○高校・教室内
机と椅子が教室の後ろに寄せられている。
生徒が段ボールを切ったり、色を塗ったりしている。
えまと桃香、ジャージ姿で床に座って作業。
えま「あーあ。文化祭までに彼氏作るって心に決めてたのに……気づいたらあっという間に1年経っちゃった。ユニ担になったおかげで恋愛のことなんかすっかり頭から消えてた~」
えま、筆で小道具に色を塗っている。
桃香「えま、あの時は意気込んでたもんね」
えま「うん」
桃香「私は推しに恋しちゃってるからリアルな恋愛なんてもう無理かも。彼氏とか旦那さんいるオタクってどうしてんのかなぁ」
えま「私も無理だと思う……陽斗くん以外にドキッとしないし、キュンとしないもん!」
桃香「(真剣に)でも結婚はしたい!」
えま「(真剣に)それは分かる!」
桃香「あ~! 二次元に行ける道具出してよ
エマえもん~! 私を二次元に連れてって?」
と、えまに寄りかかる。
えま「桃香ちゃん、いい子いい子」
と、桃香の頭を撫でる。
桃香「いいな~えまは。推しがこの次元に存在してるし。しかも同居してるし!」
えま「何度も言うけど、うちにいるの
は、アイドルの陽斗くんじゃなくて、田中陽斗さんっていう1人の人だから!」
桃香、聞き飽きた顔。
桃香「分かった分かった。百歩譲って、彼がただの田中陽斗だとしてもだよ? 顔も声も体も同じ、ていうか本人なんだからさ、ぶっちゃけキュンとかドキッとかないの? あるでしょ?」
えま「……そこはちゃんとわきまえてるもん!」
桃香「(ニヤニヤしながら)ふぅ~ん?」
えま、気付かないフリをして作業に戻る。
○ミラベル・店内(夜)
えま「いらっしゃいませ!」
えまがレジから扉の方を見ると変装をした陽斗が入って来る。
えま「(陽斗くん⁉︎)」
陽斗、軽く手を振ってレジの方に来る。
えま「(小声で)どうしたんですか?」
陽斗「撮影早く終わったから、スイーツ食べに来た! どれがオススメ?」
陽斗、ショーケースを眺める。
えま「そうですねぇ……」
えま「(一番人気はフォンダンショコラだけど、ツアー前で体作ってるだろうし、砂糖使ってるカロリー高いものはきっととらないようにしてるよね)」
えま「チーズケーキは食べれますか?」
陽斗「好きだよ!」
えま「うちのは砂糖を一切使ってない代わりにほんのちょっとハチミツを使って仕上げてるんです。だからダイエットとか体作ってる人にも人気で」
陽斗「じゃあそれにしようかな」
えま「ドリンクはつけますか?」
陽斗「今日はアイスコーヒーで!」
えま「1050円になります」
陽斗、支払いをする。
陽斗「ねぇ、今日って店長さんいる? この間のケーキのお礼言いたいんだけど」
陽斗、レジの方に身を乗り出して中を覗こうとする。
えま、陽斗を押し返しながら、
えま「そんなこと言ったら、なんで本人が食べれたのって話になっちゃうじゃないですか! 一緒に食べた人が美味しいって言ってたって私から伝えておきますから!」
陽斗「あ……確かにそうだね。じゃあよろしく」
えま「はい。ちゃんと伝えておきます」
えま、陽斗にレシートを渡す。
陽斗「今日も終わるの待ってるよ」
えま、こくりと頷く。
陽斗、レシートを持ってお渡しカウンターへ行く。
○宮本家・リビングダイニング(夜)
えまと陽斗、ダイニングに一緒に中に入る。
えま「ただいまー」
類「えまー!」
宮本類(27)、両手に抱えたハイブランドのショップバッグを放り投げてえまを抱きしめようと走って来る。
えま「げっ!」
えま、類から逃げるようにテーブルの奥に回り込む。
類「げってなんだよ、げって! 久しぶりの再会なのに、ひどいなぁ」
えま「お兄ちゃんなんでいんの⁉︎」
類「出張でしばらく日本にいるんだ」
えま「(嫌そうな顔で)えぇ……まさかうちに泊まるんじゃないよね?」
類「俺の家はここなんだから、もちろんうちに泊まる!」
陽斗「お兄さん?」
と、えまに聞く。
類「お兄さんって呼ぶなお兄さんて! 君のお兄さんになった覚えはない! なる予定もない!」
えま「(呆れながら)はい。普段はアメリカに住んでて」
類「(ドヤ顔で)君が必ず毎日使ってる、な
くなったら困る、日本が世界に誇るアレの市場を動かしてるんだよ。何か分かるかな?」
陽斗「(作り笑い)な、なんでしょう……」
えま「ただの便器売りです」
陽斗「便器? へぇ、すごいね」
類「えまぁ! その言い方は棘があるぞ!」
陽斗「はじめまして。ユニクランの田中陽斗です。しばらく居候させていただいてます」
と、頭を下げる。
類、陽斗を値踏みするように上から下までじっくり見る。
類「えまの兄の宮本類だ。君かぁ、えまをたぶらかしてるのは!」
陽斗「た、たぶら……?」
えま「あぁもう。お兄ちゃんそういうのほんとにやめて!」
えま「陽斗くん、相手にしなくていいですからね? お兄ちゃんと、お父さんもそうだけど。この人たちの攻略法は無視一択です」
と、リビングを出ていく。
類「え? 今陽斗くんって言った? 陽斗くんって聞こえたけど? なに、2人は名前で呼び合う仲なわけ? お兄ちゃん聞いてないぞ⁉︎」
類、えまを追いかける。
陽斗「社長そっくりだな」
と、苦笑する。
○同・リビングダイニング(夜)
宮本と美香と類と陽斗がリビングソファに座ってワインを飲みながら談笑している。
類「居候が俺の部屋使って、俺がゲストルームなんてひどいよ母さん」
類、ナッツをつまみながら不貞腐れる。
美香「類の部屋は定期的に掃除してシーツも変えてたからそっちを使ってもらうことにしたの。まさかあなたが突然帰って来るなんて思わないもの」
陽斗「俺が急に来ちゃったせいなんです。ほんとすみません。今からでも全然部屋出るんで」
と、申し訳ない顔をする。
類「そーだそーだ!」
美香「陽斗くんは全然気にしなくていいの。この子言いたいだけだからほっといて。無視が一番よ。無視してればそのうち静かになるから」
陽斗、フッと笑う。
陽斗「えまちゃんも同じこと言ってました」
宮本と類「えまちゃん……?」
宮本と類、陽斗を睨む。
陽斗、しまったという顔。
類「そうなんだよ父さん! えまとコイツ、名前で呼び合ってるんだよ⁉︎」
美香「名前で呼ぶ以外一体どうやって呼ぶのよ」
美香、類の膝を叩く。
宮本「まぁ、名前の件はさておき。陽斗は今やドラマにも引っ張りだこの超人気アイドルだから、大目に見てやってくれ」
類「……知ってる。それくらいじゃなかったら、いくら父さんの事務所のアイドルでも追い出してたよ」
スリッパのガサっという音がする。
4人が振り向くとえまが立っている。
えま「今の話なに……陽斗くんがパパの事務所……? どういうこと?」
美香と類、しまったという顔。
宮本「(慌てる)いや、な……」
えま「パパは人材派遣会社の社長って言ってたよね? なに、パパS.Sの社長なの?」
宮本「えま、違う。これには事情があってな」
えま「この感じだと知らなかったのは私だけなんだね。みんなしてサイッテー!」
えま、怒ってリビングを出ていく。
美香、困った顔をする。
類「あちゃー。これはマズったな……」
陽斗「どうしてえまちゃんだけ……?」
類「表に立てば悪く言われることもある。家族が標的になってるのを見て良い気はしないだろ? えまはまだ小さかったし、巻き込んで傷ついたりしないように念のため、な」
陽斗「なるほど」
○同・えまの部屋(夜)
えま、ベッドにダイブする。
スマホで【S.Sエンターテインメント 社長】と検索。
【代表取締役 宮本徹】と出てくる。
えま「思いっきり書いてあるじゃん……こんなことに気づかなかったなんて、私バカだ……」
えま、枕に顔を埋める。
○同・洗面所(朝)
陽斗、鏡の前で歯を磨いている。
鏡越しに制服姿のえまが廊下を通るのが見える。
陽斗「え? まだ4時半だよ⁉︎」
陽斗、洗面所から顔を覗かせて声をかける。
えま「(元気なく)……おはようございます」
と、歩いて行く。
陽斗「おはよ……」
と、廊下に立ちつくす。
○ミラベル・店内(夕方)
えまと桃香、端の2人席に座ってドリンクを飲む。
桃香「そっか、だから田中さんが突然えまの家に住むことになったんだ……なるほど、全てに合点がいった。まさかえまのパパが私でも知ってるあのS.S事務所の社長さんだったとは」
えま「そう。それをパパもママも兄ちゃんも、みんな私に隠してたんだよ⁉︎ 怒って当然だよね? 私、何も間違ってないよね?」
桃香「それは確かにえまが可哀想」
綾乃「どうしたのえま。珍しくイライラして」
綾乃がスコーンを持ってくる。
えま「せんぱーい!」
綾乃「これ、店長から」
と、スコーンを置く。
えまと桃香、カウンターを振り返り舞に会釈する。
舞、手を振る。
えま「私、家族にお父さんの職業ウソつかれてたんです! 普通にひどくないですか⁉︎ 知らなかったの私だけなんですよ!」
綾乃「えぇ? そんなことある?」
えま「それがあるんです! 私のこと、そんなに信用できなかったのかなぁ」
綾乃「なんで隠してたか、理由は聞いたの?」
えま「それは聞いてないですけど……」
綾乃「(しょうがないなぁ)理由もなくそんなことはしないだろうし、事情くらい聞いてみれば? それでも納得できなければ、怒っていいと思うよ」
桃香「私もそう思う。とりあえず、帰ったらちゃんと話した方がいいよ」
えま「うーーん……」
と、不満そうに口を尖らせる。
○宮本家・廊下(夜)
えまが廊下を歩いていると宮本が帰って来る。
えま、無視して部屋に入ろうとする。
宮本「えま!」
えま「……」
えま、ドアノブを掴んで手を止める。
宮本「仕事のこと、隠しててごめんな。でもえまを信用してないとか、そういうつもりじゃなかったんだ。表に出ると、それだけ良くも悪くも目立つ。そのせいでえまが傷ついたりするのは嫌だったんだ。自分は大丈夫と思ってても、ネットとかに書かれた悪口を見るのは気分いいものじゃないからな。えまなら分かるだろ?」
えま「……うん。それは分かってる」
と、部屋に入る。
宮本、困った顔でため息をつく。
○同・キッチン~リビング(夜)
えま、ソファに座ってクイズ番組を見ている。
陽斗、マグカップを2つ持ってえまの隣に座る。
陽斗「はい。俺特製のハチミツレモン」
陽斗、えまにカップを渡す。
えま「……ありがとうございます」
テレビの声「親のほにゃらら子知らず。親のほにゃらら子知らず。空欄には漢字1文字が入ります」
陽斗「あ~これなんだっけ……」
と、顎に手を置いて考える。
えま、陽斗の方をチラッと見る。
陽斗「(わざと)あ! 分かった。親の顔子知らずじゃない?」
えま、プッと吹き出す。
えま「陽斗くん新しいことわざ作り出してます」
陽斗「あれ、違うっけ?」
えま「親の心子知らずですよ」
陽斗「あー! それだ!」
テレビの声「正解は親の心子知らず」
陽斗「さすが現役の学生! えま頭いいんだね!」
陽斗、拍手する。
えま「なんか気を遣わせてすみません。大丈夫ですよ私」
陽斗「えま。社長のこと黙っててごめん」
と、頭を下げる。
えま「きっとパパが頼んだんだろうし、陽斗くんが謝ることじゃないですよ」
陽斗「……俺が口挟むことじゃないのは分かってるんだけどさ。そろそろ許してあげてほしいな、社長たちのこと。俺、和気藹々とした宮本家が大好きだから、今ちょっと寂しい」
えま「私のためを思ってそうしてくれたっていうのは分かってます。分かってるけど……」
陽斗、昔の自分を見るような眼差しで、
陽斗「それがちゃんと分かってるえまはすごいよ。俺なんてひどいもんだったよ、ほんと」
○(陽斗の回想)中学校・グラウンド(夕方)
サッカー部が練習試合をしている。
陽斗(15)、ボールを蹴りながら生き生きと走る。
陽斗M「小さい頃から運動神経は人よりいい方で、サッカーばかりしていた典型的なサッカー少年だった。サッカー選手になりたいと思っていたわけではなかったけど、このままきっとサッカーを続けて、将来はそういう仕事ができるもんだと。今思えば甘い考えの中学生だった」
グラウンドの周りにはたくさんの女子。
女子「田中くん頑張れー!」
陽斗、シュートを決めて部員とハイタッチする。
女子から黄色い歓声が上がる。
井上「ナイス陽斗!」
建人「イエーイ!」
陽斗と井上健人(15)、ハイタッチする。
陽斗M「都大会に行けるくらいには強かった俺の中学は、それなりに知名度もあったし、その中でも健人と俺はツートップと言われていた」
○(陽斗の回想)同・部室(夜)
生徒が練習から戻って来る。
男子「それにしてもさすが健人! あんな強豪校からスカウトくるなんてな!」
男子、興奮しながら建人の肩を組む。
建人「俺も驚いてる。ありがとな!」
陽斗「ほんと、おめでと!」
陽斗、精いっぱいの笑顔で言う。
建人「サンキュー! 陽斗もサッカー続けるだろ? 同じチームもいいけど、試合でぶつかるのも絶対楽しいよな! 今からワクワクしてきた!」
陽斗「あぁー。うん、できたら!」
と、気まずそうに笑う。
陽斗M「健人は、2人で行きたいと話していた強豪校からスカウトがきた。選ばれたのは健人だけだった」
○(陽斗の回想)渋谷・センター街
陽斗、友達と歩いている。
宮本「ねぇ君。ちょっといいかな?」
宮本(39)が声をかける。隣には佐藤(24)もいる。
陽斗「……はい」
宮本「君、アイドルにならない?」
陽斗、宮本から名刺を受け取る。
友達「これスカウトじゃね?」
と、陽斗の耳元で話す。
佐藤「良かったら話だけでもどうかな?」
陽斗、名刺を握りしめる。
陽斗「すいません。そういうの大丈夫です」
と、歩き出す。
友達「おい! 陽斗!」
友達、宮本たちを気にしなが軽く頭を下げて陽斗を追いかける。
宮本「気が変わったらいつでも連絡しろよー!」
と、ニヤけながら2人の背中に向かって叫ぶ。
陽斗、名刺をポケットに突っ込む。
陽斗M「俺に来るスカウトは、胡散臭い芸能系のものくらいだった」
○(陽斗の回想)田中家・リビング(夜)
母、葵(19)、陽斗がテーブルを囲んでお菓子を食べている。
陽斗、立ち上がって部屋に戻ろうとする。
ポケットから落ちた紙屑を葵が拾う。
葵「陽斗、なんか落ちたよ」
と、名刺を開きながら陽斗を呼び止める。
葵「え! どうしたのこれ! S.Sの名刺じゃん!」
母「なになに?」
葵、母に名刺を見せる。
母「ほんとだ……S.Sエンターテインメントって書いてある。陽斗どうしたのこれ」
陽斗「……今日渋谷行ったら声かけられて渡された」
葵「うっそ、スカウトじゃんそれ! 陽斗なんて返事したの?」
陽斗「興味ないんでって」
葵「もうバカ! せっかくトップアイドルへの道が開けたかもしれないじゃん! そしたら私もDiVE(ダイブ)の櫻井くんとお近づきになれたかもしれないのに~」
母「でもスカウトされたってことは、きっと陽斗に何か光るものを感じてくれたってことでしょ? なんか嬉しいなぁ」
陽斗「……もういいだろ」
と、葵から名刺を奪ってリビングを出る。
葵「あ、ちょっと陽斗! それちょうだいよー。いらないんでしょ?」
と、陽斗の背中に向かって叫ぶ。
◯(陽斗の回想)同・陽斗の部屋
陽斗、ベッドに寝転がりながら名刺を見る。
ガバっと起き上がってスマホでメールを打つ。
陽斗M「興味ないとか言ったくせに、結局俺は名刺に書いてあった浩さんの連絡先に連絡した。アイドルはどうでも良かったけど、その時はとにかくサッカーを忘れて熱中できる何かが欲しかった」
○(陽斗の回想)同・リビング(夜)
父、母、陽斗が机を囲む。
父の前には契約書の用紙。
父、腕を組んで難しい顔で陽斗を見る。
父「お前よりもっとすごい子がゴロゴロいる世界だぞ? そんなところに入っても、埋もれて苦しむだけだ」
陽斗「……それはそうかもしれないけど。やってみなきゃ分かんないじゃん」
母「陽斗がやりたいって言うんだからやらせ
ちゃダメ? 部活だと思えばそんなに変わらないわよ。まだ学生なんだから、先のことはその時に考えてもいいわけだし」
父「……勝手にしろ」
と、立ち上がる。
陽斗M「母さんの口添えもあり、こうして俺はS.Sに所属することが決まった」
○(陽斗の回想)スタジオ・練習室(夜)
陽斗、ジャージでメンバーとダンスの練習をする。
全員汗だくになって息が上がっている。
陽斗M「事務所に入ってわりとすぐ、俺たちは5人でユニクラウンというグループを結成することになった。メンバーはみんな同い年で、すぐに打ち解けられた」
翼「俺らいつデビューできっかな~」
翼(16)、大の字で床に寝転ぶ。
悠真「意外と早くできるんじゃない? 自分たちで言うのもあれだけど、俺ら歌もダンスも結構イケてない?」
凛太郎「ささがそんなこと言うなんて珍しい!」
悠真「でも思うだろ? 機会さえもらえればさ!」
柊也「その機会を掴むのがひと苦労なんだけどな」
翼「そうなんだよなぁー!」
陽斗、メンバーの会話を聞きながら笑顔になる。
陽斗M「でも本当に、ここからが長かった……」
○(陽斗の回想)同・練習室(夕方)
陽斗、制服姿で入って来る。
陽斗「お疲れ様―」
柊也「お疲れ~」
陽斗、荷物を置いて着替える。
× × ×
鏡の前でダンスの練習をする5人。
陽斗M「来る日も来る日も練習。たまの仕事といえば先輩たちのライブのバックで踊ったり、ドラマのチョイ役をやったり。CDデビューの兆しは全くないまま、俺たちは高校3年生になっていた」
○(陽斗の回想)田中家・リビング(夜)
陽斗M「そしてそんな俺を見て、父さんはいい加減しびれを切らしていた」
陽斗、腕を組んで座っている父の前に立つ。
父「もう十分だろ。部活は引退の時期だ。受験に専念しろ」
陽斗「父さんの言いたいことは分かる。実際、俺よりすごい人なんてたくさんいたし、自分との差を痛感する毎日だったよ。でもここで諦めたくない!」
父「いいか。才能があればすぐにでもデビューさせる。つまり、お前たちはそういうことだ。頑張り続けても叶わない夢はある」
陽斗「でも頑張り続けなきゃ叶う夢も叶わない!」
父「(声を荒げて)いい加減にしろ!」
父、テーブルを叩いて立ち上がる。
陽斗「(落ち着いて)ちゃんと引き際は見極める。いつまでもダラダラは続けない。どうにもならなかった時のことも考える……だから続けさせてください」
陽斗、父の前で土下座する。
父、陽斗から目を逸らす。
× × ×
母、キッチンで皿を洗っている。
母「お父さんもね、心の底では陽斗のことを応援したいのよ? それだけは分かってね」
陽斗「……うん、分かってる」
陽斗、父の座っていた席を見つめる。
○(陽斗の回想)大学・キャンパス内
陽斗、友達と話しながら歩く。
陽斗M「授業、レッスン、たまーーに仕事。大学生になっても俺たちユニクラウンに大きな変化はなかった」
○(陽斗の回想)同・門の前
振袖やスーツの学生が集まる。
陽斗、卒業式の看板の前に立って写真を撮る。
陽斗M「1年、また1年と、時間だけが過ぎていき、俺はとうとう大学も卒業してしまった。同級生はみんなちゃんと就職が決まっているのに、俺はレッスンや突然入る仕事があるためバイトすらろくにできず、親のスネをかじらせてもらうしかなかった。そんな中……」
○(陽斗の回想)事務所・社長室
ユニクラウンのメンバー、宮本の前に並ぶ。
陽斗「よく頑張ったな。ユニクラウン、デビュー決定だ!」
佐藤「5人とも、ここまでよく腐らず続けたな。おめでとう」
陽斗、佐藤(30)の方を向く。
佐藤、笑顔で頷く。
陽斗の目に涙が浮かぶ。
メンバー、顔を見合わせて、
メンバー「ありがとうございます!」
と、宮本(47)と佐藤に頭を下げる。
宮本と佐藤、微笑む。
○(陽斗の回想)同・リビング(朝)
テレビのニュース。
キャスター「今朝4時解禁。S.Sエンターテインメントより、ユニクラウンのデビューが決定! デビューシングル『hello world』のMVが公開され、再生回数は早くも1000万回を突破しました!」
陽斗M「俺が23歳、入所してから7年目。ようやくユニクラウンのデビューが決まった」
○(陽斗の回想)テレビ局・楽屋(朝)
陽斗、鏡の前でヘアメイクをされている。
スマホにメッセージ通知。
〈父:おめでとう〉
父からメッセージと共にユニクラウンの巨大広告の写真が送られてくる。
陽斗、口角を上げて
〈陽斗:ありがとう〉
と、返信。
陽斗M「俺の芸能界入りを最後まで納得していなかったはずの父さんが、一番に連絡をくれた。後から聞いた話だと、あの日仕事の前にわざわざ会社とは方向が違う渋谷まで写真を撮りに行ってくれたらしい」
(陽斗の回想終了)
○宮本家・リビング(夜)
えま「陽斗くんもそんな時期があったんですね……」
陽斗「あったあった。俺のせいでしょっちゅう家の中ギスギスしてたと思う」
えま、唇をギュッと噛みしめる。
えま「……でも、パパもママもお兄ちゃんも知ってて、私だけ知らないって仲間外れじゃないですか? 同じ家族なのに」
陽斗「そうだね。それは嫌だったよな」
えま「それに……それ以上に……」
と、俯く。
陽斗「ん?」
えま、バッと顔を上げて、
えま「もし話してくれてたら……ユニクラウンの出してほしいグッズとかたくさん言えてたのに!」
陽斗「ちょっと待て。そっち⁉︎」
えま「(真剣に)そっちってどっちですか! 大事なとこです!」
陽斗、フッと笑みをこぼして、
陽斗「ちなみに、グッズのことはぜひ参考にしたいから聞かせてよ」
えま「いいですよ! まず私が一番出してほしいのが~」
類「楽しそうだねお2人さん」
類、ソファの後ろにしゃがんで不敵な笑みを浮かべてながら2人の間から顔を出す。
えまと陽斗、ビクッと驚く。
えま「うわっ、なに! 脅かさないでよ!」
類「はい、近いですよー」
類、えまと陽斗を離す。
えま「あぁ超ウザい! 陽斗くん部屋戻りましょ!」
えま、立ち上がって歩き出す。
陽斗も続いて立ち上がり、アイドルスマイルを向けて部屋を出ていく。
類「コラ! ちょっと待て!」
と、叫ぶ。
机と椅子が教室の後ろに寄せられている。
生徒が段ボールを切ったり、色を塗ったりしている。
えまと桃香、ジャージ姿で床に座って作業。
えま「あーあ。文化祭までに彼氏作るって心に決めてたのに……気づいたらあっという間に1年経っちゃった。ユニ担になったおかげで恋愛のことなんかすっかり頭から消えてた~」
えま、筆で小道具に色を塗っている。
桃香「えま、あの時は意気込んでたもんね」
えま「うん」
桃香「私は推しに恋しちゃってるからリアルな恋愛なんてもう無理かも。彼氏とか旦那さんいるオタクってどうしてんのかなぁ」
えま「私も無理だと思う……陽斗くん以外にドキッとしないし、キュンとしないもん!」
桃香「(真剣に)でも結婚はしたい!」
えま「(真剣に)それは分かる!」
桃香「あ~! 二次元に行ける道具出してよ
エマえもん~! 私を二次元に連れてって?」
と、えまに寄りかかる。
えま「桃香ちゃん、いい子いい子」
と、桃香の頭を撫でる。
桃香「いいな~えまは。推しがこの次元に存在してるし。しかも同居してるし!」
えま「何度も言うけど、うちにいるの
は、アイドルの陽斗くんじゃなくて、田中陽斗さんっていう1人の人だから!」
桃香、聞き飽きた顔。
桃香「分かった分かった。百歩譲って、彼がただの田中陽斗だとしてもだよ? 顔も声も体も同じ、ていうか本人なんだからさ、ぶっちゃけキュンとかドキッとかないの? あるでしょ?」
えま「……そこはちゃんとわきまえてるもん!」
桃香「(ニヤニヤしながら)ふぅ~ん?」
えま、気付かないフリをして作業に戻る。
○ミラベル・店内(夜)
えま「いらっしゃいませ!」
えまがレジから扉の方を見ると変装をした陽斗が入って来る。
えま「(陽斗くん⁉︎)」
陽斗、軽く手を振ってレジの方に来る。
えま「(小声で)どうしたんですか?」
陽斗「撮影早く終わったから、スイーツ食べに来た! どれがオススメ?」
陽斗、ショーケースを眺める。
えま「そうですねぇ……」
えま「(一番人気はフォンダンショコラだけど、ツアー前で体作ってるだろうし、砂糖使ってるカロリー高いものはきっととらないようにしてるよね)」
えま「チーズケーキは食べれますか?」
陽斗「好きだよ!」
えま「うちのは砂糖を一切使ってない代わりにほんのちょっとハチミツを使って仕上げてるんです。だからダイエットとか体作ってる人にも人気で」
陽斗「じゃあそれにしようかな」
えま「ドリンクはつけますか?」
陽斗「今日はアイスコーヒーで!」
えま「1050円になります」
陽斗、支払いをする。
陽斗「ねぇ、今日って店長さんいる? この間のケーキのお礼言いたいんだけど」
陽斗、レジの方に身を乗り出して中を覗こうとする。
えま、陽斗を押し返しながら、
えま「そんなこと言ったら、なんで本人が食べれたのって話になっちゃうじゃないですか! 一緒に食べた人が美味しいって言ってたって私から伝えておきますから!」
陽斗「あ……確かにそうだね。じゃあよろしく」
えま「はい。ちゃんと伝えておきます」
えま、陽斗にレシートを渡す。
陽斗「今日も終わるの待ってるよ」
えま、こくりと頷く。
陽斗、レシートを持ってお渡しカウンターへ行く。
○宮本家・リビングダイニング(夜)
えまと陽斗、ダイニングに一緒に中に入る。
えま「ただいまー」
類「えまー!」
宮本類(27)、両手に抱えたハイブランドのショップバッグを放り投げてえまを抱きしめようと走って来る。
えま「げっ!」
えま、類から逃げるようにテーブルの奥に回り込む。
類「げってなんだよ、げって! 久しぶりの再会なのに、ひどいなぁ」
えま「お兄ちゃんなんでいんの⁉︎」
類「出張でしばらく日本にいるんだ」
えま「(嫌そうな顔で)えぇ……まさかうちに泊まるんじゃないよね?」
類「俺の家はここなんだから、もちろんうちに泊まる!」
陽斗「お兄さん?」
と、えまに聞く。
類「お兄さんって呼ぶなお兄さんて! 君のお兄さんになった覚えはない! なる予定もない!」
えま「(呆れながら)はい。普段はアメリカに住んでて」
類「(ドヤ顔で)君が必ず毎日使ってる、な
くなったら困る、日本が世界に誇るアレの市場を動かしてるんだよ。何か分かるかな?」
陽斗「(作り笑い)な、なんでしょう……」
えま「ただの便器売りです」
陽斗「便器? へぇ、すごいね」
類「えまぁ! その言い方は棘があるぞ!」
陽斗「はじめまして。ユニクランの田中陽斗です。しばらく居候させていただいてます」
と、頭を下げる。
類、陽斗を値踏みするように上から下までじっくり見る。
類「えまの兄の宮本類だ。君かぁ、えまをたぶらかしてるのは!」
陽斗「た、たぶら……?」
えま「あぁもう。お兄ちゃんそういうのほんとにやめて!」
えま「陽斗くん、相手にしなくていいですからね? お兄ちゃんと、お父さんもそうだけど。この人たちの攻略法は無視一択です」
と、リビングを出ていく。
類「え? 今陽斗くんって言った? 陽斗くんって聞こえたけど? なに、2人は名前で呼び合う仲なわけ? お兄ちゃん聞いてないぞ⁉︎」
類、えまを追いかける。
陽斗「社長そっくりだな」
と、苦笑する。
○同・リビングダイニング(夜)
宮本と美香と類と陽斗がリビングソファに座ってワインを飲みながら談笑している。
類「居候が俺の部屋使って、俺がゲストルームなんてひどいよ母さん」
類、ナッツをつまみながら不貞腐れる。
美香「類の部屋は定期的に掃除してシーツも変えてたからそっちを使ってもらうことにしたの。まさかあなたが突然帰って来るなんて思わないもの」
陽斗「俺が急に来ちゃったせいなんです。ほんとすみません。今からでも全然部屋出るんで」
と、申し訳ない顔をする。
類「そーだそーだ!」
美香「陽斗くんは全然気にしなくていいの。この子言いたいだけだからほっといて。無視が一番よ。無視してればそのうち静かになるから」
陽斗、フッと笑う。
陽斗「えまちゃんも同じこと言ってました」
宮本と類「えまちゃん……?」
宮本と類、陽斗を睨む。
陽斗、しまったという顔。
類「そうなんだよ父さん! えまとコイツ、名前で呼び合ってるんだよ⁉︎」
美香「名前で呼ぶ以外一体どうやって呼ぶのよ」
美香、類の膝を叩く。
宮本「まぁ、名前の件はさておき。陽斗は今やドラマにも引っ張りだこの超人気アイドルだから、大目に見てやってくれ」
類「……知ってる。それくらいじゃなかったら、いくら父さんの事務所のアイドルでも追い出してたよ」
スリッパのガサっという音がする。
4人が振り向くとえまが立っている。
えま「今の話なに……陽斗くんがパパの事務所……? どういうこと?」
美香と類、しまったという顔。
宮本「(慌てる)いや、な……」
えま「パパは人材派遣会社の社長って言ってたよね? なに、パパS.Sの社長なの?」
宮本「えま、違う。これには事情があってな」
えま「この感じだと知らなかったのは私だけなんだね。みんなしてサイッテー!」
えま、怒ってリビングを出ていく。
美香、困った顔をする。
類「あちゃー。これはマズったな……」
陽斗「どうしてえまちゃんだけ……?」
類「表に立てば悪く言われることもある。家族が標的になってるのを見て良い気はしないだろ? えまはまだ小さかったし、巻き込んで傷ついたりしないように念のため、な」
陽斗「なるほど」
○同・えまの部屋(夜)
えま、ベッドにダイブする。
スマホで【S.Sエンターテインメント 社長】と検索。
【代表取締役 宮本徹】と出てくる。
えま「思いっきり書いてあるじゃん……こんなことに気づかなかったなんて、私バカだ……」
えま、枕に顔を埋める。
○同・洗面所(朝)
陽斗、鏡の前で歯を磨いている。
鏡越しに制服姿のえまが廊下を通るのが見える。
陽斗「え? まだ4時半だよ⁉︎」
陽斗、洗面所から顔を覗かせて声をかける。
えま「(元気なく)……おはようございます」
と、歩いて行く。
陽斗「おはよ……」
と、廊下に立ちつくす。
○ミラベル・店内(夕方)
えまと桃香、端の2人席に座ってドリンクを飲む。
桃香「そっか、だから田中さんが突然えまの家に住むことになったんだ……なるほど、全てに合点がいった。まさかえまのパパが私でも知ってるあのS.S事務所の社長さんだったとは」
えま「そう。それをパパもママも兄ちゃんも、みんな私に隠してたんだよ⁉︎ 怒って当然だよね? 私、何も間違ってないよね?」
桃香「それは確かにえまが可哀想」
綾乃「どうしたのえま。珍しくイライラして」
綾乃がスコーンを持ってくる。
えま「せんぱーい!」
綾乃「これ、店長から」
と、スコーンを置く。
えまと桃香、カウンターを振り返り舞に会釈する。
舞、手を振る。
えま「私、家族にお父さんの職業ウソつかれてたんです! 普通にひどくないですか⁉︎ 知らなかったの私だけなんですよ!」
綾乃「えぇ? そんなことある?」
えま「それがあるんです! 私のこと、そんなに信用できなかったのかなぁ」
綾乃「なんで隠してたか、理由は聞いたの?」
えま「それは聞いてないですけど……」
綾乃「(しょうがないなぁ)理由もなくそんなことはしないだろうし、事情くらい聞いてみれば? それでも納得できなければ、怒っていいと思うよ」
桃香「私もそう思う。とりあえず、帰ったらちゃんと話した方がいいよ」
えま「うーーん……」
と、不満そうに口を尖らせる。
○宮本家・廊下(夜)
えまが廊下を歩いていると宮本が帰って来る。
えま、無視して部屋に入ろうとする。
宮本「えま!」
えま「……」
えま、ドアノブを掴んで手を止める。
宮本「仕事のこと、隠しててごめんな。でもえまを信用してないとか、そういうつもりじゃなかったんだ。表に出ると、それだけ良くも悪くも目立つ。そのせいでえまが傷ついたりするのは嫌だったんだ。自分は大丈夫と思ってても、ネットとかに書かれた悪口を見るのは気分いいものじゃないからな。えまなら分かるだろ?」
えま「……うん。それは分かってる」
と、部屋に入る。
宮本、困った顔でため息をつく。
○同・キッチン~リビング(夜)
えま、ソファに座ってクイズ番組を見ている。
陽斗、マグカップを2つ持ってえまの隣に座る。
陽斗「はい。俺特製のハチミツレモン」
陽斗、えまにカップを渡す。
えま「……ありがとうございます」
テレビの声「親のほにゃらら子知らず。親のほにゃらら子知らず。空欄には漢字1文字が入ります」
陽斗「あ~これなんだっけ……」
と、顎に手を置いて考える。
えま、陽斗の方をチラッと見る。
陽斗「(わざと)あ! 分かった。親の顔子知らずじゃない?」
えま、プッと吹き出す。
えま「陽斗くん新しいことわざ作り出してます」
陽斗「あれ、違うっけ?」
えま「親の心子知らずですよ」
陽斗「あー! それだ!」
テレビの声「正解は親の心子知らず」
陽斗「さすが現役の学生! えま頭いいんだね!」
陽斗、拍手する。
えま「なんか気を遣わせてすみません。大丈夫ですよ私」
陽斗「えま。社長のこと黙っててごめん」
と、頭を下げる。
えま「きっとパパが頼んだんだろうし、陽斗くんが謝ることじゃないですよ」
陽斗「……俺が口挟むことじゃないのは分かってるんだけどさ。そろそろ許してあげてほしいな、社長たちのこと。俺、和気藹々とした宮本家が大好きだから、今ちょっと寂しい」
えま「私のためを思ってそうしてくれたっていうのは分かってます。分かってるけど……」
陽斗、昔の自分を見るような眼差しで、
陽斗「それがちゃんと分かってるえまはすごいよ。俺なんてひどいもんだったよ、ほんと」
○(陽斗の回想)中学校・グラウンド(夕方)
サッカー部が練習試合をしている。
陽斗(15)、ボールを蹴りながら生き生きと走る。
陽斗M「小さい頃から運動神経は人よりいい方で、サッカーばかりしていた典型的なサッカー少年だった。サッカー選手になりたいと思っていたわけではなかったけど、このままきっとサッカーを続けて、将来はそういう仕事ができるもんだと。今思えば甘い考えの中学生だった」
グラウンドの周りにはたくさんの女子。
女子「田中くん頑張れー!」
陽斗、シュートを決めて部員とハイタッチする。
女子から黄色い歓声が上がる。
井上「ナイス陽斗!」
建人「イエーイ!」
陽斗と井上健人(15)、ハイタッチする。
陽斗M「都大会に行けるくらいには強かった俺の中学は、それなりに知名度もあったし、その中でも健人と俺はツートップと言われていた」
○(陽斗の回想)同・部室(夜)
生徒が練習から戻って来る。
男子「それにしてもさすが健人! あんな強豪校からスカウトくるなんてな!」
男子、興奮しながら建人の肩を組む。
建人「俺も驚いてる。ありがとな!」
陽斗「ほんと、おめでと!」
陽斗、精いっぱいの笑顔で言う。
建人「サンキュー! 陽斗もサッカー続けるだろ? 同じチームもいいけど、試合でぶつかるのも絶対楽しいよな! 今からワクワクしてきた!」
陽斗「あぁー。うん、できたら!」
と、気まずそうに笑う。
陽斗M「健人は、2人で行きたいと話していた強豪校からスカウトがきた。選ばれたのは健人だけだった」
○(陽斗の回想)渋谷・センター街
陽斗、友達と歩いている。
宮本「ねぇ君。ちょっといいかな?」
宮本(39)が声をかける。隣には佐藤(24)もいる。
陽斗「……はい」
宮本「君、アイドルにならない?」
陽斗、宮本から名刺を受け取る。
友達「これスカウトじゃね?」
と、陽斗の耳元で話す。
佐藤「良かったら話だけでもどうかな?」
陽斗、名刺を握りしめる。
陽斗「すいません。そういうの大丈夫です」
と、歩き出す。
友達「おい! 陽斗!」
友達、宮本たちを気にしなが軽く頭を下げて陽斗を追いかける。
宮本「気が変わったらいつでも連絡しろよー!」
と、ニヤけながら2人の背中に向かって叫ぶ。
陽斗、名刺をポケットに突っ込む。
陽斗M「俺に来るスカウトは、胡散臭い芸能系のものくらいだった」
○(陽斗の回想)田中家・リビング(夜)
母、葵(19)、陽斗がテーブルを囲んでお菓子を食べている。
陽斗、立ち上がって部屋に戻ろうとする。
ポケットから落ちた紙屑を葵が拾う。
葵「陽斗、なんか落ちたよ」
と、名刺を開きながら陽斗を呼び止める。
葵「え! どうしたのこれ! S.Sの名刺じゃん!」
母「なになに?」
葵、母に名刺を見せる。
母「ほんとだ……S.Sエンターテインメントって書いてある。陽斗どうしたのこれ」
陽斗「……今日渋谷行ったら声かけられて渡された」
葵「うっそ、スカウトじゃんそれ! 陽斗なんて返事したの?」
陽斗「興味ないんでって」
葵「もうバカ! せっかくトップアイドルへの道が開けたかもしれないじゃん! そしたら私もDiVE(ダイブ)の櫻井くんとお近づきになれたかもしれないのに~」
母「でもスカウトされたってことは、きっと陽斗に何か光るものを感じてくれたってことでしょ? なんか嬉しいなぁ」
陽斗「……もういいだろ」
と、葵から名刺を奪ってリビングを出る。
葵「あ、ちょっと陽斗! それちょうだいよー。いらないんでしょ?」
と、陽斗の背中に向かって叫ぶ。
◯(陽斗の回想)同・陽斗の部屋
陽斗、ベッドに寝転がりながら名刺を見る。
ガバっと起き上がってスマホでメールを打つ。
陽斗M「興味ないとか言ったくせに、結局俺は名刺に書いてあった浩さんの連絡先に連絡した。アイドルはどうでも良かったけど、その時はとにかくサッカーを忘れて熱中できる何かが欲しかった」
○(陽斗の回想)同・リビング(夜)
父、母、陽斗が机を囲む。
父の前には契約書の用紙。
父、腕を組んで難しい顔で陽斗を見る。
父「お前よりもっとすごい子がゴロゴロいる世界だぞ? そんなところに入っても、埋もれて苦しむだけだ」
陽斗「……それはそうかもしれないけど。やってみなきゃ分かんないじゃん」
母「陽斗がやりたいって言うんだからやらせ
ちゃダメ? 部活だと思えばそんなに変わらないわよ。まだ学生なんだから、先のことはその時に考えてもいいわけだし」
父「……勝手にしろ」
と、立ち上がる。
陽斗M「母さんの口添えもあり、こうして俺はS.Sに所属することが決まった」
○(陽斗の回想)スタジオ・練習室(夜)
陽斗、ジャージでメンバーとダンスの練習をする。
全員汗だくになって息が上がっている。
陽斗M「事務所に入ってわりとすぐ、俺たちは5人でユニクラウンというグループを結成することになった。メンバーはみんな同い年で、すぐに打ち解けられた」
翼「俺らいつデビューできっかな~」
翼(16)、大の字で床に寝転ぶ。
悠真「意外と早くできるんじゃない? 自分たちで言うのもあれだけど、俺ら歌もダンスも結構イケてない?」
凛太郎「ささがそんなこと言うなんて珍しい!」
悠真「でも思うだろ? 機会さえもらえればさ!」
柊也「その機会を掴むのがひと苦労なんだけどな」
翼「そうなんだよなぁー!」
陽斗、メンバーの会話を聞きながら笑顔になる。
陽斗M「でも本当に、ここからが長かった……」
○(陽斗の回想)同・練習室(夕方)
陽斗、制服姿で入って来る。
陽斗「お疲れ様―」
柊也「お疲れ~」
陽斗、荷物を置いて着替える。
× × ×
鏡の前でダンスの練習をする5人。
陽斗M「来る日も来る日も練習。たまの仕事といえば先輩たちのライブのバックで踊ったり、ドラマのチョイ役をやったり。CDデビューの兆しは全くないまま、俺たちは高校3年生になっていた」
○(陽斗の回想)田中家・リビング(夜)
陽斗M「そしてそんな俺を見て、父さんはいい加減しびれを切らしていた」
陽斗、腕を組んで座っている父の前に立つ。
父「もう十分だろ。部活は引退の時期だ。受験に専念しろ」
陽斗「父さんの言いたいことは分かる。実際、俺よりすごい人なんてたくさんいたし、自分との差を痛感する毎日だったよ。でもここで諦めたくない!」
父「いいか。才能があればすぐにでもデビューさせる。つまり、お前たちはそういうことだ。頑張り続けても叶わない夢はある」
陽斗「でも頑張り続けなきゃ叶う夢も叶わない!」
父「(声を荒げて)いい加減にしろ!」
父、テーブルを叩いて立ち上がる。
陽斗「(落ち着いて)ちゃんと引き際は見極める。いつまでもダラダラは続けない。どうにもならなかった時のことも考える……だから続けさせてください」
陽斗、父の前で土下座する。
父、陽斗から目を逸らす。
× × ×
母、キッチンで皿を洗っている。
母「お父さんもね、心の底では陽斗のことを応援したいのよ? それだけは分かってね」
陽斗「……うん、分かってる」
陽斗、父の座っていた席を見つめる。
○(陽斗の回想)大学・キャンパス内
陽斗、友達と話しながら歩く。
陽斗M「授業、レッスン、たまーーに仕事。大学生になっても俺たちユニクラウンに大きな変化はなかった」
○(陽斗の回想)同・門の前
振袖やスーツの学生が集まる。
陽斗、卒業式の看板の前に立って写真を撮る。
陽斗M「1年、また1年と、時間だけが過ぎていき、俺はとうとう大学も卒業してしまった。同級生はみんなちゃんと就職が決まっているのに、俺はレッスンや突然入る仕事があるためバイトすらろくにできず、親のスネをかじらせてもらうしかなかった。そんな中……」
○(陽斗の回想)事務所・社長室
ユニクラウンのメンバー、宮本の前に並ぶ。
陽斗「よく頑張ったな。ユニクラウン、デビュー決定だ!」
佐藤「5人とも、ここまでよく腐らず続けたな。おめでとう」
陽斗、佐藤(30)の方を向く。
佐藤、笑顔で頷く。
陽斗の目に涙が浮かぶ。
メンバー、顔を見合わせて、
メンバー「ありがとうございます!」
と、宮本(47)と佐藤に頭を下げる。
宮本と佐藤、微笑む。
○(陽斗の回想)同・リビング(朝)
テレビのニュース。
キャスター「今朝4時解禁。S.Sエンターテインメントより、ユニクラウンのデビューが決定! デビューシングル『hello world』のMVが公開され、再生回数は早くも1000万回を突破しました!」
陽斗M「俺が23歳、入所してから7年目。ようやくユニクラウンのデビューが決まった」
○(陽斗の回想)テレビ局・楽屋(朝)
陽斗、鏡の前でヘアメイクをされている。
スマホにメッセージ通知。
〈父:おめでとう〉
父からメッセージと共にユニクラウンの巨大広告の写真が送られてくる。
陽斗、口角を上げて
〈陽斗:ありがとう〉
と、返信。
陽斗M「俺の芸能界入りを最後まで納得していなかったはずの父さんが、一番に連絡をくれた。後から聞いた話だと、あの日仕事の前にわざわざ会社とは方向が違う渋谷まで写真を撮りに行ってくれたらしい」
(陽斗の回想終了)
○宮本家・リビング(夜)
えま「陽斗くんもそんな時期があったんですね……」
陽斗「あったあった。俺のせいでしょっちゅう家の中ギスギスしてたと思う」
えま、唇をギュッと噛みしめる。
えま「……でも、パパもママもお兄ちゃんも知ってて、私だけ知らないって仲間外れじゃないですか? 同じ家族なのに」
陽斗「そうだね。それは嫌だったよな」
えま「それに……それ以上に……」
と、俯く。
陽斗「ん?」
えま、バッと顔を上げて、
えま「もし話してくれてたら……ユニクラウンの出してほしいグッズとかたくさん言えてたのに!」
陽斗「ちょっと待て。そっち⁉︎」
えま「(真剣に)そっちってどっちですか! 大事なとこです!」
陽斗、フッと笑みをこぼして、
陽斗「ちなみに、グッズのことはぜひ参考にしたいから聞かせてよ」
えま「いいですよ! まず私が一番出してほしいのが~」
類「楽しそうだねお2人さん」
類、ソファの後ろにしゃがんで不敵な笑みを浮かべてながら2人の間から顔を出す。
えまと陽斗、ビクッと驚く。
えま「うわっ、なに! 脅かさないでよ!」
類「はい、近いですよー」
類、えまと陽斗を離す。
えま「あぁ超ウザい! 陽斗くん部屋戻りましょ!」
えま、立ち上がって歩き出す。
陽斗も続いて立ち上がり、アイドルスマイルを向けて部屋を出ていく。
類「コラ! ちょっと待て!」
と、叫ぶ。