昇降口の所で、律のファン女子集団3人に捕まってしまった亜乃。

ファン①「ねえ、ちょっと黙ってないで何か答えて欲しいんだけどさ」

中央に立っていた綺麗に化粧をした女の子がまた一歩、亜乃に歩みを寄せて訊ねてくる。

亜乃(ま、まずい……っ)

何とか誤解をとかないと!と、頭では分かっていても、完全にパニック状態で全く良案が浮かばない。

ファン①「律とどんな関係なのかって訊いてるんだけどこっちは」

亜乃(ひええええ……っ)

明らかに好意的とは言い難い視線を向けられている亜乃。

メイクアップされた迫力のある目に、完全に気圧されてしどろもどろ状態。

亜乃「か、関係なんてないです!全く!」

何とか声を絞り出してそう主張する。

ファン③「じゃーさっきのは何?何で律くんに呼ばれて行った訳ぇ?」

後ろからじっと視線を送りながら、責め立てるように訊いてくる女の子。

亜乃(ど、どうしようっ……あなた達をまく為に利用されたんです、なんて言えないし……!!)

ここで本当の事言ったりしたら絶対更にまた面倒な事になる、何と言えば……!?と頭をフル回転させる亜乃。

絡んできた3人からはまだ疑いの視線を向けられていて、その視線が怖くて下の方に目を逸らした時――たまたま視界に抱えていた『クッキングページ』の本が目に入る。

亜乃(……!!)

良案を思いつき、はじかれたように顔を上げて、その本を見せながら主張する。

亜乃「これ!この本を拾ってくれてたの!私が気づかないうちに落としてたみたいで。それでさっき届けてくれたの!」

じっ、と見せられたその本をみつめるファン①。

ファン①「……何で単に拾っただけのその本があなたのだって、律が分かった訳?」

ぎくり、と鋭い突っ込みに亜乃は一瞬、言葉を詰める。

亜乃「し、知らない分からない、だってこれ届けてくれただけで本当に他に何も特に話さなかったし!」

必死に嘘八百を考えて、まくしたてる。

亜乃「多分私が落とす所、直接見てたんじゃないかな?その時に声掛けてくれれば良かったのにね、あ、もしかしたら気づかないで私行っちゃったのかも!」

私鈍いから!とあはは、とカラ笑いする亜乃。
自分でも苦しすぎる……と感じつつも、この場を乗り切るのに必死。

そんな亜乃の様子をファン①は観察。

ファン①「……本当にそれだけ?」

亜乃「それだけそれだけ!」

こくこく、と大袈裟な程に首を縦に振る亜乃。
そんな亜乃の姿をもう一度、上から下までじいっ、と品定めするように見るファン①。
その後で後ろにいた二人(ファン②③)の方を見て、どう思う?といったアイコンタクトを取る。
うーん、と少し考えているような3人。
その後、再びファン①が亜乃を観察。そして。

ファン①「……そっか」

結論をだした!とばかりに納得するファン①。

ファン①「うん、そうよね、そんな訳ないか!うんうん」

今までの険しかった顔を一転させて、笑顔になるファン①。
他の2人も合わせて表情が変わって、明るくしている。
にっこりと微笑みながら亜乃の両肩をばしばし、と軽く叩くファン①。

ファン①「そうだよね、まさかよね、そ~んな訳ないか!うん!」

ごめんね、と付け足すファン①。
ぐさっ、と頭に矢が刺さる亜乃。

亜乃(い、今、私見て有り得ないって言った感じだったよね!?明らかにこんな子がまさか、って感じだったよね!?)

無邪気とも言える反応をして来たファン①に複雑すぎる気持ちになる。

亜乃(確かに地味だけど!平良くんに相応しいって言える存在じゃないってのは、十分すぎる程分かってますけど……!!)

ちょっとしたプライドで僅かに反発心は芽生えたものの、それでも目の前の3人の対応が好意的になったのが分かってぐっ、とその思いを飲み込む。

亜乃(ま、まあいいか、うん……)

とりあえずこの場は収集つきそうだ、とその思いで自分を納得させる。

ファン①「うちら一年の頃からずっと律の追っかけやっててさー。そんである程度は律の事知ってるつもりだったから、まさか知らない所で彼女とかいたなんて……って思って。びっくりしたからさ。――あ、私(ゆい)っていうの」

瀬尾(せのお)(ゆい)、結でいいよー、と自己紹介する結。
続けて後ろにいたファン②が笹本(ささもと)(めぐみ)で~す、ファン③が田口(たぐち)莉緒菜(りおな)で~す、と挨拶をしてくる。

亜乃「え、江宮亜乃、です……」

流れ上で亜乃も自己紹介の挨拶をする。

結「亜乃ちゃんか~。名前、可愛いね。女子棟(こっち)ではあんまり見ないけど……やっぱり『共学棟』の人?」

亜乃「そ、そうです」

莉緒菜「えー!? 」
恵「いいなぁー!!共学棟ー!!」

亜乃の返答を聞いて一気にまくしたてる莉緒菜と恵。

《――うちの学校、陽灯(ようとう)高校はちょっと普通と違う特殊な学校で
共学ではあるんだけど、男女が完全に分けられている、という学校です
『男子棟』『女子棟』と校舎も別々に分けられていて、それぞれが全く別のカリキュラムを受けるという、
所謂共学でありながら共学ではない、男子校でありながら男子校ではない、女子校でありながら女子校ではない、という、珍しいシステムの学校
そしてその他に、更にもう一つあるのが――『共学棟』》

莉緒菜「男子と同じクラスなんて、出会いとかいっぱいあるじゃん~!ずるいずるいずるいぃ~!!」

《そう、男子棟、女子棟とは別にあるこの『共学棟』は各学年1クラスだけ存在して、唯一、男子女子が一緒に授業を受ける、という所なのです》

結「うちらってさ、マジで不便だよね~!普段男子と会話交わせないしさー。目と鼻の先には!そこには男子いるのに!っていうか律がいるのに!!律ぅーっ!!」

上を仰いで叫ぶ結。

結「共学棟まじで羨ましい!彼氏とかいるの?亜乃ちゃん。……あ、亜乃ちゃんって呼んでいい?」

こくこく、と頷く亜乃。

恵「え!?彼氏どんな人どんな人!?」

興味津々といった感じで訊いてきた恵に、今度はぶんぶん、と首を横に振る。

亜乃「ち、違う、今のは『亜乃ちゃんって呼んでいい?』ってのに対する答えで、彼氏とかはいなくて」

恵「あ、そういう事ね~。な~る」

あんたがガツガツと色々訊くから会話噛み合わなかったじゃん~!と結の方を見て指摘する恵。

莉緒菜「え?じゃあじゃあ好きな人とかは?いないの?」

莉緒菜が更にたたみかけて訊いてくる。

亜乃(き、距離が近いっ)

ズカズカ来るなあ、と3人の迫力に気圧される亜乃。

亜乃「い、今の所はいない……かも、あまり、興味ないし、そーゆーの、私……」
莉緒菜「えー!?もったいなぁ~い!!」

亜乃が言い終わるのと同時に莉緒菜始めとする3人が揃って亜乃に力説にかかって来る。

莉緒菜「うちら花の女子高生だよぉ!?一番輝いてる楽しい時期なんだよ~!?」
恵「せっかくのチャンス、みすみすフイにしてるなんて!贅沢すぎるんだけど!!ねえ!!」
結「いいなあー!!羨ましすぎる!!ずるい!!」

そんなものなのか……と少し引きながらも3人の主張を黙って聞く亜乃。

莉緒菜「共学だったらやっぱりそーゆー所、あまり気にならなくなっちゃうのかなぁ~?恵まれすぎてて」
結「うちらは自分から動かなきゃ出会い作れないもんねぇ……」

はあ、と一つ息をつき合う3人。

結「ま、律と会えただけでもこの高校選んで良かったってのはあるんだけどね」

気を取り直すように結が告げる。

恵「そうそう!マジでそれ!それよね!まさかあんなスゴいヤツがいるとは思わなかったもんね!律はマジでうちらの高校生活の生きる糧だわ……」
莉緒菜「律くんのいない高校生活なんて考えられない~!律くんが誰かの物になるなんて絶対耐えられない~!!」
結「バスケばっかで全然脈ナシって感じのヤツだけどさ、そこが逆に安心出来るよね。誰の物にもならない安心感っていうか」

3人が顔を見合わせてうんうん、と頷き合う。

亜乃「あ、アイドル的な存在?平良君って」

何とか穏便にやり過ごすため、会話に付いていこうと亜乃が問いかける。

結「あ!そうそう、そんな感じ!」
恵「だから抜け駆けみたいなマネだけは、何か許せないんだよね~。気分悪くなる」

な、なるほど、と納得する亜乃。

結「とりあえず律と変な関係じゃなくて良かった。だったらいいの、全然。――そうだ、いいきっかけだし友達になろうよ!ラインとか教えて」

ぱちり、とウインクをしてスマートフォンを取り出してそう言う結。
残りの二人も、私も私もーと便乗してくる。

亜乃「あ、う、うん……」

一瞬気圧されたものの仕方なくといった感じで自分のスマートフォンを取り出して3人と連絡先の交換をする亜乃。

莉緒菜「やった~!連絡先ゲットっ★今日から私達、友達ね、友達!亜乃ちゃんっ」
恵「てゆーか、もう『亜乃』でいーい?『ちゃん』とかつけるのメンドくさい」

どんどん進んでいく話の展開にええっ!?となる亜乃。

亜乃(よ、呼び捨て!? は、早っ)

ついさっきまで凄い敵意むき出しの感じだったのに、この変わりようは? と困惑。

亜乃(で、でもまあ、悪い方向にはならずに済んだ……よね?た、多分……)

それだけでも良かった、と自分を納得させていた時。

律「……何してんの?」

突然、声を掛けられる亜乃達。
声がした方を見ると、入口の所にはバスケ部のトレーニングウェア姿の律が立っている。

莉緒菜「あ、律うーっ!!」
結「え?練習どーしたの?休憩?」
恵「珍しくない?律の方から話かけて来るなんてさ!」

律の姿を見て目が輝く3人。
しかしそれを完全にスルーしてもう一度訊ねる律。

律「……何してたのって訊いてるんだけど」

その問いに、結が唇を上げて明るく答える。

結「お友達になってたの~」

スマートフォンの画面を律に見せながら、ねーっ?と、亜乃に同意を求める結。

亜乃「う、うん……」

乾いた笑いで亜乃はそれを肯定。
じっ、と無言でそんな亜乃達4人を見る律。

結「ていうか、聞いた~!律、亜乃(この子)が落とした本、拾ってあげたんだって?優しいじゃん!そんな所あるなんて知らなかったんだけど!」

結の一言にギクッとなる亜乃。

亜乃(ま、まずい……っ)

とんでもない大嘘をついたのがバレてしまう!……と言うよりも既に律にはバレた!と、冷や汗をかきながらそろそろと視線だけを律に向ける亜乃。

律「…………」

律は変わらず無言のまま、無表情で亜乃を見つめている。

亜乃(もう終わった、終わったよ……さようなら私の平穏な高校生活……)

ぎゅっ、と目を瞑って少し下を向く亜乃。――しかし。

律「……ああ、別に。たまたま目に付いて、気が向いたから」

律からは思いがけない言葉が発される。

亜乃(………え?)

はじかれたように顔を上げる亜乃。
律を見ると、やっぱり表情は全く変わってない。
あっさりと完璧な嘘をついている律に、でも自分は助かったんだ、という事が次第に分かってくる。

律「それより、今日いつもより練習観てるヤツ多い。さっき体育館の中まで入ろうとしてたヤツ、いたけど」

それは禁止されてるでしょ?と律が告げる。

結「――マジで?――許さない。ごめん、今からチェックしに行くから」
恵「誰よソレ?」
莉緒菜「ムカつくムカつく~!! 応援は入口でって決まりなのにぃ~!!」

怒りに火がついたらしく、3人は完全に亜乃への疑惑を忘れて体育館の方へ向かおうとする。

結「あ、亜乃も来る?うちらこれからまたバスケ部の練習見に行くけど」

結がそんな誘いをしてくる。

亜乃「い、いや、私これから買い物なの。明日の調理研究会で作るクッキーの材料、買わないといけなくて……!」

明らかに物騒な事が起こりそうな所に行く勇気なんてない!と、ぶんぶんと首を必死で横に振る亜乃。

莉緒菜「そっかあ~、じゃまた今度!あ、夜にまた連絡するからね~!」

ふりふり、と莉緒菜がスマートフォンを揺らす。
じゃあねと手を振って去っていく3人に亜乃も手を振り返してこたえる。

二人きりになって暫くの沈黙の後、亜乃が恐る恐る口を開く。

亜乃「な、何か大丈夫なの?先生とか呼んできた方がいいんじゃ……」

危険な香りがする雰囲気に、亜乃が律に向かって問う。

律「流石にそこまで馬鹿なマネはしないだろアイツらも。実際体育館内に入られるのは迷惑だから注意してもらえるのは助かるし」

しかし律は平然とそんな事をのたまうだけで、全く動じた様子はない。

亜乃「あの……ど、どうして助けてくれたの?」

ん?といった感じの視線を向けてくる律。

亜乃「私があの人達に嘘言ってたって……分かってたよね?」

亜乃が問いかけると、律がようやく口を開く。

律「あー、休憩入ってちょっと水欲しくなって。そこの自販機で買おうと思ってさ」

ゆっくりと亜乃の横を通り過ぎて、すぐ側にあった自動販売機まで歩を進める律。
そのまま投入口にポケットから取り出した小銭を入れ始める。

律「来てみたら、何か変に絡まれてる感じだったから」

感情の起伏を感じさせない単調な口調と態度で、ミネラルウォーターのボタンを押して、一言。

律「もしかしたら何か俺のせいかなって」

その他人事のような言い様に、怒りのボルテージが上昇する亜乃。

亜乃(あ、あなたのせいでしかない!)

心の中で大きく叫ぶが、もちろんそれは届くはずもなく。
律は平然とした態度でがたり、と取り出し口に出てきたミネラルウォーターを手に取って、続けてまたボタンをもう一度押す。
がたり、と更にもう一本出てくるミネラルウォーター。

亜乃(に、二本……やっぱりかなり水分補給必要なんだな、スポーツ選手って……)

二本目のミネラルウォーターを手に取って、その後でカンカンカン、と落ちてきたお釣りを回収してポケットに入れる律。
そしてその様子を見ていた亜乃に近付いてくると、持っていた二本のうちの一本のミネラルウォーターを亜乃の前に差し出す。

律「…………」

何も語らずに差し出されたそれに、亜乃はえ?何?という表情。
律は譲らずそのままミネラルウォーターを差し出した状態。

「……何か、面倒に巻き込んだみたいだし。さっきの礼」

亜乃(さっきって、あの人達まくのに協力した時の事?)

思いがけない差し入れに戸惑いを隠せない亜乃。

亜乃「ありがとう……」

ミネラルウォーターを受け取って、礼を言う。

律「変な事になったりしてる?もしかして」

自分の分のミネラルウォーターを開けて、口につけながら律が訊いてくる。

亜乃「あ、ううん。それは多分大丈夫。大丈夫だと、思う」

最初は確かにまずくなりそうだったけど結果的には何とかうまくやり過ごせたはずだと、希望的観測も込めて亜乃が答える。

律「だったらいいけど」

言葉ではそう言うものの、律の表情はやっぱり変わらない。

亜乃(い、一応、心配はしてくれたんだよねこれは……)

そう思いつつも、いまいち確信が持てない亜乃。
律の真意が掴めずに行動が取れなくて、直立不動状態。

律「……飲めば?」

そんな亜乃の持つミネラルウォーターを目線で示しながら律が声をかける。

亜乃「あ、うん……」

しどろもどろになりつつも、抱えていた本をスクールバッグの中にしまい両手を自由にして、ペットポトルの蓋に手をかけて開けようとする。
――が。

亜乃(あ、あれ……っ?)

力を込めて回転させるものの、一向に開かない蓋。

亜乃(あ、あれっ?あれっ?)

もう一度必死に力を入れて開けようとする。
だけどやっぱり開かない。
ただそのまま15秒ほど時間が経つ。

亜乃(何でっ?)

半ば意地になって必死にあけようとしている亜乃。
しかしやはり手だけが擦りむけかけるだけで、赤くなっていく一方。

亜乃(も、もう少しきっともう少しもう少し……)

最後の力とばかりに力を込める亜乃。
そして、

亜乃(よ、しっ!)

ついに頑なだった蓋がまわった!と思った、その時。

―グシャァッ!!!
――ビチャァッ!!!
―――ポタ、ポタ、ポタポタポタポタ……

ペットポトル本体の方に込めていた亜乃の力が有り余っていた為、蓋が空いた瞬間ボトルを握りつぶしてしまい、その反動で飲み口から盛大に吹き出した中身。

床に少し出来てゆく水溜まり。
濡れた亜乃の制服の胸元。

亜乃「…………」
律「…………………」

数秒間、訪れる沈黙。

律「……っ、はは、ははははは……っ!!」

その後で律が声をあげて笑い始める。

律「ヤバいウケる……っ、ダメだこれ……」

堪えきれない、といった感じで顔を手で覆って笑い続ける。
何もそんなに笑わなくても、と最初少しむっ、としてしまう亜乃。
しかし、律の笑ってる顔を見て、次第に気持ちが変化していく。

亜乃(やっぱり……笑った顔は、いいかも……)

思わぬ形で見せられた2回目の笑顔に、と気付かぬうちに心臓をときめかせていく。

律「大丈夫?」

ひとしきり笑った後、一応そう訊いてくる律。

亜乃「う、うん……」

亜乃は我に返ってハンカチを制服のポケットから取り出して、思いっきり水をかぶってしまった胸元を拭く。

亜乃「大丈夫、そのうち乾くから」

水分をある程度拭き取ってそう告げると、律がまた微笑む。

律「――やっといたの、水で良かった」

律の言葉に、確かにこれがジュースとかだったらベタついたり匂いがついたり染みの心配したりで大変だったよなあ、と思う亜乃。

律「じゃ。俺練習戻るから」

くるり、と身を翻して去ろうとする律。

亜乃「あ、あの!」

亜乃は背中を向けた律に思わず声をかける。
その声に反応して振り向く律。

亜乃「あ、ありがとう」

巻き込まれたのは事実だけど、助けられた事も、飲み物を貰ったのも事実という思いから、亜乃はお礼を言う。
キャップの閉まっていない、ヘコんで中身が少し減ったミネラルウォーターを抱えながらそう告げてきた亜乃に、律は目を丸くする。
その後で、ふわりと笑って一言。

律「どういたしまして」

言い残して去っていく律。
その背中を見送った後、亜乃ははあっ、と息をつきながら壁に背を預ける。

亜乃(な、何か、つかれた……)

一通り胸の高鳴りがおさまって緊張が取れると、今度はどっと疲労感が押し寄せてくる。

亜乃(よし、明日の材料買いに行こう……)

信じられない位ハードな一日だったと、よろよろと気を取り直して帰路につこうとした亜乃だったが、ふと床に目をやるとそこにはバスケットボールのキーホルダーが落ちていた。

亜乃(………?)

しゃがんでそれを拾う亜乃。

亜乃(さっきまで落ちてなかったよね? 確か……)

少なくとも結達が去るまではなかった気がする、と記憶を辿りながら考える。
そしてもちろん自分のでもない。
――とすると、考えられるケースはひとつ。

亜乃(……平良くんの?)

掌の上のキーホルダーを眺めて、律が去って行った方向に再び視線を送る亜乃。

開いていた入口のドアから風が吹き込んで来て、亜乃の髪を揺らす。