笑顔の眩しい腹黒王子は、固い扉を蹴り破る

◇◇◇
 
 五年前、侍女として働き始めたばかりのモニカは知らなかったのだ。

 温室にいた優しくお茶目な『お爺さん』が、実は先代の王だったなんて。
 そして時々『お爺さん』のもとを訪ねてくる青年が、まさか皇太子ローレンスだったなんて。

 当時十六歳の新米侍女モニカは、空き時間を見つけては城の散策を楽しんでいた。
 どこまでも広い敷地には、美しい庭を始め、噴水や池、森まである。モニカの気ままな探検は、毎日飽きることなく続けられた。
 
 そんな探検の折に見つけたのが、あの温室だ。
 ちらりと覗けばそこにはいつも、気のいい『お爺さん』が笑っていて。モニカを見つけると「こっちにおいで」と、優しく手招きをしてくれる。

 お爺さんのいる温室は、まるでモニカの居場所のようになっていった。愚痴や泣き言、嬉しかったことなんかも、お爺さんは「うんうん」とにこにこ笑って相槌をうってくれたりて。

 そうして『お爺さん』との穏やかな時間を過ごしていると、時々、青年がやって来た。『ラリー』と愛称で呼ばれる黒髪の青年は、どうやら『お爺さん』の孫らしい。
 彼もお爺さんと同じように、モニカを優しく迎えてくれる。

 三人で過ごす温室での時間は、とても落ち着けて、楽しくて……そんな温かい空間の中で、モニカが『ラリー』に心惹かれるようになるのも、そう時間はかからなかった。
 
 優しく、美しい青年ラリー。新人で右も左も分からないモニカに、城のイロハを教えてくれた。一日の流れや、役職の意味、何なら食堂の空いている時間まで。
 城での、ありとあらゆることをラリーから教えてもらった。
 彼が「ずっと城にいればいいよ」と、言ってくれてときめいた。
 モニカも、ずっとこうしてラリーと会っていたかった。

 しかし、恋心に自覚し始めた頃、知ってしまったのだ。
 あの温室も、王族のものであるのだと。
 ならばあそこにいた『お爺さん』は。その孫であった『ラリー』は――
 馬鹿なモニカはやっと気づいた。
 そして、身の程知らずな恋心に、固く蓋をしたのだった。
 
◇◇◇