棘のある言葉を投げても、心底不思議そうな声で雅にいは返してくる。
「俺は一途だけど」
「あの子が好きなの?」
「あの子って誰だよ」
「もうごまかさなくていいって、引かないから。相手が女子高生でも」
引いてるとかそういう問題じゃないのに、こんなに胸の奥がモヤモヤするのは……
きっと雅にいの中途半端な行動のせいだ。
「相手が女子高生なのは、なんでわかったの?」
なんでも、何も見たからなんだけど。
「ねぇ、顔見せてって。ちゃんと目見て話さないと、真意は伝わらないから」
「雅にいの顔を見たら、うぇってなっちゃいそう」
我ながらひどい言い草だと思う。
それでも、私がモヤモヤしてる分、雅にいもモヤモヤすれば良いのにと思ってしまう。
本当に私は最低だ。
「シュークリーム買ってきたんだけど」
やっぱり、雅にいにとっては私はあの頃の小学生の時で止まってるみたいだ。
そんなもので釣られると思われてることが、悔しい。
「いらないです」
「シュークリーム無くてもいいから、誤解を解かせてよ」
誤解でもなんでもない。
私には関係ない。
答えずに、問題を解こうとしても、頭にモヤが掛かったように手が進まない。
私がじわじわと雅にいのせいで、考えるなきゃいけないの、なんで?
と思えば、悲しくなってきた。
扉に近づけば、立ち去ろうとしてた雅にいが戻ってくる足音がする。
開ければ、また嬉しそうな顔で私の名前を呼ぶ。
「ナミ」
両手を広げて、抱きしめようとしてくる雅にいを避けて「シュークリーム食べるだけ」と言い訳をした。
リビングに入ってソファに座れば、ココアとシュークリームを用意して、雅にいはテーブルに置く。
また、すぐ近くに座ろうとしたから、人一人分開けて、座り直す。
近づこうとはせずに、そのままおとなしく距離を開けたまま座った。
嫌がることは雅にいは、絶対にしない。
それでも、モヤが晴れることはない。
「雅にいは、どうしたいの」
シュークリームを齧れば、生クリームとカスタードクリームが飛び出てくる。
私の好きなダブルクリーム。
そんなところまで理解されてるところが、私の心をさらに苛立たせた。
「好きでもない人とキスなんてしないし、好きな子にはとびきり優しくするよ俺。その子のことだけずっと考えてるくらいだし」
「そう」
ココアにはぷかぷかとマシュマロが浮いていて、飲もうと動かすだけでマシュマロも揺れる。
私の気持ちみたいにふわふわ不安定で、むかっとした。
「ナミに逃げられると悲しいよ」
「でも、雅にいにはたくさん女の子がいるでしょ」
「だから、それが勘違いなんだって。先生だから、確かに生徒には優しくするけどそれは性別は関係ないって。それにナミにはとびきり優しいだろ?」
困ったように眉毛をハの字にする姿を見ていたら、可哀想になってきた。
でも、誰でもいいような人は嫌い。
「誰でも良いも、意味がわかんないんだって。俺は一途だよ、ずっと好きな子だけ」
「もうわかったから,いいよ、うん、逃げない」
それなのに、必死に許してと顔を見つめてくる雅にいに絆されてしまう。
私が口出しできる範囲でもないのに、勝手にモヤモヤしてるだけだし。
「じゃあ抱きしめていい?」
「なんで?」
「抱きしめたくなった」
「雅にいは相変わらず私のこと、小学生だと思ってるよね?」
そんなことない、は返ってこずに、また不思議そうな顔をする。
そして、当たり前のことのように「家族ならハグぐらいするだろ」とボソボソ言う。
軽くハグして、とんとんと背中を叩けば、ぎゅうっと強い力で抱きしめられた。
そして優しく頭を撫でられる。
「ナミはやっぱり優しいな」
「優しいとは違うんじゃない?」
ハグを拒否しなかったから、だろうけど。
優しいとは違うと思う。
「でも、言っておくけど。私と雅にいは幼なじみであって、家族ではないよ」
「一緒に生活して、ごはん食べて、家族みたいなもんだろ」
家族みたいなもの、と家族は正確には違うと思う。
でも、雅にいが幸せそうに笑うから、否定できずに飲み込む。
どうしても、私は雅にいの笑顔に弱いらしい。
シュークリームとココアはもやもやを少しだけ晴らしていく。
答えは出ていないのに、雅にいの腕の中にいると落ち着いてしまった。
「じゃあ、仲直りってことで、明日から一緒にごはん食べてくれる?」
「雅にいが早く帰ってきた日はね」
「それで充分だよ」
「じゃあ、宿題やってくる」
「もう?」
立ちあがろうとすれば、腕を掴まれそうになった。
でも、雅にいは私の腕には触れず、空気だけを掴んで手を下ろす。
私が怖がると思ったんだろうか……
こういう優しさを、誰にでも見せてるのかも。
結局、雅にいは、誰にでも優しいだけで、私が特別なわけではない。
だから、求められれば何でもするし、嫌がられれば、自分の意思も押し殺す。
その結果がアレだったのかも。
自分の中で答えが見えて、なんだかますます切なくなった。
理由はわからないけど、とてもイヤだなと思ってしまう。
ただの善意で、こんなに優しくされるのが、すごくイヤだ。
逃げるから、とまた言われるかもしれないとわかっていながら、「宿題やってくる」と落ち込んだ顔の雅にいを置いて、リビングを後にした。