初めてユイと夕月くんと遊びに来たというのに、出てくるのは雅にいの愚痴ばかりだった。
目の前には夕月くん。私の隣にはユイ。
「追いかけてきて一緒にテレビ見ようってしつこかったり、話したいって付き纏われるんだけど。好きな子他にいるんだよ、意味わかんなくない?」
一緒に住んでることは、バレないように、家の中で通せんぼされたり部屋の前で待ち構えられたりすることは隠す。
雅にいが担任だとは知らせていないけど、幼なじみの男の人と二人きりで一緒に住んでるというのも普通は変な話だと思う。
三人ともドリンクバーのジュースを並々と注いだコップを手持ち無沙汰に弄ぶ。
「好かれてるんじゃん、それ」
ユイの言葉に「えー」と、つい言葉が漏れ出る。
雅にいが担任の先生ということは隠して、幼なじみのお兄ちゃんがやけにしつこく元彼の話を聞いてくると相談してみた。
夕月くんはやっぱりヤケに勘が鋭くて「もしかして」と呟いている。
あの日、見ちゃったヤなものが、幼なじみだと気づいてるんだろうけど、ユイが知らないからか、言い出しはしなかつまた。
「そういうんじゃないって」
「だって、元彼どんなやつとか、俺は知らないとか。名前呼んでとか、普通幼なじみだからって言う?」
レモンスカッシュを吸い込めば、爽やかなすっぱさが口の中で広がっていく。
トゲトゲとした心の中も吹き飛ばしていくような感覚だ。
「絶対違うって」
たとえ、好きだったとしてもそれは幼なじみの妹分としてだ。
私が恋愛対象として好きとか、そういうことではない。
だって、他の女の子とキスしていたんだもん。
図書室の、本棚の影で。
思い返していれば、胃の奥が裏返りそうなくらいジクジクと痛む。
「絶対、ナミのこと好きだと思うけどな。ね、夕月くん」
「あー、うーん、どうだろうね?」
「歯切れが悪い言い方じゃん」
「どの好きかはわからないし、好きなら押し付けは良くないしなと思って」
夕月くんの言葉はもっともだと思った。
好きは、好きだと思う。
だって私と雅にいは、小さい頃は一緒に何でもやってきた幼なじみだから。
でも、ユイの言い方は恋としての好きなように聞こえる。
「それでもさ、ナミは、その幼なじみが別に嫌いなわけじゃないんでしょ?」
「うーん、嫌いではないかな」
嫌い、ではない。
むかつくし、チャラいなーとは思うけど。
夕月くんがごくごくとサイダーを飲み干して「俺取ってくるわ」と気まずそうに席を離れた。
「ナミは、あいつのせいで男に対して不信感とか、恐怖とかを持ってるのに、嫌いじゃないんでしょ。その幼なじみは」
「幼なじみで知ってるからだよ。男の人っていうより、ユイみたいな友だちに近いだけ。それに夕月くんは、男の子だけどでかい声で話さないし、優しいから嫌いじゃないよ」
「夕月くんは別じゃん。とびきり気を遣ってくれてるし、良い人だから」
「まぁね」
ジュースを持って戻ってきていた夕月くんが、二人の最後の会話だけ聞いていたようで顔を真っ赤に染め上げる。
プシューという音が出そうなくらいに、耳も首も赤く染まっていた。
「恥ずかしいから、やめて」
「なにが?」
「俺のことそんな褒めるの……」
「いいじゃん、ユイも私も嫌いじゃない、むしろ良い人だなって思ってるんだから」
夕月くんはジュースをテーブルに置いたかと思えば、両手で顔を覆う。
そして、恥ずかしそうに伏せた。
「二人のそういう素直すぎるとこ、マジで毒だわ」 「毒ってなに?」
「他の人の前ではそう言うのやめろよ。勘違いされるぞ」
夕月くんが、顔をあげてじとっと私たち二人の顔を見比べる。
そして、大きくため息をついて、もう一度だけ「やめろよ」と口にした。
「なんでよー、素直に褒めてるんだけど」
「期待しちゃうもんなんだって。仲の良い、かわいい子からそんなこと言われたら」
夕月くんの心の内が読めて、私は小さく「あっ」と言ってしまった。
ユイがまるで、夕月くんのことを好意的に思ってるように聞こえるってことだろう。
実際に好意的に思ってるけど、恋愛的な意味でまでかは私はわからない。
それでも、そうやって褒められることで夕月くんは「ありえるんじゃないか」と期待してしまうって言いたかったんだと思う。
「気をつけまーす」
「え、何が、私わからないんだけど」
「ユイも気をつけようね。思わせぶりな言動」
「えぇ? そんなことしてなくない?」
「そういうもんなんだよ、わかってくれよ」
へたへたと萎れ込みながら、夕月くんはサイダーを吸い込んだ。
ユイだけが、ぽかんとよくわかっていない表情をしている。
ユイは、夕月くんの想いにまだ、気づいていないんだ。
こんなあからさまに好き好きビーム出てるのに。
珍しく私だけがそういうことに気づいてるのが、おかしくて、ふふっと笑ってしまう。
ユイが「仲間はずれじゃん」と拗ねた顔をするから、ぽんぽんと頭を撫でた。
「ユイがかわいいってこと」
「ごまかしてない?」
「してないしてない、ね、夕月くん」
「おぉう」
夕月くんは言いづらそうに、ただ肯定だけをする。
一瞬悩んで、サイダーをもう一回飲み干してから、ぷはっと顔をあげた。
「ユイちゃんは、かわいいってことだよ」
「もー二人して、なに、さすがに恥ずかしいんだけど」
次はユイが照れたように頬を赤く染める。
意外に二人がくっつくのも遠くないかも。
口にはしないけど、考えながら残りのレモンスカッシュを口に運んだ。
ユイは慌てたように話題を、私の幼なじみの話に戻す。
「結局、どういう意味であれ、ナミのことが好きだからの行動だと思うよ。それを許すかどうかは別だけど」
「違うって、自分の知らない幼なじみがいることが、癪に触ってる……ってことじゃない? そういうことだよ!」
自分で答えながら、しっくりとくる。
私のことを知ってるつもりだったのに、知らないことがあったのがきっと、気に入らないんだ。
「うん、きっとそうなんだよ」
「あーうん、ナミがそう思うならそれで、いいんじゃないかな」
ユイが呆れたような顔で、うんうん頷く。
納得いってない顔だけど、ユイはだって、先生としての雅にいしか知らないもん。
それに、担任がその今話してる幼なじみの子だとは思っていないから分からないんだもん。
三人で話す時間はあっという間で、外は薄紫色に染まり始めていた。
帰ろうか、と三人で決めて、お店を出る。
「送ってくよ」
夕月くんだけ別方向なはずなのに、当たり前のように私たちと同じ方向に進み始める。
ユイの反応を見れば、「えっ、やさし! ありがと」と断りもせずに受け入れていた。
私が断ることでもないから、と三人で並んで歩く。
いつもの道なのに、三人で歩いているといつもと違く見える。
青紫の空は写真に収めたいくらいキレイだし、すれ違う小学生は可愛く見える。
入学式で出会ったのが、夕月くんで本当に良かった。
雅にいとは全然違う優しい一途な人だし。
ユイのことが好きで好きで仕方ありません、って、行動にも、顔にも出てるのかおかしいくらい。
二人が話してるのを聞きながら、家のことを考える。
雅にいと正常な関係に戻りたい。
誰でも良いようなチャラ男だし、信用はないけど。
嫌がることはしてこないし、両親の仕事が終わるまでの期間だけ頑張れば良い。
早ければ、一年で帰ってくるとお父さんも、お母さんも言っていた。
たった、一年、それぐらいならば付かず離れずの距離でなんとかなるだろう。
雅にいが居る時は部屋に鍵でも掛けて逃げれば良い。
一人でうんうんと頷いていれば「何考えてるの」とユイに突っ込まれた。
同居してることは言えないから「ちょっとね」とだけごまかしたけど。