ぎこちない雰囲気の中、カミロがお茶を口にした。

「良い香りだ」
「あ、そうですよね。街で評判のお店で手に入れたのです。お茶の種類も豊富で、素敵なお店でして」
「俺のために、買ってきてくれたのか」
「は、はい」
「……ありがとう」

 カミロは目をそらしたまま呟いた。

 そのように、改めて言われると恥ずかしい。カミロが面と向かって『ありがとう』などと言うなんて、よっぽど寝不足に参っていたのだろうか。たしかに眠れないままでは、仕事にも身が入らないかもしれない。

「寝不足のままで、お仕事は大丈夫でしたか」
「ああ。行けばなんとかなる」
「良かったです。今朝は朝食も召し上がらずに出勤されたので、心配していたのです」
「……朝食を抜いてしまっていたことに、今気がついたな」

 カミロは、アトミス城の事務官として働いている。取扱の難しい機密文書を扱う仕事で、ゆえにミスは許されない。やはり身体が資本である。寝不足などもってのほかだろう。

「今日は眠れるといいですね」
「……どうだろうか……」
「このハーブティーは、心を落ち着かせる効果があるそうなんです。カミロ様に効けば良いのですが」

 とはいっても、ただのハーブティーに劇的な効果を期待したりはしていない。ただ少しでもホッとしてくれたら。フィーナの見合いの事など忘れて、肩の力を抜いてくれたなら。

「そうだな。昨日よりは、幾分落ち着いているかもしれない」
「そうですか」
「お前のおかげだ」

 フィーナは首をかしげた。昨日の寝不足はフィーナのせいであったのに、気分が落ち着いてきたのもフィーナのおかげだとカミロは言う。ハーブティーの効果が早くも出ているのだろうか、それなら良かったとも思うのだが。

「良かったら、明日も欲しい」
「えっ、ハーブティーお気に召しましたか?」
「ああ。またこのような時間を持ちたい」

 ずっとこちらを見なかったカミロの瞳が、ゆっくりとフィーナに向けられた。伏し目がちなその顔はどこか恥じらっているようで、思わずこちらも照れてしまう。

「お前が、面倒でなければだが」
「い、いえ、このくらいはお易い御用です」
「……そうか」

 カミロはようやくフィーナと目を合わせた。
 フィーナの表情を確認するように見つめた彼は、安心したように微笑んだ。

 それは甘さを含んだ、眩いばかりの笑顔だった。