好きなんじゃないの?

 今日は夕月くんは部活らしく、久しぶりにユイと二人きりであの喫茶店に来ていた。
 ちゃんと雅にいには『今日はごはんを一緒に食べれない』とメッセージを送ってある。

 返事には『わかったけど、なんで?』と、書かれていたからユイとごはんに行くとだけ返信した。
 言葉の代わりに、かわいいウサギのスタンプで『了解』とだけ送られてくる。

 ユイはふわふわのオムライス。
 私は、グラタンオムライス。

 昨日もオムライスを食べたのに、またオムライス。
 雅にいとの同居を始めてから、オムライスばかり食べている気がする。

 自己紹介で言っていた通り、雅にいはオムライスが本当に好きなようで、週に一度はごはんに出てくるし。
 私も、食べ物を選ぶ時は、ついつい選んでしまうくらいには好きだし。

 ユイと私の定番のメニューでもある。
 店員さんに注文を済ませて、届くのを待ち侘びる。
 ユイはソワソワと言った様子で、私の方を見つめていた。

 何か話したいことがある時のユイの顔だ。
 口を開けたり閉じたり、言いづらそうに私を見る。

「どうしたの?」

 わかってしまうから、聞けば、待ってましたと言わんばかりに、身を乗り出してユイが話し始める。
 うんうん、と相槌を打ちながら聞いていれば、とろけるような笑顔で「好きな人ができた」と口にした。

「え?」

 入学して、一ヶ月。
 もうできたのか、とも思ったけど。
 そもそもユイはそういうタイプだった。

 恋してる時にキラキラ輝いて可愛くなっていく。
 そして、それを自覚しているから、より一層新しい恋に飛び出していくのだ。
 少し羨ましくも思っている。

「どんな人?」
「気遣いができて、いつもとっても優しいの」
「それは、ユイのことが好きだからじゃなくて?」

 ユイは誰が見ても可愛い。
 明るくて、誰とでも話せるから、いつだって誰からも好かれる。
 誰からも愛されてる。

 ユイに優しくしてくれる人はこの世の中にたくさんいるんだろうなといつも思っていた。
 そして、それが私にとっても誇らしく思える。

「やっぱりそうかなぁ? 他の子にも、もちろん優しいんだけど……でも、とびきり優しいんだよね私に」
「告白したら付き合えるって」

 これは、よくありがちな、女の子同士の肯定じゃない。
 中学時代のクラスメイトたちは、ユイに嫉妬して私を巻き込もうと「思ってもないことを」だとか、「一緒にいておこぼれでももらえるの?」とか言ってきたけど。
 私は心の底からユイが好きだし、ユイの可愛さを理解してると自負している。

 それに、その可愛さを自覚して、隠すこともしない自信満々なユイが好きだ。

「付き合えるかなぁ……でも、振られたらどうしよう」
「そうなったら、ユイを振るようなやつは、見る目がないから次の恋に行きなよ」

 これも本心。
 こんなに優しくて可愛くて強い、ユイの良さがわからないやつに、ユイはもったいない。

「そうだよね、勇気出す!」

 ユイはグッと力こぶを作って、キラキラとした目で顔を上げた。
 ちょうどオムライスがテーブルに到着したから、二人とも黙り込んでハフハフと食べる。

 黙ってる時間も気まずくないのは、ユイだからこそだし。
 私たちは通じ合ってるなと実感できて、嬉しくなってしまう。

 そして、ユイには言わなかったけど。
 ユイが言ってる相手は、多分夕月くんだと思う。
 私の希望的観測も入ってるかもしれないけど。

 だって、夕月くんはとびきり優しいし、ユイのことが心の底から好きだといつも顔にも行動にも出している。
 それに、こんな私のめんどくさい心情にも付き合って、少し離れたところから大きな声を出さないように気遣いもできる人だ。

 今までの、ユイを顔で選んできたクズとは違う。

 オムライスをあらかた食べ終わったユイが、私の方を見つめて食べ終わるのを待つ。
 私のオムライスの方が熱を保っていて、時間がかかってしまう。
 ユイは「急がなくて良いからね」と気づいて、優しく言ってくれるけど。何か聞きたいことがある顔をしていた。

 食べ終わって両手を合わせれば、ユイも一緒に手を合わせて「ごちそうさまでした」をする。

「で、何でそんなに見つめてるの?」
「幼なじみくんとはどうなったかなぁって」

 キラキラとした目で、楽しそうに微笑む。
 どうなったか、とは?
 ドギマギして、冷たい水を喉の奥に流し込む。

「仲直りした?」
「仲直りっていうか、うん、したかな」
「よかったよかった」

 ケンカしてたわけじゃないけど。
 私が一方的にモヤモヤしてただけ……。

 ユイは満足そうに頷くから、つい、余計なことばかり口を滑らせてしまう。

「聞いてくれる?」

 そんなことを言わなくても、ユイはしっかり聞いてくれる。
 わかっているのに、自分の話をするのは、憚られる。

「聞くに決まってるじゃん」
「こう、モヤモヤするんだよね」
「何に?」
「避けられると寂しいとか、好きな人には一途だよとか言うくせに、他の子に優しいところとか」

 ユイの目が一層煌めいた気がした。
 恥ずかしくなって、冷水をもう一度流し込む。
 体の芯から冷静になっていくような気がする。

「やっぱり好きなんじゃん」
「違うって、そういうわけじゃないよ。ただ、こうモヤァっとするの」
「言いたくなかったり、思い出したくなかったりしたらごめんだけど」

 ユイの前置きに続く言葉がわかった。
 いまだに男の子が苦手だし、嫌いだけど、思い出したくないとか言いたくないとかではないから大丈夫。
 伝わるように頷けば、ユイは話を続ける。

「トモヤ以外に好きな人いたことある?」
「……うーん」

 小学生、中学生を振り返ってみる。
 思い当たらない。トモヤに関しても、好きだったのかと聞かれれば……わからない。
 今考えれば、告白されて、舞い上がっていただけのような気もしてる。

 ユイからの繋がりで、トモヤとは知り合った。
 それから今の夕月くんみたいに、三人で出かけたり、学校で話すうちに仲良くなり、告白された。
 あの頃私は、彼氏がいると言うことに強い憧れを持っていたし、トモヤのことが嫌いではなかったから……
 告白されて、嬉しくなって受け入れた。

 嫌いではないけど、恋として好きでもなかったのに。

 友だちとしての好きは、すぐに思いつく。
 話していて楽しかったし、好きな動画が一緒だった。
 だから、二人きりの時もよく一緒に動画を見ていた。

 あれが恋だったのかと問われれば、答えはすぐには出ない。
 キレイな思い出のまま終わっていれば、恋だったとまだ錯覚していられたかも。
 でも、別れる時のあの恐怖や、気持ち悪さは、今でも私の心に壁を張っている。

 男の子たちとうまく話せない、トラウマ的にもなってるし。