【調理室】

みのり「……で?そのキーホルダー、今も持ってる訳?」

材料を混ぜ合わせて出来上がった四角いアーモンドクッキー生地の塊を包丁でカットしながら尋ねてくるエプロン姿のみのり。
亜乃は頷く。

亜乃「うん…何かそのままにしとく訳にもいかなくてさ……」

すぐ隣でみのりのカットした生地を鉄板に敷かれたクッキングシートの上に並べてゆく亜乃。

亜乃「どうしよう……ねえ、どうしたらいいと思う?」

一夜が明け、予定通りクッキー作りに勤しんでいる研究会メンバーの3人。

理子「別に放っておけばよかったのに」

向かい合って立つ理子はにべもなく淡々とそう言ってのける。
こちらはココア味の生地をナイフでカット中。

理子「いちいち自分から面倒な事に首突っ込んでいってどうするの」

ドライすぎる一言に、亜乃はうっ、と何も言い返せなくなる。

亜乃「だけど、やっぱり放っておくなんて出来ないよ……飲み物も貰ったし」

理子「だからそもそもそれは平良君が最初アンタに絡んで来たのが原因になって起こった事への、勝手な平良君の自己満の罪滅ぼしな訳でしょ?――飲み物奢って貰ってそれで貸し借りなし!で、オッケーだったでしょ」

亜乃「た、確かにそれはそうなんだけど……」

改めて昨日の出来事を振り返って見ると、確かに理子の言う事は正論でしかなくて亜乃はつ言葉につまる一方。
うう……と小さくなっていく亜乃を見て、みのりが口を開いて会話の間に入ってくる。

みのり「お人好しすぎるの。――優しいのよ、亜乃は」
亜乃「みのりぃ~……」

助け舟とも言えるみのりの言葉に、すすすっと距離を詰めてみのりの肩に頭を乗せてぐりぐりと動かす亜乃。

理子「みのり、亜乃を甘やかすな」
みのり「理子(あんた)は言い過ぎ。ちょっとは亜乃の気持ち考えてやりなってば」
亜乃「みのりいぃ~っ」

論争が勃発した二人だったが、亜乃がみのりと完全にくっついてしまっているので、2対1で完全に亜乃&みのり側の勝利。

その二人の様子を見て、理子がはあっと一つため息をつく。

理子「――で?拾っちゃった以上、責任は出てくるよね。どうすんの?」

理子が本題に戻して、亜乃に訊いてくる。

亜乃「だからそれを今二人に訊いてるんじゃない~」

身を寄せていたみのりから離れて、再びクッキー並べ作業に戻る亜乃。
ひたすら気を紛らわす様にクッキーを手に取り、並べ、手に取り、並べ、を繰り返していく。

亜乃「何かうまい返し方とかないかなあ?」

再度アドバイスを求める亜乃。

理子「直接会うのが嫌なら、誰かに頼んだら?平良くんと同じクラスの人とかに」

亜乃「無理だよ、私男子棟に知り合いとかいないし……」
理子「このすぐ下だよ?ちょっと階段下ればいいだけだけど」

人差し指で下を示す理子。

亜乃「出来ないよ、無理いっ……!」

《――そう、私達が今居るここ調理室は男子生徒のクラスが集合している『男子棟』の中にあります》

亜乃「普通に男子だらけの場所に行く勇気なんてないし!それに、平良くんと会った事がバレちゃったりしたらまたファンの子達に何されるか分からないし!」

みのり「あ、だったらファン(その)子達に渡して返してもらうように頼めば? ――連絡先、教えてもらったんでしょ?」

亜乃「教えてもらったけど、正直、出来れば関わりたくない……だって絶っっ対、面倒な事になりそうな気がする」

『✨今度一緒に遊ぼーねっ😘❤❤✨』
『放課後、体育館来なよ~一緒に🏀見学しよ👍』
『ガチ律最高っっ!!!🥰🤩😘💋💋』

等々、昨夜約束通り送られてきた結達3人からのハイテンションな内容のメッセージを思い出す亜乃。

亜乃「ついていける自信ないってば……今日だって、ここに来る時鉢合わせしないかヒヤヒヤしてたんだから」

半泣きになりながら主張する。

亜乃「今日は居なかったから良かったんだけど!もう何でこんな事になっちゃったの!?」

理子「だから亜乃がキーホルダー拾ったからでしょ。自分で接点作りに行ったんでしょ。そのまま無視して、ファンの子ともそっと距離取れば良かっただけなのに」

再び始まった理子の正論パンチに再び涙がうるんでくる。

亜乃「どうしよう~っ」
理子「もう捨てちゃって、全部忘れて無かった事にしたら?向こうは亜乃が持ってたなんて知らない訳だし。唯のキーホルダーでしょ?」
亜乃「そんな事出来ないよ、人の物勝手に捨てるなんて!」
理子「じゃあ、黙って落ちてた場所に戻しておけば?」
亜乃「それも何かまた私が捨てるみたいになっちゃうじゃん~!」
理子「平良くんの席調べて誰も居ないうちにこっそり机の中に入れて返す……とか」
亜乃「そんなコソコソ忍び込んで人の机の中覗くなんて、泥棒みたいでやだよ!」
理子「……ああ、もう!もう自分で考えなよ!もう知らない!」
亜乃「うえぇ~ん!!みのりいぃ~っ」

発案を尽く却下されてついに理子に切れられた亜乃が最後の砦、みのりに泣きつく。
はいはい、と相変わらず甘やかして亜乃に肩を貸してやるみのり。

みのり「でも、確かに何とかして返さなきゃいけないよね、それは」

亜乃「そう……そうなのよ……」

話しながらも作業を進めている三人の手によって、テーブル中央に置かれている鉄板には着々とカットされたアーモンドクッキーの生地が敷き詰められていく。

亜乃「ただのキーホルダーだけど、本人にとっては大事な物かもしれないし」

ぽつり、と亜乃が付け足す。

みのり「これ作った後、返しに行く?一緒についていってあげるから」

亜乃「やっぱりそれしかないかなあ……でもいい?あの人達いるけど。もしかしたらみのりも変に巻き込まれちゃうかもしれない」

結達にグイグイ来られた事を思い出して亜乃が答える。

みのり「大丈夫大丈夫。結局亜乃は普通によく思われてるんでしょ?今の所」
亜乃「た、多分……」
みのり「だったら普通に堂々と返しに行けばいいよ。これが最後のヤマだと思ってさ。亜乃は本当に偶然拾っちゃったってだけだし」

にこりと笑ってみのりが言う。
みのりの優しさに感動した亜乃がうんと頷きかけた時、がらり、と音を立てて開く調理室の扉。

野口(のぐち)「おー、どうだー?出来たかー?」

ドアの向こうから姿を現したのは、化学担当の教師、野口。
40を少し超えた位、中肉中背の体型。
更にその後ろには面長つり目気味の男子生徒。
揃って二名の登場。

理子「まだオーブンにも入れてませんよ~」

理子が、その野口の問いに答える。

理子「一生懸命愛情込めて作成中なんで、あと少し待っててください~」

投げかけられた声に、野口がきらりと目を輝かせながら調理中の三人の所まで近付いてくる。

野口「おー、何かいつもよりいい感じな感じが」

理子の隣に並んで鉄板に並んだクッキー生地を目にしながら発された野口の言葉に、理子が容赦なく突っ込む。

理子「言葉変ですよ~」

野口「いやそこは目を瞑れ、俺は担当化学だぞ?現国じゃない。ニュアンスで伝わるだろう、感じろ!」

野口は理子の指摘を右から左といった感じで聞き流し、子供のような無邪気な顔つきで焼かれる直前に迫ったクッキー生地を見ている。

みのり「先生、いつも楽しみにしすぎ~。いっつも私達が調理する時だけ様子見に来るんだから」
野口「当たり前だ、俺はこれが楽しみで調理研究会の顧問を引き受けたんだぞ」

正直にきっぱりと言い切る野口に、ふふっ、と顔を見合わせて笑みを浮かべる亜乃達3人。

理子「今日のクッキーは結構甘めですよ~、甘党の先生にかなりオススメです、期待してて下さいね」

理子の言葉に本当か?と更にテンションを上げる野口。

野口「楽しみだなあ……俺隣にいるから出来たらすぐ教えろよ?何かあった時も。あと火使う時は気をつけろ~」

みのり「は~い。今日は火は使いませ~ん」

みのりの返事を聞いた後で、野口は隣の部屋、調理準備室へ去っていく。

理子「相変わらずだよね野口先生」
みのり「超甘党。――どうする?先生用のヤツ、砂糖もっとドバッとかけとく?いっそ砂糖で全体コーティングしちゃおうか?」
理子「中、生焼けになったりしてね」

悪戯っぽく笑うみのり。

(あきら)「あんまりふざけた事言うのやめろ」

二人のトークに口を挟んできたのは、野口と一緒にここに来ていた男子生徒。

昭「野口先生が顧問引き受けてくれたからお前達、活動出来てるんだろ」

その人物に鋭い指摘を受ける亜乃達。

理子「分かってる分かってる。――で?あんたはどーしたの磯谷(いそがい)?何の用なのよ?」

理子がその人物の方を見て、問いかける。
野口が抜けた事で、必然的に今度は理子の隣には昭が並ぶ事になっている。

昭「別に生徒会の事で野口先生にたまたま話あったから付いてきただけ。調理研究室の隣、生徒会室だし」

そんな会話を聞いていた亜乃に、昭は視線を合わせてくる。

昭「何?――何か今日暗くない?」

それまで言葉少なになっていた亜乃の様子を見て、昭がそんな声をかけてくる。
うわ、表に出ちゃってたか……と少し反省する亜乃。

亜乃「ううん。ちょっとね……」

悩みをこれ以上赤裸々にしゃべってしまうのもはばかられて、亜乃は言葉を濁す。
そんな亜乃を見た理子がそうだ、とばかりに話かけてくる。

理子「――頼んじゃえば?磯谷に」

理子から放たれた言葉が、先程まで話の種になっていた自分の抱えている問題に対する提案だと気付いて、亜乃はえええっ?となる。

亜乃「え!?例の件!?」

驚いてる亜乃とは対照的に、理子はど真面目な顔。

理子「そう。あんたたち一緒の特進科の同じクラスじゃん。頼みやすいでしょ?」

良案だ、とうんうん、と理子は頷いている。

亜乃「そりゃあ、そうだけど……でも」

理子「ずっとウジウジしてられるのこっちとしても鬱陶しいからいい加減」

にべもないスッパリした意見に亜乃はうっ、となる。

みのり「確かに同じ男同士だし、いいんじゃない?頼んでみたら?」

勝手に進んでいる内容の把握出来ない会話に、昭は怪訝な表情を作っている。

昭「なんの事?」

真意をさぐってくる昭。

理子「実はさ、ちょっとこの子平良律くんとの関係でちょっと困ってる。ほら、あの」
昭「――ああ、バスケ部のね」
理子「そうそう」
亜乃「ちょっと理子おっ」

制止した亜乃に構わず理子は説明を続けていく。

理子「いいから言ってみるだけ言ってみようよ。――でさ、結論から言うと亜乃が今平良くんの持ち物拾って持っててさ。それ平良くんに返して欲しいんだよね」
昭「――持ち物?返す?俺が?」

さくさくと話を進めていく二人。

理子「そ。昨日たまたま平良くんと接点持っちゃったみたいで。それをファンの子達に見られちゃってるから、出来るだけ平良くんに会わずに返したいって話してたの」

簡潔な説明をする理子。みのりも便乗してくる。

みのり「私も一緒に返しに行こうって話になってたんだけどね~。出来ればリスクは負いたくないから私も」

一通り事情を聞いた昭、ふーん、とごちる。

昭「何?その持ってるやつって」

亜乃を見て尋ねてくる昭。

亜乃「あ、キーホルダーなんだけど……」

これはもしかして引き受けてくれそうな雰囲気?と微かな期待が芽生えて、答える亜乃。

昭「へー」

納得した、という感じの昭に視線を向ける。

みのり「頼まれてくれない?生徒会長の権限使えば接点だって出来るでしょ?」

ダメ押しとばかりに頼み込むみのり。
3人の期待を一身に受けた昭だったが。

昭「嫌。俺も面倒。やってやる理由ないだろ」

この上なくキッパリと拒否する昭。

亜乃「何それ!?じゃあ最初から何拾ったのとか訊いてこないでよ!変に期待なんかさせないでよ!信じた私が馬鹿だった!」

見事に裏切られた亜乃は、もうそうする事でしか正気を保っていられない!とばかりに、またひたすらクッキー並べに意識を向けて集中しはじめる。
ご愁傷様、という感じで亜乃の肩にこつり、と頭を当てて慰めてやるみのり。

理子「冷たいヤツ」
昭「うるさい知るか」

理子に責められても全然こたえていない昭。
空気を変える様にこんこんこん、と3回ノック音が立った後、ガラッとまた音が立って入口の扉が開く。

(りん)「――失礼します。入っていいかな?」

涼やかかつよく通る声と共に扉の向こうから姿を現したのは一人の女子生徒。
芸術品とも言える美貌とスタイルを持った黒髪の美少女が亜乃達に目を向けて来ている。

凛「あ、いた。やっぱりここだった」

その美少女は昭の姿を認めると、静かな足取りで亜乃達の方へ向かってくる。

凛「会議、始めたいんだけど。皆待ってる」

促された声に、昭はああ、と応える。

昭「悪い、松嶋(まつしま)

呼ばれた昭は亜乃達の元を離れて凛の元へと歩を進めて行く。

凛「ごめんね、生徒会会議始めたいから、借りていっていい?」

凛がそう微笑みながら手を胸元で合わせる。
行動の全てが、洗練されてて綺麗。

みのり「どうぞどうぞ。こんな薄情者、もうさっさと持って行っちゃってください」

みのりが手でどうぞ、のポーズを作る。

凛「ありがとう。本当にごめんね、邪魔して」

凛は亜乃達に軽く頭を下げて、律に向かって声をかける。

凛「会長が遅れるって、有り得ない」
昭「まだ開始予定の時間じゃないだろ。遅れて無いしちゃんとここにいただろ」
凛「そういう問題じゃない。時間近くになっても会長の姿見えないってだけでみんな落ち着かないって事分かってよ」

そんな軽口を叩き合いながら連れ立って二人は扉の外へ進んで行く。
その途中、振り返る昭。亜乃に目を向けて来る。

昭「――ま、頑張れ。健闘祈ってるから」
亜乃「私スポーツ選手とかじゃない」

願いを聞き届けてもらえなかった悔しさもあって、亜乃は対応を冷たくする。
はははは、と笑い飛ばしながら調理室から去っていく。

理子「――残念だったね。もしかしたらって思ったけど」

3人だけに戻った空間で、話の口火を切ったのは理子。

亜乃「無駄。無理。そーゆーヤツだよ!もう。分かったでしょ?二人とも!」

うん、私もよーく分かった!と付け足しながら怒りにまかせながら亜乃は叫ぶ。

みのり「そ、そこまで言わなくても」

亜乃「だーって今の対応、見た!?結局頼んでも無駄だったじゃん!」

鉄板がクッキー生地で敷き詰まったので、新たな鉄板を用意して亜乃はクッキングシートを敷き、その上にまた生地を詰めていく。

理子「でも、何だかんだで亜乃って磯谷君と仲良いでしょ?」

思わぬ指摘をされて、思わず口を閉ざす亜乃。

亜乃「そりゃあ、まあ……三年間、ずっと同じクラスだし」

理子「共学棟は1クラスしかないからずっと変わらないもんねー」

そんな話を聞きながら、亜乃はちょうど二年前の事を思い出して語る。

亜乃「席が隣になったから、江宮と磯谷で。『え』と『い』で。出席番号2番同士でたまたま」

みのり「あー、言ってたねそういえば」

亜乃が頷く。

亜乃「それが無かったら多分特に今も喋ってないと思うしっ」

怒りをおさめてない亜乃はやはり辛辣な言動。

理子「――でも、別にこの高校入って席隣になったのは磯谷君だけじゃないでしょ?」

ふとかけられた言葉に亜乃は並べていたクッキーの動きをびたりと止める。

亜乃「それは……そうだけど」

ぽつり、と返す亜乃。

理子「他の隣になった人とも、喋ったりしてるの?磯谷くんみたいに」

更に理子の質問が続く。

亜乃「それは……」

ふと考えてみて、そういえば……と気付く。

亜乃「……ないけど」

一言、肯定の言葉を口にする亜乃。

理子「亜乃にとっては気兼ねせずに付き合える人なんでしょ?きっと」
みのり「亜乃あんまり他の男子と喋らないからね。せっかく共学棟にいるのにもったいない」
亜乃「そんな平良くんのファンの子と同じみたいな事言わないでよ……」

うんざりした様子で亜乃は告げる。

亜乃「ちゃんと勉強したかったし、進学にも有利そうだったから特進科選んだだけだし」

恋愛とかに興味があって特進科を希望した訳じゃないと
亜乃は心の中で呟く。

理子「まあでも別に強制されてやる事じゃないよね、恋愛なんて」

亜乃「そうそう!そうよね!」

珍しく理子にフォローじみた事をされてがぜん気持ちが強くなる亜乃。

みのり「えー、まあ……分かるけどね、うん。でも実際もったいないと思う、私も女子棟だからさ」

理子「だからそれは恋愛に興味があるってのが前提の話でしょ」

サクサクとクッキー生地にナイフを入れカットしながら理子が告げる。

理子「私も女子棟。だけどそーゆーの興味ない。強制されても困るでしょ」

すっぱりと言い切った理子に亜乃もそうそうと同調する。

亜乃「私は恋愛なんていらない。お菓子があればいい。こうしてお菓子が作れる空間があればいい」

言い聞かせるように言って、鉄板にクッキーを敷き詰め続けていく亜乃。




【約一時間半後・男子棟廊下】

焼きあがったクッキーを持って廊下を歩いている亜乃。

亜乃(上手く焼けた~、上手く焼けた~)

想像通りの出来栄えになったクッキーに、大満足!という笑みが零れる。

亜乃(職員室職員室……)


※回想シーン※――――――

亜乃「あれ?野口先生いない」
調理準備室を覗いた亜乃が袋に詰めた焼きあがったクッキーを片手に言う。
みのり「え?じゃあ何か用あって職員室に行ってるのかな?」
みのりが使用した器具をシンクで洗いながら告げる。
亜乃「あ、じゃ私届けてくるよ。戻ってくるか分からないし」
理子「いや、野口先生なら這ってでもクッキー食べに戻ってきそうな気がするけど」
亜乃「でももし戻って来なくて帰るまでに渡せなかったらそれはそれで先生拗ねそう……」

どうして俺に渡してくれなかったー!!
どうして俺を探してくれなかったー!!

……と、叫ぶ野口の姿がありありと頭の中にうかぶ3人。
亜乃の言葉にうーんと顔を見合わせながら、理子が結論の一言を告げる。
理子「亜乃、お願い」

※回想終了※――――――


職員室を目指している亜乃。
階段を下って1階まで降りると、渡り廊下に差し掛かる。

亜乃(ああ……何かやっぱり緊張するここ……)

出来れば通りたくない、出来れば避けたい、という思いがある。

亜乃(だ、大丈夫よね、うん。今日は調理室に行く時も平和だったし)

ちらりと視線を送りながら人の気配がないか探る亜乃。
とりあえず話声は聞こえてこない、と確認する。

亜乃(よしっ)

意を決して渡り廊下に足を踏み出す亜乃。
今のうちだ、と素早く通り抜けようとした、その時。

律「……何してんの」

静かな空間に急に後ろから声がかかって、びくり!と肩を揺らす。

――何か聞き覚えのあるような。
そして記憶が正しければ、今自分が聞きたくないと願っている声のような。

……と、嫌な予感を抱きながら後ろを向くと、数メートル後ろには予想通りの人物――つまり律の姿が。

亜乃(な、何でええーーーっっっ)

どうしてこうなるの!と肩を落とす亜乃。
そんな亜乃の気持ちなど全く関係ないとばかりに、周囲は当たり前の、いつもと変わりない普通の風景が広がっている。