《世の中にはニ種類の人がいる。
目立つ人と、目立たない人。
スポットライトを浴びる人と、照らす側の人。
上に立って引っぱる人と、下で支える人。
私は誰がどう見ても完全に"後者"の方――》



【高校校舎・教室】

放課後。

(あい)亜乃(あの)〜」

自席を去ろうとしていた時声をかけられて顔を上げる江宮(えみや)亜乃(あの)(主人公)。

思い思いの場所へ散り散りになっていってる他のクラスメイト達を躱して、ひらひらと振りながら近寄ってくる藍。

藍「今日、これから調研の活動?」

亜乃のすぐ傍らまで辿り着いて、亜乃の手にしていた調理本を指で示しながら訊ねて来る藍。

亜乃「うん」

頷いて嬉しそうに調理本の表紙を見せる亜乃。
その本のタイトルは『クッキングページ』。ケーキとクッキーの写真が掲載されている。

亜乃「明日、研究会でクッキー作るの。――今日は調理室でその話し合い」

材料とか費用とかね、と付け足してハイテンションのオーラを振り撒きながら話す亜乃。

藍「へえ〜。クッキーって、亜乃の超お得意じゃん!」

亜乃の席の机に両手をついてその本を覗き込んでくる藍。

亜乃「そうなの、しかも今回は奮発してちょっと材料費高めにした本格派作ってみるから楽しみで楽しみで」

むふふふ、と笑みを作った口元を本で隠す亜乃。

藍「え?本当?私期待してていい!?」

亜乃の言葉に目を輝かせて訊ねてくる藍。

亜乃「藍ちゃんが?――期待って、何を?」

くすくすとイタズラっぽく笑いながら亜乃は指摘する。

藍「え?――だ、だってだって!だって!」

亜乃のちょっと意地悪な質問に、しどろもどろになる藍。
それを見てくすくすと笑う亜乃。

亜乃「――嘘。作ったらまたおすそ分けするから。感想聞かせてね、藍ちゃん」

にっこりと藍に微笑む亜乃。
その言葉に嬉しさを爆発させて、藍が亜乃にがばり!と抱きつく。

藍「亜乃も亜乃の作るクッキーも、大好き!本当に好き!マジで好きーっっ!!この勉強勉強で華のない特別進学クラス生活での唯一の楽しみよ〜」

約束だよ?と言って、可愛くうわーんと泣き叫ぶ藍。

亜乃「うん。美味しいの作るから待ってて」

しっかりと約束を交わした後ようやくハグを解いて、亜乃の前でガッツポーズを造る藍。

藍「――決めた、亜乃のクッキーを楽しみに、私頑張って今日と明日の塾乗り切る!応援してて亜乃!私も美味しいクッキー出来るように応援してる!」

言い残して、亜乃にバイバイと手を振って教室を去っていく藍。

その背中を微笑ましく見送った後、亜乃もスクールバッグを肩に掛けて『クッキングページ』を大事そうに胸元に抱いて、すれ違うクラスメイトにバイバイ、と声を掛け合いながら教室を出ていく。


《そう、世の中にはニ種類の人がいて私はきっと目立たない『その他大勢』の中の一人なんだろうけど。だからって毎日が楽しくない訳じゃない》

廊下を歩いている亜乃。

《目立たなくても目立たないなりにちゃんと友達はいるし、毎日平穏でトラブルの無い、楽しい学校生活を送っている――》

気分良く目的地の調理室を目指し、建物を出て、くの字形に造られている渡り廊下に差し掛かった時。

亜乃(うわ………)

その渡り廊下の曲がり角の部分、ちょうど体育館の前にも該当する場所に派手目7~8人の女子の集団を見つけて、少し引く亜乃。

亜乃(今日はまたいつもより多いなあ……)

集団は亜乃の存在には気にもとめてないというより、気づいてすらいない。
ひたすらある人物をターゲットにして取り囲み、話しかけている。

ファン①「ねえ(りつ)、今度どっか一緒に遊びに行こーよー!」
ファン②「てゆーか連絡先位教えてよお!いいかげんさあ!」
ファン③「昨日のシュートめっちゃカッコよかったんだけどヤバいよマジでヤバいどうなってんのどうやってんの!!」

高い声で盛り上がる女子集団。
その中央にはスクールバッグと部活用のスポーツバッグを肩にかけてる制服姿の一人の男子。
女子集団とは真逆で、こちらの方は相手に全くの無関心と言わんばかりの無表情で適当に相槌をうったりして流している。

あの(相変わらずだなあ……)

見慣れた光景にあ然とする亜乃。
この女子集団をここで見るのも、それに限りなく塩対応を返すその男子を見るのもいつもの事だと、一つ息をつく。

亜乃(平良(たいら)(りつ)君……だっだっけ)

『あ〜、バスケ部の平良律くんね。人気あるよ!うん、カッコいい!』……と藍に一年生の時教えてもらったのを思い出しながら、女子の憧れの的になっているその姿に目をやる亜乃。

亜乃(大っきいなあ……しかもやっぱりカッコ良いし)

取り囲んでいる周りの女子より軽く頭ひとつ分は抜き出ている身長と整った顔に目を奪われる亜乃。

亜乃(ああゆう人がきっと"目立つ側"の人なんだろうなあ)

典型的なスポットライトを浴びる側の人だ、としみじみ思いながら、コソコソと集団の横を通り過ぎるついでに律の顔にチラリと視線を送った瞬間。

ちょうど同じタイミングで律が顔を上げる。
律とばちり、と目が合う亜乃。

亜乃(うわ……っっっ!!目、目、目が合ったっ)

照れながら、がばりと視線を逸らしてそのままその場を去ろうとした瞬間。

律「……あ、ちょっと」

いきなり声を掛けられる亜乃。

亜乃(え?な、何?)

背中に冷たい物を感じながら立ち止まる亜乃。
ゆっくりと後ろを振り返る。

呼びかけられたの私?私じゃないよね?そうであって欲しい、と願っていたが、残念な事に律の視線はしっかりと確かに亜乃の方をとらえている。

そのまま捕まっていた女子集団の間をかき分けて、亜乃の方へどんどん近づいてくる律。

亜乃(うえーーーっっっ!?)

何が起こってるの?と意味不明状態のまま、ただその場に立ち尽くす亜乃。
そんな様子になんて気にも止めてない律は、亜乃の側まで寄ってくるとそのままばっと亜乃の腕を掴む。
そして。

律「悪い。ちょっと用あるから」

と女子集団に言い残して亜乃の腕を引っ張りながら渡り廊下を進んでいく律。

亜乃(ち、ちょっと!え?何で!?)

混乱の中、律に腕を引かれながらも後ろを振り返る亜乃。
先程まで律を中心に騒いでいた女子集団が、驚きと微かな冷ややかな視線をそれぞれ全員が亜乃に送っている。

亜乃(ひえええええ……っっっ)

これ絶対最悪っていうやつだ!とどん底に突き落とされたかのような気持ちになる亜乃。

何でどうしてこうなってるの!?とパニック状態のまま律にただ引きずられていく。

そして、そのまま渡り廊下途中にある校舎の中に逃げ込むように入る二人。
女子集団の視界から外れた廊下で、亜乃の腕をようやく放す律。
後ろを振り返って、女子集団が付いてきてないのを確認して立ち止まり、はあ、と一つ息をつく。

亜乃「あ、あのー……一体、何?それに、用って?」

訳が分からない亜乃はただ呆然と律に声を掛ける。

律「あー、悪い。アイツらちょっと今日しつこくてさ。協力してもらいたくて」

無表情の中にもうんざりした様子を伺わせて、律が壁に背を付けて答える。

亜乃「……え?それってつまり……」

私は女子集団をまく為に、都合よく利用されたという事? と理解し、何それ!?となる亜乃。

亜乃「ち、ちょっと!やめて!勝手に巻き込まないでよ!私絶対恨み買った!あの人達に!」

女子集団の冷たい視線がプレイバックされ、必死で告げる亜乃。
しかし律の方は全く気にした様子もない。

律「大丈夫でしょ。別に本当にオレたち何か関係があるわけじゃないし」

のんびりした口調、相変わらずの無表情で、でもハッキリそう告げる。
う、とつまる亜乃。

亜乃(そ、それは確かにそうなんだけれどっ)

そんなにキッパリそれを断言する!?と心の中で呟く亜乃。
ちらり、と律を見る。
やはり律は無表情。

亜乃(何かさすがって感じだなあ、完全に選ぶ側の人って感じだ……)

あんなに周りに騒がれても、周りをこうして振り回しても全く動じてないな、と思う。

律「じゃ。俺部活行くから」

用は済んだ、とばかりに亜乃に背を向ける律。
あくまでもマイペースに窓際まで寄って、ガラリと窓を開ける。
吹き込んできた風に揺れるセミロングの黒髪を耳にかけ直す亜乃。

亜乃「え?体育館に行くなら入口、そっちでしょ?」

逆方向に出ようとしている律に、今自分達が辿って来た方向を指さして告げる。

律「裏口から入る。アイツらまだいるかもしれないし」

校内履きを脱いでスポーツバッグの中に放り込む律。
窓枠に手をかけると、ひょいと抱えていたバッグと共に身軽に綺麗にジャンプして、その枠を飛び越す。
再び建物の外に出て、コンクリートで固められた部分に着地。
何事も無かったかのように普通に淡々とバッグの中から今度は革靴を取り出して履く。そして。

律「サンキュ。助かった」

唇を持ち上げて微笑む律。

亜乃(うわっ……)

反則的に優しい笑顔を向けられて心臓が一気に跳ねる亜乃。
そのまま振り返る事もなく、亜乃の元から去っていく律。

亜乃(今のひ、卑怯……!ずるい……っっ!!)



【調理室】

亜乃「何かすっっごい、やっかいな事になっちゃったみたい……」

実習室内のテーブルに腰掛けて愚痴る亜乃。
目の前には調理研究会のメンバーが2人、一緒に向かい合って座っている。

亜乃「私、目とかつけられてたらどうしよう…!?」

身を乗り出してテーブル越しの2人に話しかける。

理子(りこ)「気にしすぎ」

その主張を聞いた2人のうちの1人が短くすっぱり言い返す。

理子「そんなマンガみたいな展開、そうそうある訳ないでしょ?」

頬杖をついて亜乃に告げるボブカットの眼鏡をかけた女の子。

亜乃「でも私怖いよ、理子ぉ~っ……」

その子に向かって亜乃が言うと、今度は理子の隣に座っていたもう1人の女の子が亜乃に言ってくる。
こちらは2つ結びの髪型。

みのり「亜乃、それは本当に気にしすぎだってば」

短いあっさりとしたみのりの言葉。

亜乃「み、みのりまでっ!2人共、他人事だからそんな事簡単に言えるのよお~!」

と亜乃は身を机に突っ伏して叫ぶ。

亜乃「実際そうなった時、私絶対まともに対応できる自信ない!無理!怖い!嫌!そんな経験なんてしたくない、要らない!」

矢継ぎ早に告げる亜乃。

亜乃「普通にこのまま平和にあと一年高校生活を送って平和に卒業したい!それだけなのに!」

何でこうなっちゃったの!?と主張して丸まる亜乃。

みのり「……まあねえ。確かに、面倒は嫌だよね」

完全にダンゴムシ状態になってしまった亜乃を見て流石に可哀想になったのか、みのりがフォローに入ってくる。

亜乃「でしょでしょ!?」

がばり、と亜乃が身を起こしてみのりの方を見る。

亜乃「まさかこんな事に巻き込まれるなんて思って無かった……もうどうしよう……あそこ通るの怖い、通らなきゃここ調理室(ここ)まで来れないのに!」
理子「だったらもういつそ裏口からでも入ってきちゃえば?平良くんが体育館に入ったみたいに」
亜乃「そ、そうしようかな……」
理子「……本気で言ってる?」

冗談で言った一言がまさかの肯定的な方向で受け取られて引く理子。

亜乃「だってだって!怖い!」

叫ぶ亜乃に、みのりが

みのり「大丈夫大丈夫!大丈夫だって、そんなに心配しないでも!」

とまたフォロー。

みのり「これから特に関わらないようにすればすぐ忘れられるよ!誤解があったらちゃんと解けばいいんだしさ!」
亜乃「そ、そうだよね!そうだ、そうだ!」

みのりのフォローに気を持ち直す亜乃。

理子「まあ、人の話に聞く耳持たない人っていうのもいるけどね」

ようやくテンションが上がりかけた時にクールに掛けられた水を差す言葉に、

亜乃「ふええ~ん……」

再び不安にかられ机の上に突っ伏す亜乃。

みのり「理子おっ!」

理子を窘めるみのり。

理子「ごめんごめん」

笑ってよしよし、と亜乃の頭を慰めるように撫でる理子。

理子「大丈夫大丈夫。何かあったら力になるって。気を取り直して明日の事考えよ?」

理子に慰められて少し涙目ながらも顔を上げる亜乃。
こくり、と頷き姿勢を正す。

いつものミーティングに入る3人。

《私たち3人はお菓子作り好きで集まった仲間だ
高校に入ってから知り合って調理研究会を立ち上げて
こうやって放課後、ゆったり、まったり活動をしている――》

理子「それにしてもあの平良律とお近付きになれるなんてね~」

一時間程経ってミーティングが終了した後、理子が頬杖をついて言う。

亜乃「私は出来ればお近付きになんてなりたく無かった……」

亜乃がため息混じりに告げる。

理子「どうして?凄い人気あるよ?一年の時からバスケ部のスタメンで試合とか出てたし。うちの高校、県の代表になる位強いのに」

みのり「あー、確か去年インターハイ行ってたもんね」

理子「そうそう、その時も出てて活躍してたみたい。ローカルだけどテレビにも出てたってクラスの女子が騒いでたし。雑誌にも出てたりしてるって」

みのり「うわー、すごいじゃん」

会話に花を咲かせる二人に対して、亜乃は相変わらずのうかない顔。

亜乃「知らないよ~……私は普通にこうやって、毎日お菓子の事話して作って過ごせるだけでいい」

小さくなって覇気なく帰り支度を始める。
テーブルの上に何冊も広げてあったお菓子作りの本を回収して抱えて、床に置いていたスクールバッグを肩に掛ける。

亜乃「じゃあ私、もう帰るね……明日の材料の買い出し、したいし……」

ヨロヨロとフラつく寸前といった足取りで調理室を去っていく亜乃。
その背中を理子とみのりは椅子に座ったまま見送る。

みのり「あーあ……大分ダメージ食らってるみたいだね、あれは……」

大丈夫かな?と僅かに心配そうに呟くみのり。



【廊下】

そして、二人と別れた亜乃は一人、廊下を歩いている。
〔学校内や、外の風景の描写〕


《――そう、私は刺激とかそういうものは要らない
私は目立たない側の人間で、その日常に満足してて、それが続けばいいと願っていて
だけど、そんなささいな夢ですら――》

昇降口まで来た亜乃。
その姿を目にとめた人影が、三つ。

ファン①「――ねえ、ちょっと」

その人影の正体である人物に、後ろから急に声を掛けられる亜乃。
嫌な予感が即座に走り、立ち止まって恐る恐る後ろを振り返る。

ファン①「――あなた、特進科の人?」
ファン②「さっき律に呼ばれていった人だよね?―― あれ、何?」

女子生徒が3人、立ち止まっている亜乃に近付いて来る。
その3人の顔は、調理室に向かう時に見ていたあの女子集団のものと同じ。

ファン①「――あのさ。律と、どんな関係?」

接近して告げられた一言に『終わった』と亜乃は絶望。

《――どうやら、叶えるのが難しくなってしまったようです――》