脳内で色々振り返りながら、考えていればユイは唐突なことを言い出す。

「ナミは、私のこと好きでしょ」

 まるで当たり前のことのように、軽く言うユイはやっぱり可愛いと思う。
 そして、そんなユイが大好きだとも思う。

「好きだよ」
「でも、それと違う恋の好きって誰に今まで感じてた?」
「ねぇ、ユイ」
「んー?」
「恋の好きと友だちの好きって何が違うの」

 自分の中で、ぐるぐると回ってる悩みを口にする。
 大切とか、好きとか、たくさん種類がありすぎる。
 みんなはどうやってそれを、分類してるのだろうか。

 どれが、恋の好きだと自覚するんだろうか。

「ありがちなのは、取られたくない、とか?」
「でも、私はユイが誰かに取られたら多分、やだなぁって思うよ」

 それが恋だと言うなら、ユイへのこの想いが恋だ。

「でも、夕月くんと三人でいるのイヤ? 夕月くんと話してるのを見ると、私のなのにって思う?」

 今まで三人で過ごした時間を思い返してみる。
 別にイヤだなとは思わないし、むしろ三人で話してると楽しいなと思う。

「ううん」
「じゃあ、その幼なじみがキスしてたのを見て、何でイヤだったの?」

 キスしていたのを見た時のモヤモヤは、どうしてなんだろう。
 私のなのに! とは違う。
 ただ、なぜか悲しくて、胸がモヤモヤちくんっとした。

 誰にでもと思った時と、私はどうしてイヤだったんだろう。
 考えてみても、答えにはどうやらたどり着けないみたいだ。
 頭が熱くなって、オーバーヒートしかける。

 減っていたコップに、水を注ぎながらユイは続けた。

「好きだから、じゃない? 他の子に触れてるのを見たら、カァっと嫉妬しちゃったり、自分にだけ優しくして欲しいのにって思ったり、そういうのが恋じゃないの?ら

 そういつのが、恋なんだろうか。
 雅にいに一途に思い続けてる相手がいると知っても、モヤモヤしかしなかったのに?

「だって、関係ないなら、キスしてようが、誰かと付き合っていようが、誰からかまわず手を出してようが、どうでも良くない?」

 確かに。
 トモヤが浮気していた時、最低だなとは思ったけど、悲しくはなかった。
 むかついたのは、私を蔑ろにされたという感覚からだった。

 それは、やっぱり好き、ではなかったんだと思う。

「で、もう一回聞くけど、本当にただの幼なじみなの?」

 雅にいの顔を思い出して、体中がぶわりと熱を上げる。
 私、雅にいのことが好きだったから、理解せずに嫉妬していたの……?
 まさか、そんな。

「じゃあもう一個聞くけど、その幼なじみが彼女ができたから、もうナミと話せないって言ってきたらどう思う?」

 雅にいに彼女。
 可愛い女の子と手を繋いで、私の前に現れて「ごめん、もう話さない」と言われたら……
 想像だけで、ちくんっ、ちくんっと繰り返し胸が痛む。

 例えばそれが、話さないじゃなかったとしても、誰かの隣で幸せそうに笑ってる雅にいを想像するだけで、また胸が痛い。

「それに、相手は、ナミのことが好きだと思うよ」
「それは、ないよ」

 だって、そうだったとしたら小学生の子みたいな扱いはしないだろう。
 それに……

「家族みたいなもんだろ、って言われたの。好きだったらそんなこと言わないでしょ」

 ユイの言葉を真正面から否定すれば、ユイはわかっていないなぁと顔に書いて首を横に振る。
 そして、一度お水を飲み込んでから、捲し立てた。

「結婚相手だって家族だからね。それに、妹みたい、お兄ちゃんみたいってそういうのの常套句でしょ。好きじゃなかったら、顔が見れなくて寂しいとか。逃げないでとか、名前呼んでとか言わないでしょ!」

 ビシッと私の前に人差し指を突きつけて、ドヤ顔をする。

「それに、誤解を解くのだって。どうだってよかったらそのまま放置するでしょ。面倒だもん」
 
 ユイの言葉は一理あるような気がして、体の奥がざわめき始めた。
 でも、だったら、どうして他の子と、キスしてたの?

 私のこと本気で好きだったと仮定して、そうやって軽い人は無理だ。
 どちらにしても、無理だ。

 首を横に振って、記憶を消そうとする。
 ユイは悪い笑顔を見せて、テーブルを乗り越えて私の肩をトントンと叩いた。

「諦めなよ、好きになっちゃったら、自覚しちゃったら、もう消せないから」

 ポンっと「好き」の言葉のたびに、雅にいの顔が浮かんでしまう。
 まさか、本当に、私が?
 雅にいを好きになってる?

 思い返してみれば、雅にいのクズな態度に苛立ったのも、しゅんとした声を聞いたら可哀想になって許してしまうのも、好きだからと言われればしっくりきてしまう。

「好きになったら、もう負けなの。逃げられないの」

 脳内での考えを否定するように言葉にする。
 私は、認めない。雅にいのことが好きだなんて。
 雅にいに恋愛感情を抱いてる、とは認めない。
 
「そんなことないよ」
「まぁ、ナミが何回もそういうなら、そういうことでいいけど……」
「含みがあるなぁ、その言い方」
「考えてみなよ。他の子に優しくしないで、とか、私だけ見て、とか、名前を呼ばれるだけでドキドキしちゃうとか。そういうのは、恋だから」

 ユイのありがたい話を「ごちそうさまでした」と切り上げる。
 認めてしまえば、終わりな気がした。
 私は、恋をするには、まだ、傷が癒えてない。

 トモヤのことは、恋ではなかったと思うけど。
 もし本当に好きになっていて、あんなことがもう一度起きたら……その時は本当に再起不能になってしまう。
 生きていけなくなってしまう。
 だから、考えないことにして、頭の奥隅に気持ちを追いやる。