黒縁メガネに、整った顔。
 九歳上の兄のようだった幼なじみは、かっこいい大人になっていた。
 胸がときんっと高なったから、両手でつい押さえてしまう。
 
「久しぶり、ナミ。おっきくなったなー!」
 
 雅にいはわしゃわしゃと私の頭をなでて、キレイな笑みを浮かべる。
 いつも遊んでくれていた雅にい。つまらなかっただろうにおままごとだって、絵本の読み聞かせだって付き合ってくれた。
 
 とはいえ、数年会っていなかった年上の幼なじみに緊張しないかと言われれば、してしまう。
 身体がカチカチに固まって、うまく動けない。
 
 お母さんがふふっと笑いながら私のキャリーケースを、床に置く。
 
「もうこの子ったら」
「雅嗣くん、悪いね。ナミを急に居候させてくれなんて言って」
 
 私の家具を置き終わったお父さんも後ろから合流してくる。
 そもそも、お父さんの転勤にお母さんだけ付いて行くことになったのが事の発端なのに。
 
 自宅から通える高校に合格が決まり、春から高校生になる! と思っていれば、お父さんの急な転勤。
 
 最初は家族みんなで引っ越しをしようと提案されたけど、私は一人暮らしをしてもここに残りたい、と強くお願いした。
 
 だって、友だちもみんないるし、憧れの制服の高校に入学が決まったばっかりだったんだもん。
 お父さんだけ単身赴任してくれれば、とも思ったけど。それがないことはわかっていた。
 
 私と雅にいを置いてけぼりのまま、隣でイチャイチャしてる両親を眺める。
 
「でもよかったよ、雅嗣くんが一人でここに暮らしていて」
 
 私は知らなかったけど、おばちゃんもおじちゃんも、この家に住んでいないらしい。
 久しぶりに会えるのを楽しみにしてきた私は肩透かしを食らった気分だ。
 
 数軒隣なのに、そりゃあ、スーパーや道で、会わないわけだ。
 
 雅にいのパパとママは、この家を残したまま、定年退職したからと東京に出て行ってしまったらしい。
 ローンも払い終えているし、雅にいの仕事の都合もあるからと、そのまま雅にいだけ、ここに一人住んでいる。
 
「部屋もたくさんありますし、父も母も大歓迎ですよ」

 私が知らないだけで、お父さんとお母さんは、雅にいの家族とやりとりがあって、転勤のことを相談したらしい。
 
 そこで、部屋も余ってるし、ちょうどいいから居候しちゃいなさいよ。と、私が居ないところでいつのまにか決まっていた。
 
 このまま、高校に通えるのは嬉しいけど……
 お父さんと話してる雅にいを盗み見する。
 すらっとした手足と、見上げるくらいの身長。
 スーツを着た姿は、完璧に大人の男の人だ。
 
 私の記憶にある雅にいは、まだ中学生の頃で止まっている。
 
 いくら家族ぐるみの幼なじみとはいえ、娘を一人、置いて行くかね……
 しかも、男が一人住んでる家。
 幼なじみだよ、たしかに、幼なじみ。
 でも、雅にいと言えど、相手は男!
 
 ムッとしながら、お父さんの方を見れば、安心しきった笑顔で雅にいの肩をトントンと叩いている。
 
「じゃあ、ナミのこと頼んだよ。ナミ、自分でできることは、自分でやるんだぞ」
 
 最後にお父さんが私の背中をバシンっと叩いて、カバンを手に持つ。
 
 壁に掛かっている時計を確認すれば、四時を指し示していた。
 
 お父さんとお母さんの飛行機が六時だから、もう行かなくちゃいけないんだ。