて」

 教卓の前でノートを覗き込む二人が近い。
 肩は触れそうになっているし、小さいノートを覗き込んでいるから少しでも動けば頬だって触れそうだ。
 見たくなくて後ろを振り返れば、夕月くんと目が合った。

「どうした? さっきのとこでわかんないとこでもあった?」

 少しずつ近づきながら、いつものようにユイの席の隣に移動してくる。
 夕月くんの移動と合わせて顔を動かせば、少しだけ雅にいとクラスメイトの様子が視界に入ってしまう。

 変に思われてしまわないように、ううんと首を横に振る。
 夕月くんは「あ、わかった」と声を出して、時間割を指差す。

「次が音楽だから憂鬱なんだろ?」
「え? ナミは、歌うまいし、音楽嫌いだったけ?」

 ユイが振り返って私の席に寄りかかる。
 音楽は好きだけど、人前に出るのは嫌いだから、あながち間違いでもない。

「でも、あれだよ? 次は、普通に座学だよ。だから、移動してないんじゃん」
「そうそう、気にし過ぎんな。ストレスは体に良くないから」

 二人が心配しないように、私を励ましてくれるのはありがたい。
 それでも、その後ろで「そうそう、できたじゃん!」とクラスメイトの子を褒めてる雅にいが見えるのが、きつい。

 質問はやっと終わったらしく、クラスメイトは雅にいに「ありがとうございました」と告げて、終われば良いのに離れない。

「やっぱり、三宮先生って優しいし……恋人いないんですよね?」

 とすり寄っている。
 次の授業の準備もあるのに、とジトーと見つめていれば、ぱちっと雅にいと視線がぶつかった。
 パッと視線を外して、夕月くんとユイに笑顔で話しかける。
 気にしてませんよ。気になってなんかいませんよ。

「テストに出る範囲やるって言ってたよね」
「そうそう、ナミ記憶力いいから、大丈夫でしょ」
「むしろ、俺が不安」
「私が教えよっか? 私も得意だよ」
「いいの? 嬉しい」

 二人のやりとりを聞きながら、数学の教科書とノートを机の中にしまい込む。
 頭に視線を感じるから、そのまま机に伏してしまった。

 雅にいに話しかけるクラスメイトの声は、やけに教室に通る。

「女子高生じゃダメなんですか」
「俺は先生だからね」
「でもぉ」

 耳まで塞ぎたくなったけど、そこまでしたら、ユイも夕月くんも不審に思ってしまう。
 やだな、ちくちくするな。
 痛む胸をごまかすように、顔を上げてユイと夕月くんだけ目に映す。

「今日、ごはん食べに行かない?」
「ごめん、部活」
「私も、今日は用事が」

 家に帰って雅にいと顔を合わせたくないのに。
 二人とも運悪く予定が入ってる。
 うまくいかないなぁと思いながら、「そっか」と小さく答えれば、慌てた二人が別日を提案してくれた。
 二人の優しさで、少しだけ胸の痛みがマシになった気がする。


 今日は、早く帰るから一緒にごはんを食べようと、雅にいからメッセージが来ていた。
 クラスメイトとのやりとりが脳裏に浮かんで、断りたい気持ちが浮かんだ。

 でも、早く帰ってくる時、私の予定がない時はいいよと言ってしまった手前、何もないのに断るのはひどい気がする。

 今日は何を食べようかなという考えに脳みそを、無理矢理動かす。
 オムライスとかはよく食べてるから、久しぶりに和食がいいかも。
 雅にいが作れるかはわからないけど。

『ごはん、何にする? 食材先に買っておくよ』

 と送れば、すぐに既読がつく。
 冷蔵庫の中を見れば、相変わらずスカスカで食材は少ない。

『ナミの食べたいものでいいよ。難しいものじゃなければ大体作れる』

 雅にいの返事を確認して、うーんっと唸る。
 私も難しいものじゃなければ大体作れるけど。
 和食……煮物……
 肉じゃがにしよう。
 あとは、ほうれん草のおひたしとか。

 炊飯器を確認すればしっかりセットされて、ごはんが炊き上がっている。
 一人だとあんまり作らないと、言っていた割に、ごはんだけはきちんと炊かれているから抜かりないなと思う。

 料理を作っていれば少しは気が晴れるかもしれない。

 近くのスーパーで食材を買ってきて、雅にいの帰りを待つことなく作り始める。

 集中して野菜を切っていれば、いつのまにか無心になっていたみたいだった。
 帰ってきた雅にいの声で時間経過に気づく。

「ただいま、ってナミが作ってくれてるの」
「私も、難しいものじゃなかったら、大体作れるから」

 コトコトと煮込んだ鍋を見つめながら答えれば、「ナミの手料理!」と嬉しそうな声で雅にいがキッチンを出ていく。

 シャワーでも浴びてくるのだろうと、料理を続ける。
 ほうれん草が茹で上がったので、絞っていれば、話し声が耳に入った。

「うん、うん、それは違うページの、あ、見つかった、そうそう、それ」

 雅にいが誰かと電話してる声だ。
 つい、耳を研ぎ澄ませてしまう。

「よかったよかった。俺でよかったらいつでも相談してくれれば、うんうん、はい。うん、じゃあ、いつでもね」

 誰にでも結局優しいんだとまた実感して、心がざわめく。
 肉じゃがの鍋を見れば、火が強すぎたようでブワリッと煮立っていた。

 慌てて火を弱めて、アクを掬う。
 私のこの心の中のモヤモヤも掬い取って、消しされればいいのに。