○カフェ・店内(夕方)

学校帰りのえまと桃香、クリームが乗ったドリンクを飲んでいる。

えま「……(必死に)推しが家にいるなんて、もう私の心臓がもちそうにありません! やっぱりキャーキャー言いたいです、桃香先生ー!」

桃香、満足そうに頷きながら、

桃香「そうでしょう、そうでしょう。それで? どうなの田中さんとの暮らしは。2人はなんて呼び合ってるの?」

えま「私は普通に田中さんって呼んでて、陽斗くんには……私、呼ばれたことないかも……」

桃香「えぇっ⁉︎ かった! つまんな! なんで陽斗くんって呼ばないの?」

えま「ムリムリムリ絶対ムリ! 本人に直接陽斗くん呼びはしんどいって!」

桃香、えまの手を握って囁く。

桃香「ねぇ、えま? もうこんな機会2度と訪れないよ? この先何度生ま変わっても絶対ムリ。名前くらいどうってことないじゃん! えまが呼べば、田中さんもえまのこと呼んでくれるかもよ? どう? 『えま』って呼ばれたくないの?」

えま、泣きそうな顔で大きく頷く。

えま「……呼んでほしいですッ!」

桃香「(にっこり)じゃあ頑張って!」


○宮本家・リビングダイニング(夜)

えま、ソファに座ってドラマを見ている。
カーリー、えまの隣に丸まって眠る。
陽斗、リビングに入って来て、テレビ画面を見ながら、

陽斗「そっか、今日放送か」

えま、驚いて振り返り、慌ててテレビの画面を全身で隠す。

えま「ごめんなさい! はる……田中さんまだ帰ってなかったのでいいかなって……!」

陽斗「いいよそんな気遣わなくて。ていうか俺もオンエアチェックしたいし、見る時声かけてよ……一緒に見るのはちょっと恥ずいけど」

えま「……それは丁重にお断りさせていただきます」
と、頭を下げる。

陽斗「……え?」

えま「私はファンとして見たいんです! はる……田中さんが隣にいると緊張してそれどころじゃないというか……落ち着かないっていうか……だからごめんなさい!」

陽斗「……一応確認なんだけどさ。俺のファン……なんだよね?」

えま「はい! 大ファンです! だからムリなんです!」

えまと陽斗、真剣に見つめ合う。
陽斗、両手を挙げる。

陽斗「……いいよ分かった。俺の負け。風呂入って来る」

えま、陽斗が見えなくなったのを確認して自分の頭を抱えてソファに倒れ込む。

えま「あぁーー! 今の感じ悪かったよね……でも本人の隣で一緒に見るとかムリだよぉ!」

えま、寝返りを打つ。

えま「しかも名前呼べなかった……」
と、呟く。


○公園・芝生

撮影クルーに囲まれてドラマの撮影中。
陽斗と木村千乃(39)、レジャーシートに座ってピクニック。
千乃、サンドイッチをひと口食べる。
千乃の口の端に付いたソースを陽斗が指でとって舐める。

陽斗「んー! うまい!」

千乃「ふふ!」

監督「はいカットー! オッケー!」

スタッフが2人に駆け寄り小道具を回収。

陽斗「このサンドイッチ食べていいですか?」

スタッフ「どうぞどうぞ」

千乃「私もかじったの食べちゃおー」

千乃、食べかけのサンドイッチを取って食べる。

千乃「なんかこのままオシャレなカフェとかでテイクアウトしたコーヒー片手にのんびり日向ぼっこでもしたいねぇ」

陽斗「ですねぇ」

千乃「田中くん今絶対休みなしでしょ? 毎日テレビで見る気がするよ」

陽斗「それは俺のセリフです。木村さん、毎クールドラマ出てらっしゃるじゃないですか」

千乃「たまたまよ、たまたま! 田中くん他のドラマとかよく見るの?」

陽斗「見ますね。色んな人の演技見て勉強したくて。木村さんはあんまり見ないですか?」

千乃「努力家! えらい! 私もねぇ、昔は色々見てたんだけど、今は逆に自分がブレちゃう気がしてダメなの。自分の演技とかも絶対見れない! なのに旦那は平気で『一緒にみよ~』とか言ってくるの! 私が嫌がるの知っててわざとするの! どう思う?」

陽斗「確かに自分の前で見られるのはちょっ
と恥ずいっすね……でも木村さんの旦那さんの反応の方が普通ですよ! 出てる本人が嫌がるのは分かるけど、一緒に見たくないって言われることってないですよね?」

千乃「それはないかな~(ニヤニヤしながら)田中くん、彼女に拒否られてるのぉ~?」

陽斗「ハッキリ断られたんですよね……あ、彼女じゃないですよ! 知り合い……というか、親戚の子的な?」

千乃「(ニコニコしながら)ふ~ん。そっかそっか」

陽斗「(絶対勘違いしてるな)」

スタッフ「お待たせしました! 移動お願いします!」

陽斗と千乃、立ち上がって移動する。


○道路・車内(夜)

佐藤が運転する車内。
陽斗、後部座席から窓の外を眺める。

陽斗「あ。ごめん、ちょっと停まれる?」

佐藤「はい」

佐藤、車を路肩で停車させる。

佐藤「どうしたんですか?」

陽斗「今日ここで大丈夫!」

佐藤「え? 社長の家までもうすぐですよ?」

陽斗「うん。ちょっと寄りたい所あって」

佐藤「じゃあここで待ってますね」

陽斗「いいよ。歩いて帰れるし。珍しくまだそんな遅くないから、こんな日くらい早く帰ってゆっくり休んで」

佐藤「いや、でも……」

陽斗、車から降りる。
佐藤、窓を開けて、

佐藤「何かあったらすぐ連絡してくださいね」

陽斗「(笑いながら)なんもないって。お疲れ!」

佐藤「お疲れ様です」

陽斗、車を見送る。


○カフェミラベル・店の外(夜)

ドアの外にはドリンクの絵が描かれている立て看板が置かれている。
陽斗、中の様子を覗く。
中から大島勇輝(17)が出てくる。

勇輝「あの、中にもメニューあるのでよろしければ」

陽斗「あ……ありがとうございます」

陽斗、帽子のつばを下げて店内に入る。


○同・店内(夜)

陽斗、レジの前でメニューボードを見る。

勇輝「お決まりでしたらお伺いします」

陽斗「これお願いします」

陽斗、季節のドリンクを指さす。

勇輝「かしこまりました。600円になります」

陽斗、支払いをする。

勇輝「左手のお渡し口でお並びください」

陽斗「はい」
と、移動する。

えま、お渡し口でドリンクを作っている。
陽斗を見てギョッとして作業の手が止まる。

綾乃「えまごめんホイップ取って~」

吉村綾乃(19)、えまの隣でドリンクを作りながら声をかける。

えま「あ、はい!」

えま、ホイップを渡す。
綾乃、ドリンク2つにホイップを乗せて蓋を閉める。

綾乃「お待たせしました」

綾乃、女子大生2人にドリンクを渡す

女子1「カワイイ~!」

カップにはエプロンを着たクマの絵と【thank you】のメッセージ。

綾乃「(笑顔で)ごゆっくりどうぞ」

女子大生2人、席に行く。

綾乃「えま、次の方お願いね」
と、バックヤードに入る。

えま「(慌てて)え! ちょっと先輩!」

陽斗、お渡し口に来る。

陽斗「俺もさっきの子たちみたいなのお願いします」

えま「(小声で)なんでこんな所いるんですか⁉︎ お客さんに気づかれますよ⁉︎ 早く帰ってください!」

陽斗「だってもう金払っちゃったし」

陽斗、カウンターに肘をついてえまを見つめる。

えま「(その顔はズルいってぇー!)」

えま、諦めてマジックでカップに絵を描き、ドリンクを作って陽斗に渡す。

えま「……お待たせしました」

陽斗、カップを回してイラストを見る。
個性的な動物の絵が描かれている。
陽斗、クスッと笑う。

えま「あ、笑った! 返してください!」

えま、ドリンクを取り上げようとするが、陽斗にあっさりかわされる。

陽斗「ありがと」

陽斗、悪戯っぽく笑い壁際の席に座る。
テーブルにドリンクを置いて写真を撮る。
えま、その様子を見て口角を上げる。

勇輝「何ニヤニヤしてんだよ」

えま「ニ、ニヤニヤなんてしてないし!」

勇輝、陽斗を見ながら、

勇輝「なんか話してたけど、あの人知り合い?」

えま「(上ずって)いや? 別に!」

えま、テーブルの片づけに行く。
勇輝、えまを見ながら、

勇輝「変な奴」
と、呟く。


○同・バックヤード(夜)

えま、勇輝、綾乃が荷物をまとめながら話している。

舞「お疲れ様。みんななんか食べて帰る?」

店長・坂本舞(32)が声をかけにくる。

綾乃「はい!」

勇輝「よっしゃラッキー!」

えま「すみません。今日は大丈夫です」

舞「そう? じゃ、気を付けて帰ってね」

えま「はい。お疲れ様です!」

舞、えまに手を振りながら戻る。
えま、スクールバッグを肩にかける。

綾乃「不審者多いからほんと気を付けるんだよ。何かあったら勇輝が助けに行くから電話して!」

勇輝「何で俺なんですか」
と、綾乃にツッコむ。

勇輝「でも、あれだったら家まで送るけど」

えま「家近いから大丈夫。勇輝は先輩のことお願いね」

えま、ニコニコしながら勇輝を見る。

勇輝「……へいへい」

綾乃「私なら大丈夫! ナンパとかも全然されたことないから。私なんかに声かける物好きはいないよ」

勇輝「不審者っていうのは大体みんなそういう〝物好き〟なんですよ」

綾乃「今のは『そんなことないですよ』ってフォローするとこだから! 意地悪なことばっか言ってるとね、モテないよ!」

勇輝「俺の心配より自分の心配してください」

綾乃「ムカつくぅ! えまからもビシッと言ってよ!」

えま、クスクス笑いながら、

えま「邪魔者は退散しまーす。お疲れさまでした」

勇輝「(手を挙げて)お疲れー」

綾乃「ちょっとえまー!」


○同・店の外(夜)

えま、裏口を出て店の脇を通る。
入口脇に人影。

えま「キャアッ!」

えまの声が大きく響く。
陽斗、慌ててえまの口を手で塞ぐ。

陽斗「(小声で)しーっ! 俺だよ俺!」

えま、顔を赤くして息を止める。

陽斗「ごめん。苦しかった?」
と、手を離す。

えま「不審者かと思いました! 驚かせないでくださいよ!」

陽斗「そんな驚くとは思わないじゃん?」
と、歩き出す。

えま「待ってください! 私制服です! 撮られたらマズイです!」

陽斗、少し考えて、

陽斗「……じゃあ俺は後から行くわ」

えま「……じゃあ、先に行きますね」

えま、歩き出す。


○大通り・歩道(夜)

えま、後ろを気にしながら歩く。

えま「なにこの状況……」

ポケットのスマホが震える。
えま、スマホの画面を見ると知らない番号からの着信。

えま「……もしもし?」

陽斗の声「もしもし」

えま、立ち止まって後ろを振り向こうとする。

陽斗の声「あーコラ! こっち向いたらダメじゃん」

えま、振り返るのをやめる。

陽斗の声「これなら週刊誌対策もばっちりでしょ?」

えま「フフッ。そうですね」

えま、再び歩き出す。

陽斗の声「俺が美香さんから番号聞いたこと、お父さんに内緒にしといてね。絶対ネチネチ言われるから」

※※  ※
(フラッシュ)

宮本「なーんで陽斗がえまの番号知ってんの? 必要ないでしょ! ほら、スマホ出せ! 今すぐ消すから!」

※※  ※

えま、クスクス笑う。

えま「それすごい想像できます」

陽斗の声「俺も」

陽斗、えまの背中を見ながら数メートル後ろを歩く。

えまの声「私のバイトが終わるの待っててくれたんですか?」

陽斗「……この時間に女子高生1人で歩くのはあんま良くないでしょ」

えまの声「もしかして、それでわざわざカフェに来てくれたんですか⁉︎」

陽斗「……別に。それはたまたま喉渇いたから寄っただけ」

えまの声「(嬉しそうに)んふふ」

田中「……なに?」

えまの声「……なんでもないです!」

陽斗、照れ臭そうにする。

えまの声「は……田中さん夜ご飯食べましたか?」

陽斗「うん。現場で弁当食べた」

えまの声「いいなぁロケ弁! なんだったんですか?」

陽斗「オーブルジーネってとこのカレー」

えまの声「それ知ってます! 芸能人に人気なんですよね! やっぱり美味しいんですか?」

陽斗「うん、美味いよ。俺のオススメはエビカレー」

えまの声「へぇー! 今度食べてみますね!」


○宮本家・玄関(夜)

えまと陽斗、一緒に玄関に入る。

えまと陽斗「ただいまー!」

美香が出迎える。
カーリーも走って来る。

陽斗「おー! よしよし」
と、カーリーを撫でる。

美香「おかえり~! あら、2人一緒だったの?」

えまと陽斗、顔を見合わせながら、

えま「たまたま、ですよね」

陽斗「うん。たまたま、ね」

美香「(ふ~ん)」

美香、にっこり笑って2人を見る。


○同・廊下(夜)

えま、自分の部屋に入ろうとする。

陽斗「……あのさ、ずっと気になってたんだけど」

えま「はい……?」

陽斗「よく俺の名前呼び直すよね? 『はる……田中さん』って」

えま「……(とぼけるように)そうでしたっけ? たまたまじゃないですか……?」

陽斗「その田中さんっていうのやめない? なんか距離感じるし。そんな畏まらなくていいよ」

えま「……だって、他に呼びようがないですもん!」

陽斗「普段俺のことはなんて呼んでんの?」

えま「それは……秘密です」

陽斗「分かった! 変なあだ名つけてんだろ」

陽斗、疑いの目でえまを見る。

えま「そんなわけないじゃないですか!」

陽斗「じゃあ何?」

えま「……(投げやりに)はるピー! はるピーって呼んでます!」

陽斗、ジト目でえまに詰め寄る。
えま、一歩ずつ後ろに下がり、部屋のドアに背が当たる。
陽斗、えまに壁ドンをして屈んで顔を近づける。

陽斗「ほら、早く言いなよ」

えま、両手で顔を覆う。

えま「……陽斗くんって呼んでます……」

陽斗、フッと笑って顔を離す。

陽斗「じゃあそれで! 俺はえまって呼ぶ」

えま「えぇっ!」

陽斗「ダメ?」

えま「いや、ダメじゃないですけど……私は田中さんって呼びますから!」

陽斗「無理」

えま「じゃあ田中くん!」

陽斗「却下」

えま「……もう! 大人気ないですよ!」

陽斗、無視して自分の部屋の方へ行く。

えま「あ、ちょっと! 逃げるのはズルい! 田中さん!」

陽斗、振り返らない。

えま「あぁもう! ……陽斗くん!」

陽斗、ドアノブに触れて振り返る。

陽斗「(勝ち誇った顔で)なに?」

えま、恥ずかしそうに陽斗を見るめる。

えま「あの……ドラマとか見る時……声、かけますね。うちテレビ1つだから同じの見るなら一緒に見た方が、ほら! 電気代節約になるし!」

陽斗「(優しい笑顔で)わかった。おやすみ、えま」

えま、ドキッとする。
陽斗、部屋に入りドアが閉まる。

えま「おやすみ……な、さい」
と、呟く。


○同・えまの部屋(夜)

えま、部屋の中に入って両頬に手を添える。

えま「あれはズルいよ……! 惚れちゃうじゃん! もう惚れてるけど!」

えま、ずるずると床に座り込んで胸を押さえる。