○マンション空き部屋内
不動産屋「間取りはご希望の2LDKです。まず左手が浴室になります」
不動産屋、洗面所を通過して浴室へ案内し電気をつける。
手前の洗面所には3面鏡の広々とした洗面台。
奥の浴室は高級感のある床板に大人が足を伸ばして入れる大きさのバスタブ。
不動産屋「少し手狭でしょうか?」
陽斗「いえ。これくらいがちょうどいいです」
不動産屋「良かったです。この向かい側がトイレになります」
× × ×
不動産屋、トイレのドアを開けると便器の蓋が自動で開く。
中には手洗い場も設置されている。
不動産屋「トイレは最新式のものになります。センサーによる自動開閉と自動洗浄機能がついておりまして、これによってお手入れの回数をかなり減らすことができるので大変人気となっております」
陽斗「これってもしかしてYOYOさんのトイレですか?」
不動産屋「はいそうですが……何かございましたか?」
陽斗「いえ。良かったなって」
と、口角を上げる。
不動産屋、頷いて、
不動産屋「廊下を進みますと正面に少し小さい寝室、右手にリビングダイニング、左手が主寝室になっています」
× × ×
不動産屋、正面の部屋のドアを開ける。
シングルベッドが置けるくらいの手狭な部屋。
ウォークインクローゼットが設置されている。
不動産屋「こちらはかなりスペースが限られていますので、来客用の寝室か、物置にされる方も多いようです」
不動産屋、主寝室に案内する。
不動産屋「こちらが主寝室になります。ダブルベッドを置いてもスペースにかなり余裕がありますので、棚などの家具も置くことができます。奥にウォークインクローゼットもございます」
陽斗、クローゼットを開ける。
陽斗「収納が多いのは助かります」
不動産屋「服などをたくさんお持ちの方には特に喜んでいただけています。最後にキッチンとリビングダイニングをご案内いたします」
× × ×
右手奥には空っぽの広々とした部屋。
不動産屋「リビングダイニングを見渡すようにキッチンがありまして、料理をしながら部屋だけでなく窓の外も見渡せるようになっているので大変人気のお部屋になります」
大きな窓からは都会の景色が広がる。
陽斗、窓を開けてベランダに出る。
陽斗「ベランダ結構広いですね」
不動産屋「近年DIYやキャンプブームがありますので、それぞれの楽しみ方ができるようかなり自由度の高い造りになっています。朝昼夜と顔を変えるこの眺めもまた最高です」
眼下には都会の景色。
陽斗、部屋に入り真ん中でグルっと見回す。
陽斗「よし! ここにします」
不動産屋「かしこまりました。それでは戻りまして早速契約の方に移らせていただきます」
不動産屋と陽斗、部屋を出る。
○車・車内(夕方)
陽斗、後部座席に座る。
佐藤「いい家見つかって良かったですね」
陽斗「うん。雄大が探してくれたおかげ。ありがとな」
佐藤「いえ。部屋探し結構楽しかったです。俺も引っ越したくなりました」
陽斗「じゃあ今度は俺が探すよ」
佐藤「陽斗さん、20代前半の一般的な家賃相場とか全然分かってなさそうだからすごく不安です」
陽斗「お前、それは失礼すぎ(笑)俺を誰だと思ってんの。俺かなり常識人だから!」
佐藤、ふっと笑う。
佐藤「それは失礼しました。でもちょっと寂しいんじゃないですか? 社長の家離れるの」
陽斗、スマホで写真を見ている。
えまの家にユニクラウンのメンバーが来た時の集合写真。
全員笑顔で写っている。
陽斗「うん。ちょっと寂しいかも」
佐藤、「お」と口角を上げる。
陽斗、フロントミラー越しに佐藤を見て、
陽斗「……(平然を装って)なんだよ」
佐藤、首を振りながら、
佐藤「いえ。それより、次までまだ時間ありますけど、どこか寄りますか?」
陽斗「んーいいや。大丈夫。このまま事務所でお願い」
佐藤「分かりました」
○事務所・エントランスホール(夕方)
陽斗、入口から建物内に入りエレベーターホールへ向かう。
会釈する受付スタッフの横を軽く頭を下げて通り過ぎる。
エレベーターから大和が降りてくる。
大和「陽斗!」
と、手を挙げる。
陽斗「おー!」
大和「打ち合わせかなにか?」
陽斗「いや、これから動画撮影。しかも2本撮り」
大和「今から2本はきっつ。俺は打ち合わせ終わり」
陽斗「お疲れさん」
大和「そうだ、ライブお疲れ! 楽しかったよ! めちゃめちゃ演出凝ってたよな。すごい勉強になった」
陽斗「マジ? 大和に言われると嬉しいわ。サンキュー」
大和「えまちゃんもすごい楽しそうに語ってたよ」
陽斗「あー想像できるわ」
と、優しく笑う。
大和「あの日、えまちゃんと焼肉行ったんだけどさ」
陽斗「えぇっ⁉︎」
大和「あ、もちろん2人きりじゃないよ? マネージャーとか他のメンバーも一緒ね」
陽斗「あぁ、うん……」
大和「(からかうように)なに、もしかして陽斗拗ねてんの?」
陽斗「……そりゃ拗ねるだろ! 俺も行きたかったぁ! 大和パイセンの奢り焼肉―!」
陽斗、大げさに言う。
大和、笑いながら、
大和「なんで俺に奢ってもらえると思ってんの。稼いでるやつのは払わないよ?」
陽斗「なんだよケチだなー」
陽斗と大和、ケラケラ笑う。
陽斗「じゃあ俺そろそろ行くわ」
大和「ん! またな」
陽斗、エレベーターに乗り込む。
扉が閉まりかけて大和が扉を押さえる。
大和「陽斗!」
陽斗、開けるボタンを押す。
陽斗「?」
大和「余計なお世話かもしれないけどさ。えまちゃんとの距離感、気をつけろよ。お前のファンなんだろ?」
陽斗、頷く。
陽斗「もちろん分かってるよ。どうした急に」
大和「いや……ちょっと気になって。ごめん変なこと言って。じゃあまた!」
陽斗「うん、また!」
陽斗、扉を閉める。
○同・エレベーター内(夕方)
陽斗、エレベーターに寄りかかり、大きく息を吐く。
陽斗「……焼肉なんて初耳なんですけど。しかも俺まだライブの感想聞いてねーし」
と、呟く。
○同・スペース(夕方)
テーブルと椅子が並んでいる。
テーブルの上には小さな三脚に立てられたスマートフォン。
スタッフ、撮影機材の準備をしている。
ユニクラウンの5人、自分の席に座って待機。
陽斗、押し黙って指輪を触る。
悠真「それで、なんではるピーは悶々としてるの?」
陽斗「え、何が?」
凛太郎「えまちゃんがはるピーより先に大くんにライブの感想話したって知って拗ねてんだよねー?」
凛太郎、陽斗の頬をツンツンする。
陽斗「別に拗ねてるとかじゃなくて!」
陽斗、凛太郎の手を掴んで止める。
柊也「なんで大和とえまちゃん? そこ接点あったの?」
翼「この間ライブの後、ルトエーがえまちゃんを焼肉に連れてったらしいよ」
凛太郎「あと、えまちゃんは昔大くんとなっくんと会ったことあるんだって。だから、はるピーとか俺らよりも先に知り合ってたってわけ」
悠真「なるほど。理解した」
柊也「そりゃあ、陽斗としては面白くないよな?」
柊也、ニヤニヤする。
陽斗「……そういうんじゃなくて。ただ、一番俺らの身近にいるファンなんだから、普通に感想とか気になるじゃん」
翼「しかも、えまちゃんは陽斗推しだもんな?」
メンバーがニヤニヤしながら陽斗を見る。
陽斗、居心地悪そうに自分の指輪を見つめる。
悠真「今日帰ったらえまちゃんに感想聞いといてよ」
凛太郎「俺も聞きたーい!」
陽斗、頷く。
スタッフの声「お待たせしました! そろそろ撮影始めます!」
○宮本家・リビングダイニング(夜)
えまと美香、2人で夜ご飯を食べる。
美香「そういえば陽斗くんね、新しいお家決めたんだって」
えま、口元で箸が止まる。
えま「え……?」
美香「すっかり4人に慣れちゃったから寂しくなるね」
カーリーがワンと吠える。
美香「ごめんごめんカーリー。忘れたわけじゃないよ。カーリーも寂しいね」
えま、おかずの乗ったお皿を見つめる。
えま「そうなんだ……陽斗くん何も言ってなかったけど……」
美香、えまをチラッと横目で見る。
美香「ねぇ! みんなで旅行でもしよっか! 陽斗くん忙しいから厳しいかな?」
えま「スケジュールもそうだけど、週刊誌に撮られたら大変だよ」
美香「別に悪いことしてるわけじゃないし、旅行くらいよくなーい? きっと仲良しな家族に見えるわよ! お父さん、お母さん、それに妹。それから愛犬」
えま「陽斗くんにいるのは妹じゃなくてお姉さんだから違うってすぐにバレるよ」
美香「そっかぁ……いいアイデアと思ったんだけどな」
美香、残念そうに食べ進める。
○同・えまの部屋(夜)
えま、ベッドに横になってボーっと天井を見つめる。
えま「もうすぐ魔法も解けちゃうのか……」
ベッドの上のスマホに着信。
画面を見ると、陽斗からの着信表示。
えま、飛び起きて電話に出る。
えま「もしもし?」
陽斗の声「もしもし。今家? 電話大丈夫?」
えま「はい! 陽斗くんはお仕事じゃないんですか?」
○事務所・スペース(夜)
陽斗、自販機の前に立って話す。
陽斗「うん。もうそろそろ帰るけどね」
後ろでは撮影機材を片づけているスタッフと談笑しているメンバー。
えまの声「遅くまでお疲れ様です。もしかして家の鍵忘れました? 私まだ全然起きてるのでインターホン鳴らしてもらって大丈夫ですよ!」
陽斗「(笑いながら)いや、鍵は忘れてないから大丈夫」
えまの声「あれ? じゃあどうしたんですか?」
陽斗「(言いづらそうに)んーと……」
えまの声「んーと?」
陽斗、自販機を見て何か思いついた顔をする。
陽斗「今さ、事務所の自販機の前にいるんだけど、何買おうか迷ってて」
○宮本家・えまの部屋(夜)
えま、スマホから耳を離して目をパチクリさせる。
えま「え? 自販機? なにごと⁉︎」
と、呟く。
スマホから「えま?」という声がする。
えま、慌ててスマホを耳に当てる。
○事務所・スペース(夜)
えまの声「あ、はい!」
陽斗、【つぶこ】と書かれた白ぶどうのジュースのボタンを押す。
陽斗「えまは何飲みたい?」
えまの声「えぇ~? 何があるんですか?」
陽斗、ドリンクを1つずつ見ながら、
陽斗「缶コーヒーが3種類くらい。それからお茶系は緑茶、麦茶、紅茶。あとは炭酸とスポーツドリンクと、つぶことかフルーツのジュース。あとは水かな」
えまの声「私は絶対つぶこ一択です!」
陽斗「……(嬉しそうに)え、なんで?」
えまの声「その自販機って前にユニクラウンの動画で出てたやつですよね? その時陽斗くんがつぶこ飲んでたから買ったんですけど、それ以来私ハマっちゃって」
陽斗「ハハッ。よく覚えてるね、さすが」
えまの声「だってファンですもん!」
陽斗「……」
えまの声「陽斗くん?」
陽斗「……じゃあそうしよっと。えまの分も買って帰るから、晩酌するよ!」
陽斗、小銭を入れてつぶこのボタンをもう1度押す。
ガシャンと音を立てて缶が落ちてくる。
えまの声「(笑いながら)晩酌、いいですよ。待ってますね」
陽斗「うん、じゃあまたあとで」
陽斗、電話を切り、落ちてきた缶を2つギュッと握って立ち上がる。
○宮本家・えまの部屋(夜)
えま、ホーム画面に戻ったスマホを見つめる。
えま「陽斗くん。何か嫌なことでもあったのかな……?」
えま、ベッドを下りて部屋を出る。
○同・リビングダイニング(夜)
えま、ソファに座ってお笑い番組を見ている。
陽斗、リビングに入って来る。
陽斗「ただいま」
えま、振り向く。
えま「おかえりなさい!」
えま、テレビを消す。
陽斗「買ってきた! アルコール0%!」
陽斗、缶を2つ見せながらソファに座る。
えま「ヤッター!」
陽斗「はい」
陽斗、缶の蓋を開けてえまに渡す。
えま「ありがとうございます」
陽斗、自分の缶の蓋も開ける。
陽斗「じゃあかんぱーい!」
えま「かんぱーい」
コツンと缶を合わせて飲む。
えま「ん~! やっぱり美味しい!」
えま、缶を傾けて飲む陽斗の横顔を見る。
陽斗、缶を傾けてつぶこを飲む。
えま「陽斗くん、何か嫌なことでもあったんですか?」
陽斗「え……?」
と、えまの方を向く。
えま「なんとなく、いつもと違うかなぁと思って。勘違いだったらごめんなさい」
えま、再び缶に口をつける。
陽斗、えまの横顔を見る。
陽斗「……ユニクラのライブの後さ、大和たちと焼肉行ったんだって……?」
えま「んッ⁉︎ (口を離して)それ大くんから聞いたんですか?」
陽斗、頷く。
陽斗「えまがライブのこと楽しそうに話してた~って言ってた」
えま「なんか恥ずかしいな」
えま、片手で頬を押さえる。
陽斗「……俺も聞きたい。ライブの感想」
えま、目を丸くする。
えま「そう……ですよね! まずは陽斗くんに一番に言わなきゃですよね」
えま、にっこり笑って話し始める。
えま「もうまずあれは演出から神がかってましたね! オタクのことをよく分かってるな~っていう、さすがのセトリでしたし。とりあえずあの構成考えてくれた人は天才です! 頭が上がりません! 衣装も今回豪華で、あれみんなそれぞれ少しずつデザイン違いますよね? いつかユニクラの記念館とかやる時に絶対飾ってほしいです。ユニクラウン記念館良くないですか? パパにお願いしようかなぁ。あ、なんの話でしたっけ……?」
陽斗、クスっと笑う。
陽斗「ライブの感想ね」
えま「そうそうライブ! 私的に一番良かったのはやっぱり陽斗くんと凛くんのデュエット曲ですね。音源聴いた時から大好きで、それを生で聴けてるのが本当に幸せでした……あとやっぱり最後のみんなの言葉が心に沁みて、最後泣き笑いみたいになってました。でも楽屋挨拶行くって言われてたから、メイク崩れないように必死に涙堪えて」
えま、恥ずかしそうに笑う。
陽斗、優しい笑顔を浮かべる。
陽斗「きっとみんなえまみたいに喜んでくれてたんだなぁと思うと、ほんと頑張って良かった」
えま、頷く。
えま「本当にお疲れさまでした! ドラマに番組に撮影と並行してライブの準備まで……陽斗くんが忙しいのを近くで見てたから、なんかより感動しちゃって。素敵なライブをありがとうございました」
陽斗「いや。俺たちはその言葉があるから頑張れるんだよ。いつも本当にありがとう」
えまと陽斗、見つめ合ってはにかむ。
陽斗「この距離はさすがに照れるね」
陽斗、照れ臭そうに視線を逸らす。
えま「……そういえば陽斗くんお家見つかったんですね」
陽斗「あれ、誰から聞いた? 社長?」
えま「ママが言ってました!」
陽斗「そっか。そうなんだよ。前の家すごく気に入ってたんだけど、それに似てる家見つけて。もう契約もしてきた」
えま「じゃあ引っ越しちゃうのかぁ。寂しくなるなぁ。ねぇ、カーリー?」
えま、陽斗の足元に寄って来ているカーリーに話しかける。
陽斗、カーリーを抱き上げて膝に乗せて撫でる。
陽斗「……あのさ」
えま「はい?」
陽斗「俺もえまをどこか連れて行きたい! 何か食べに行こ!」
えま「(不思議そうに)急にどうしたんですか?」
陽斗「……や、ほら。引っ越しも決まったから、お世話になったお礼も兼ねて……!」
えま「それは……2人でってことですか?」
陽斗「うん。そのつもりだったけど……」
えま、伏し目で視線を逸らす。
陽斗、慌てて、
陽斗「いやごめん! 無理しなくていい! つい思いつきでポロっと言っちゃっただけだから! 気にしないで!」
えま「いえ! 全然無理とかじゃないんです! 行きたいです! 連れて行ってください!」
陽斗、ニカッと笑う。
陽斗「じゃあ決まり!」
えま「やったー! 楽しみだなぁ」
○ロケバス・車内(朝)
ユニクラウンのメンバーが乗った車内。
それぞれスマホを見たり、会話したりしている。
陽斗、スマホでグルメサイトを見ている。
どれもしっくりこない顔。
陽斗「あのさ」
メンバー、陽斗の方を見る。
陽斗「気軽に入れるけどオシャレで、個室があるとこでいい店知ってる? ちなみに焼肉以外」
凛太郎「えー? ジャンルは?」
陽斗「和洋中なら和か洋かな?」
柊也「酒は飲む?」
陽斗「いや飲まない」
悠真「男? 女?」
陽斗「……女の子」
凛太郎「わっ! はるピーデートじゃん!」
と、茶化す。
メンバー、ニヤニヤしながら目配せする。
柊也「あんまり雰囲気がありすぎるより、ほどよくカジュアルな方がその子も緊張しなさそうだな」
悠真「俺焼肉とか焼き鳥ばっかだからあんま店のレパートリーないんだよなぁ」
凛太郎「完全個室じゃないけど、全席半個室みたいになってるイタリアンバルの店はこの間行ったよ! 確かノンアルも結構種類あったし、ご飯も普通に美味しかった!」
翼「でもえまちゃんなら何でも美味しそうに食べてくれそうなイメージだけどな。逆に何食べたいか聞いてみれば?」
陽斗「……なんでえまが出てくんだよ」
凛太郎「(ニヤニヤしながら)違うの? 違くないだろ?」
悠真「だって、『酒飲まない』『女の子』『焼肉NG』なんて、この間ルトエーと焼肉行ったえまちゃん以外考えらんないよ。さすがにはるピー分かりやすすぎ」
陽斗「……これは、お世話になったただのお礼! 無事引っ越し先も決まったし」
メンバー、微笑む。
凛太郎「そうだねぇ~あとは、寒いし鍋とかは? もつ、しゃぶしゃぶ、すきやき……あぁ、なんか食べたくなってきた! 今度みんなで鍋しよ!」
悠真「確かに鍋はほぼメニューも決まってるし、個室絶対あるし、ゆっくり話しながら食べるにはいいかも。この間直と行ったしゃぶしゃぶ超美味しかったよ」
陽斗、「うーん」と腕を組む。
柊也「もしえまちゃんが特に希望ないならさ、別にご飯にこだわらず、陽斗が楽しませてあげられる所に連れて行ってあげれば? 慣れないことするよりそっちの方が良くない?」
凛太郎「確かに! さすが柊也くん!」
翼「じゃあドライブだな! 陽斗と言えばドライブっしょ」
陽斗「確かに……ドライブでちょっと遠出するっていうのはいいかも」
翼「あとはえまちゃん命の社長が、陽斗と2人で出かけるのを許可するかどうかだな」
凛太郎「もしかして修羅場きちゃうかな⁉︎ (社長の真似)『お前なんかと出かけさせないぞ! バーン』的な!」
メンバー、爆笑する。
悠真「凛太郎、社長の真似うますぎる」
柊也「それ今度社長の前でやって」
凛太郎「オッケー。じゃあブラッシュアップしとく!」
口元を押さえて笑う陽斗の顔。
○並木道・歩道(夜)
車の白いライトが行き交う道路。
えまと美香、リードに繋いだカーリーの散歩をする。
えま「陽斗くんがね、引っ越しの前にどこか行こうって誘ってくれたんだ」
美香「あらいいじゃない! どこ行くの?」
えま「それはまだ決まってないんだけど……でも大丈夫かな? 2人ってちょっと危ないよね。事務所的にもダメだよね?」
美香「まぁタイミングの問題はあるかもしれないけど……そのあたりは陽斗くんが一番分かってるだろうし、えまが気にしなくていいんじゃない? あ、それか分かった! えまが男の子の恰好すればいいのよ!」
カーリー、ワンと吠える。
えま「えぇっ⁉︎ 男装して出かけるってこと? 私が? それはムリがあるよ」
えま、怪訝な顔をする。
美香「(ニコニコしながら)そう? なかなかいいアイデアだと思ったんだけどな」
えま「(呆れながら)ママは楽観的すぎ! ちょっと面白がってるでしょ?」
美香「そんなことないわよ! ママはいつでもえまを応援してるんだから。ねぇ、カーリー」
カーリー、ワンと吠えて駆け出す。
美香もリードを引きながら追いかける。
えま「あ、ちょっと待ってよ!」
えま、追いかける。
○ミラベル・店内・カウンター(夜)
えま「というわけでお願い! 買い物付き合って~!」
えま、顔の前で手を合わせる。
勇輝「というわけでって、情報がなさすぎて全然話が見えないんだけど。だいたいなんで男装なんてすんだよ。コスプレ?」
えま「それはまぁ……色々と事情がありまして……」
と、気まずそうに目を逸らす。
勇輝、えまを見る。
勇輝「まぁ無理に言わなくてもいいけどさ。分かった、付き合うよ」
えま「ほんと⁉︎ ありがとー! その日ごはん奢るから!」
勇輝「じゃあ高級焼肉で」
えま「高級じゃない焼肉でお願いします……」
勇輝「田中陽斗に貢いで万年金欠だもんな」
えま「うぅ……ていうか私、勇輝のファッションセンスがどんなもんか全然知らないけど、任せて大丈夫なんだよね?」
勇輝「悪いけど俺、私服は普通にオシャレだから」
えま「それ自分で言っちゃう?」
えま、ニヤニヤする。
勇輝「ほんとだって。渋谷でスカウトされたこともあるし」
えま「ウソ! そうなの⁉︎」
えま、話に食いつく。
勇輝「(ドヤ顔で)まーな」
えま「陽斗くんと一緒だ! 陽斗くんもね、渋谷でスカウトされたんだよ」
勇輝「へぇ~田中陽斗も……って、そっちかよ! 田中陽斗の情報とか別にいらねーから!」
えま「そんなこと言わないでよ!」
えま、勇輝の肩を叩く。
店のドアが開いてお客さんが入って来る。
勇輝「じゃあ明日放課後待ち合わせで」
勇輝、えまに耳打ちして移動する。
えま、手でOKマークを作る。
○駅ビル・中(夕方)
えまと勇輝、並んで歩く。
えま「どこのお店に行くの?」
勇輝「そんな何回も着るわけじゃないだろうからリーズナブルで、でも安っぽくは見えない今流行りの店」
えま「おー! なんか頼もしい!」
勇輝「引き受けたからにはマジでやるから! どこで何するか知らないけど」
えま「行先はまだ決まってはいないんだけど、ドライブする!」
勇輝「ドライブ? マジで誰と何すんだよ」
えま「あははは」
と、誤魔化す。
勇輝「はいはい。それは言えないのな。いいよ分かってる」
えま「ありがと」
勇輝、店の前で足を止める。
勇輝「ここ」
えま「メンズの洋服屋さんって初めて入るかも……なんか緊張する」
勇輝「まさか店員も、えまの服買いに来たとは思わないだろうな」
えま、勇輝の後ろについて店の中に入る。
○同・メンズの洋服屋(夕方)
勇輝、真剣な顔でえまに洋服を当てる。
えま、楽しそうにキョロキョロする。
勇輝「とりあえず、これと、これと、これと、これと、これ。試着して」
勇輝、えまに大量の服を渡す。
えま、服の山で前が見えない。
えま「うん。分かった」
えま、試着室に入る。
× × ×
えま、試着室のカーテンをバッと開けて出てくる。
椅子に座っている勇輝の前でモデルのようにポーズを決める。
えま「すごーい! なかなか似合ってるるね?」
勇輝、首を横に振る。
勇輝「ないな」
えま「うそぉ」
えま、トボトボ試着室に戻ってカーテンを閉める。
× × ×
えま、試着室のカーテンをバッと開けて出てくる。
えま「どう?」
勇輝の前でドヤ顔でポーズを決める。
勇輝「次」
えま、残念そうにカーテンを閉める。
× × ×
えま、試着室のカーテンをバッと開けて出てくる。
えま「これ良くない?」
えま、満足そうにポーズを決める。
勇輝「却下!」
えま「えー! これいいと思うんだけどなぁ」
勇輝「ちょっと女の子感が残りすぎてる」
えま、不満そうに勇輝をじっと見つめる。
勇輝「ほら、早く次!」
えま、勢いよくカーテンを閉める。
× × ×
えま、試着室のカーテンをバッと開けて出てくる。
えま、虚無の顔で勇輝の前に立つ。
勇輝、上から下まで見る。
えま「(どうせまた却下だろうな)」
勇輝「うん。これだな」
えま「ほんとっ⁉︎」
勇輝「自分的にはどう?」
えま「私はさっきから全部いいなと思ってる!」
勇輝「(笑いながら)はいはい」
えま「じゃあこれにするね!」
えま、嬉しそうにカーテンを閉める。
× × ×
えま、レジで会計をする。
大きなショップバッグを渡される。
店員「ありがとうございました」
○駅ビル・中(夜)
えまと勇輝、店を出る。
勇輝「持とうか?」
えま「ううん! 大丈夫。それよりお腹空いたよね? どこ行く? 高級焼肉でもいいよ」
勇輝「高級焼肉なんて冗談だって。俺に奢る金あるなら田中陽斗に回せよ」
えま、目を潤ませる。
えま「勇輝ってほんといい奴だよね⁉︎」
勇輝「だろ? とりあえずどっか入ろうぜ。腹減りすぎて死にそう」
えま「じゃあ駅前のファミレスにしよ!」
○ファミレス・店内(夜)
ディナーの時間で賑わう店内。
えまと勇輝、4人がけのソファ席に座る。
えまの横には大きなショップバッグ。
えま、パスタを食べながら、
えま「でも本当に助かった~バイト休みの日にありがとね」
勇輝「別にいいよ。大して用事もないし」
勇輝、ハンバーグを食べる。
えま、勇輝をじっと見つめる。
勇輝、ハンバーグを切り分けながらえまの視線に気づく。
勇輝「ん?」
えま「……ところでさ、先輩とはどうなってるの?」
勇輝、ハンバーグを口に運ぶ手が止まる。
えま、ニコニコしながら勇輝を見る。
勇輝、えまを見て軽くため息をつく。
勇輝「別にどうもなってないよ。ただのバイト先の先輩と後輩。それ以上でもそれ以下でもない」
えま「そうなんだ。……しないの? コクハク」
勇輝「俺絶対先輩の中でただの後輩枠だって分かってるし。何か伝えて今の関係が崩れるくらいなら、このままがいいかな。女子からしたら、こういう男子は物足りないのかもしれないけど」
えま、首を横に振る。
えま「それ、分かるかも。気づいたら当たり前のように自分の生活の中にいて、もうこれを知らなかった頃には戻れないほど好きになっちゃって……このままでいいから、ずっとそばにいさせて、この時がずっと続いてーって思っちゃうよね」
勇輝「(へぇ……)」
えま「どうしたの?」
勇輝「えま、田中陽斗以外にもそうやって気になる男とかいたんだなって。ちょっと安心」
えま、きょとんとする。
勇輝「え? もしかして今のって田中陽斗のこと? オタクスイッチ入ってた?」
えま「違うから! 今のは別に、陽斗くんの
ことじゃないからね⁉︎ 私だって、普通に恋くらいするし!」
えま、フォークにパスタをぐるぐる巻きつける。
勇輝「だよな」
と、ハンバーグを切る。
えま「先輩、自覚ないみたいだけど可愛いし、あんな人とバイト一緒だったら好きになっちゃうよね~」
勇輝「まぁ、好きになったのはもう少し前だけどな」
えま「どういうこと?」
勇輝、ハンバーグを咀嚼する。
えま「ちょっと~ここまできて黙秘はないよ」
と、頬を膨らませて勇輝を見つめる。
勇輝、照れ臭そうに、
勇輝「……俺、中学の時にミラベルでたまに勉強とかしててさ」
えま「そうだったんだ」
勇輝「先輩がいつもドリンク作ってくれてたんだけど、今じゃ考えられないくらいドンくさくて。今思えば、多分バイト始めたばっかだったんだろうけど」
勇輝、フッと笑う。
えま、微笑みながら話を聞く。
勇輝「でも接客は誰よりも明るくて。しかも俺のこと覚えててくれたみたいで、『いつもありがとうございます』って声かけてくれたんだよ。それから少しずつ話すようになって。高校入って、俺がバイト探してるって話したら、一緒に働こうよって誘ってくれた」
えま「そうだったんだぁ」
と、楽しそうに頷く。
勇輝「(照れ臭そうに)……で、今に至る」
えま「私は2人のこと応援してるからね」
と、自分のコップを差し出す。
勇輝「片思い同士に乾杯だな」
と、乾杯してコップに口をつける。
えま、揺れるコップの水面を見つめる。
○居酒屋・店の外(夜)
酔っぱらった男女複数人が店から出てくる。
男「じゃあ二次会行く人―」
女「は~い」
綾乃、集団の最後に店を出る。
前を歩く女子の肩をトントンと叩いて、
綾乃「ごめん私ここで帰るね。明日1限だからさ!」
と、足早に反対方向へ向かう。
友達「え⁉︎ ちょっと綾乃⁉︎」
歩いて行く綾乃の後ろ姿。
友達「明日の1限なくなったじゃん……」
と、呟いて集団についていく。
○繁華街・歩道(夜)
綾乃、歩きながらため息をつく。
勇輝の声「先輩、まだ彼氏できないんですか? もう夏休み終わりましたよ。大学入って4か月経ちますよね?」
綾乃「分かってるってば! こんなんだからいつまで経っても彼氏できないんだよね! もうすぐ冬休みだよ! 言われなくても分かってるよ!」
と、独り言を言って早歩きで歩く。
○駅・ホーム(夜)
綾乃、階段を下りてホームに着く。
視線の先にえまと勇輝の姿。
綾乃、瞬時に背を向けて反対方向に歩く。
自販機の陰に隠れてえまたちの様子を伺う。
えまと勇輝、楽しそうに会話している。
綾乃、頷きながら列に並ぶ。
綾乃の前には陽斗の大きな広告看板。
綾乃「あ! えまの好きな人」
綾乃の前の人がチラッと振り返ってくる。
綾乃、気まずそうに頭を下げて、控えめにスマホのカメラを構えて写真を撮る。
えまに送ろうとトーク画面を開いて手を止める。
綾乃「今デート中だもんね。やめとこ」
と、画面を消す。
○宮本家・えまの部屋(朝)
えま、上機嫌でメンズの服を着て鏡の前に立つ。
ウィッグを合わせながら全身を見る。
えま「うん! これでバッチリ!」
○同・リビングダイニング(朝)
美香「陽斗くん忙しいのにわざわざ時間作ってくれてありがとうね」
陽斗「いえ。俺が一緒に出かけたかっただけなんです」
美香、ニコッと笑う。
陽斗と美香が話しているところにえまが来る。
陽斗、えまを見て驚く。
陽斗「どうしたのそれ……」
えま「これなら万が一ユニクラ担に気づかれても、週刊誌の人がいても、誤魔化せるかなーって。どうですか? 自分では結構イケてる気がするんですけど……」
陽斗「すごいよ……どこから見ても普通に男の子だ」
陽斗、拍手する。
えま「(苦笑い)ちょっと素直に喜んでいいのか複雑な気持ちですけど……」
美香「いいじゃない! 似合ってるわよ」
陽斗「うん。子犬系男子って感じで可愛いよ!」
陽斗、えまが手に持っていた帽子を被せる。
えま、照れ臭そうにする。
えま「子犬……」
○(えまの妄想)陽斗の家・リビング(朝)
陽斗「おいでえま!」
陽斗、しゃがんで子犬に向かって手を広げる。
子犬「ワンワン!」
子犬、全速力で陽斗に向かって走る。
陽斗「おーよしよし。えまはいい子だなぁ」
陽斗、子犬を抱き上げて撫でる。
(えまの妄想終了)
○宮本家・リビングダイニング(朝)
えま、真剣な表情で、
えま「普通にありだ……」
と、呟く。
陽斗「何がありなの?」
えま「なんでもないですごめんなさい!」
と、激しく首を横に振る。
えま、美香と目が合う。
美香、えまにウィンクする。
えま、口角を上げる。
陽斗「さ、カーリーも行くぞ~」
カーリー、ワンと吠える。
陽斗、カーリーをキャリーケースに入れる。
○同・玄関(朝)
えまと陽斗、靴を履く。
美香「パパには私から言っておくね。まだ寝てるから」
えま「うん。じゃあ行ってきます!」
陽斗「行ってきます」
カーリー「ワン!」
えまと陽斗とカーリーがドアを開けて家を出る。
美香「行ってらっしゃーい」
と、手を振って見送る。
○同・駐車場~車内(朝)
陽斗の高級外車が駐車してある。
陽斗、助手席のドアを開ける。
陽斗「どうぞ」
えま「失礼します……」
えま、カーリーを抱えてそっと乗り込む。
陽斗、運転席に乗り込んでエンジンをかける。
陽斗「横のレバーで椅子の角度とか調節できるから自由に変えてね」
えま「はい!」
えま、シートベルトを締めようとするが、引っかかって上手く引っ張れない。
陽斗「ごめん。そこよく引っかかるんだよね」
陽斗、えまに覆い被さるように身を乗り出す。
えまと陽斗の顔が至近距離で。
陽斗「ちょっと待ってね」
と、シートベルトをガチャガチャ引く。
えま、口をギュッと結んで瞬きをしながら陽斗を見つめる。
陽斗「お、できた」
と、えまの目を見る。
見つめ合う2人。
えま、我慢できずに目を逸らして、
えま「……ありがとうございます」
と、シートベルトを締める。
陽斗「(悲しげに)あ、うん……」
と、自分の席に体を戻す。
陽斗、自分のシートベルトを締めて、
陽斗「(気を取り直して)じゃあ出発しよっか。カーリーも、準備はいい?」
カーリー「ワン!」
えま「出発しんこーう!」
と、カーリーの手を挙げる。
陽斗がアクセルを踏んで車が動き出す。
えま、ドキドキした顔で、鼓動を落ち着かせるように自分の胸に手を置く。
不動産屋「間取りはご希望の2LDKです。まず左手が浴室になります」
不動産屋、洗面所を通過して浴室へ案内し電気をつける。
手前の洗面所には3面鏡の広々とした洗面台。
奥の浴室は高級感のある床板に大人が足を伸ばして入れる大きさのバスタブ。
不動産屋「少し手狭でしょうか?」
陽斗「いえ。これくらいがちょうどいいです」
不動産屋「良かったです。この向かい側がトイレになります」
× × ×
不動産屋、トイレのドアを開けると便器の蓋が自動で開く。
中には手洗い場も設置されている。
不動産屋「トイレは最新式のものになります。センサーによる自動開閉と自動洗浄機能がついておりまして、これによってお手入れの回数をかなり減らすことができるので大変人気となっております」
陽斗「これってもしかしてYOYOさんのトイレですか?」
不動産屋「はいそうですが……何かございましたか?」
陽斗「いえ。良かったなって」
と、口角を上げる。
不動産屋、頷いて、
不動産屋「廊下を進みますと正面に少し小さい寝室、右手にリビングダイニング、左手が主寝室になっています」
× × ×
不動産屋、正面の部屋のドアを開ける。
シングルベッドが置けるくらいの手狭な部屋。
ウォークインクローゼットが設置されている。
不動産屋「こちらはかなりスペースが限られていますので、来客用の寝室か、物置にされる方も多いようです」
不動産屋、主寝室に案内する。
不動産屋「こちらが主寝室になります。ダブルベッドを置いてもスペースにかなり余裕がありますので、棚などの家具も置くことができます。奥にウォークインクローゼットもございます」
陽斗、クローゼットを開ける。
陽斗「収納が多いのは助かります」
不動産屋「服などをたくさんお持ちの方には特に喜んでいただけています。最後にキッチンとリビングダイニングをご案内いたします」
× × ×
右手奥には空っぽの広々とした部屋。
不動産屋「リビングダイニングを見渡すようにキッチンがありまして、料理をしながら部屋だけでなく窓の外も見渡せるようになっているので大変人気のお部屋になります」
大きな窓からは都会の景色が広がる。
陽斗、窓を開けてベランダに出る。
陽斗「ベランダ結構広いですね」
不動産屋「近年DIYやキャンプブームがありますので、それぞれの楽しみ方ができるようかなり自由度の高い造りになっています。朝昼夜と顔を変えるこの眺めもまた最高です」
眼下には都会の景色。
陽斗、部屋に入り真ん中でグルっと見回す。
陽斗「よし! ここにします」
不動産屋「かしこまりました。それでは戻りまして早速契約の方に移らせていただきます」
不動産屋と陽斗、部屋を出る。
○車・車内(夕方)
陽斗、後部座席に座る。
佐藤「いい家見つかって良かったですね」
陽斗「うん。雄大が探してくれたおかげ。ありがとな」
佐藤「いえ。部屋探し結構楽しかったです。俺も引っ越したくなりました」
陽斗「じゃあ今度は俺が探すよ」
佐藤「陽斗さん、20代前半の一般的な家賃相場とか全然分かってなさそうだからすごく不安です」
陽斗「お前、それは失礼すぎ(笑)俺を誰だと思ってんの。俺かなり常識人だから!」
佐藤、ふっと笑う。
佐藤「それは失礼しました。でもちょっと寂しいんじゃないですか? 社長の家離れるの」
陽斗、スマホで写真を見ている。
えまの家にユニクラウンのメンバーが来た時の集合写真。
全員笑顔で写っている。
陽斗「うん。ちょっと寂しいかも」
佐藤、「お」と口角を上げる。
陽斗、フロントミラー越しに佐藤を見て、
陽斗「……(平然を装って)なんだよ」
佐藤、首を振りながら、
佐藤「いえ。それより、次までまだ時間ありますけど、どこか寄りますか?」
陽斗「んーいいや。大丈夫。このまま事務所でお願い」
佐藤「分かりました」
○事務所・エントランスホール(夕方)
陽斗、入口から建物内に入りエレベーターホールへ向かう。
会釈する受付スタッフの横を軽く頭を下げて通り過ぎる。
エレベーターから大和が降りてくる。
大和「陽斗!」
と、手を挙げる。
陽斗「おー!」
大和「打ち合わせかなにか?」
陽斗「いや、これから動画撮影。しかも2本撮り」
大和「今から2本はきっつ。俺は打ち合わせ終わり」
陽斗「お疲れさん」
大和「そうだ、ライブお疲れ! 楽しかったよ! めちゃめちゃ演出凝ってたよな。すごい勉強になった」
陽斗「マジ? 大和に言われると嬉しいわ。サンキュー」
大和「えまちゃんもすごい楽しそうに語ってたよ」
陽斗「あー想像できるわ」
と、優しく笑う。
大和「あの日、えまちゃんと焼肉行ったんだけどさ」
陽斗「えぇっ⁉︎」
大和「あ、もちろん2人きりじゃないよ? マネージャーとか他のメンバーも一緒ね」
陽斗「あぁ、うん……」
大和「(からかうように)なに、もしかして陽斗拗ねてんの?」
陽斗「……そりゃ拗ねるだろ! 俺も行きたかったぁ! 大和パイセンの奢り焼肉―!」
陽斗、大げさに言う。
大和、笑いながら、
大和「なんで俺に奢ってもらえると思ってんの。稼いでるやつのは払わないよ?」
陽斗「なんだよケチだなー」
陽斗と大和、ケラケラ笑う。
陽斗「じゃあ俺そろそろ行くわ」
大和「ん! またな」
陽斗、エレベーターに乗り込む。
扉が閉まりかけて大和が扉を押さえる。
大和「陽斗!」
陽斗、開けるボタンを押す。
陽斗「?」
大和「余計なお世話かもしれないけどさ。えまちゃんとの距離感、気をつけろよ。お前のファンなんだろ?」
陽斗、頷く。
陽斗「もちろん分かってるよ。どうした急に」
大和「いや……ちょっと気になって。ごめん変なこと言って。じゃあまた!」
陽斗「うん、また!」
陽斗、扉を閉める。
○同・エレベーター内(夕方)
陽斗、エレベーターに寄りかかり、大きく息を吐く。
陽斗「……焼肉なんて初耳なんですけど。しかも俺まだライブの感想聞いてねーし」
と、呟く。
○同・スペース(夕方)
テーブルと椅子が並んでいる。
テーブルの上には小さな三脚に立てられたスマートフォン。
スタッフ、撮影機材の準備をしている。
ユニクラウンの5人、自分の席に座って待機。
陽斗、押し黙って指輪を触る。
悠真「それで、なんではるピーは悶々としてるの?」
陽斗「え、何が?」
凛太郎「えまちゃんがはるピーより先に大くんにライブの感想話したって知って拗ねてんだよねー?」
凛太郎、陽斗の頬をツンツンする。
陽斗「別に拗ねてるとかじゃなくて!」
陽斗、凛太郎の手を掴んで止める。
柊也「なんで大和とえまちゃん? そこ接点あったの?」
翼「この間ライブの後、ルトエーがえまちゃんを焼肉に連れてったらしいよ」
凛太郎「あと、えまちゃんは昔大くんとなっくんと会ったことあるんだって。だから、はるピーとか俺らよりも先に知り合ってたってわけ」
悠真「なるほど。理解した」
柊也「そりゃあ、陽斗としては面白くないよな?」
柊也、ニヤニヤする。
陽斗「……そういうんじゃなくて。ただ、一番俺らの身近にいるファンなんだから、普通に感想とか気になるじゃん」
翼「しかも、えまちゃんは陽斗推しだもんな?」
メンバーがニヤニヤしながら陽斗を見る。
陽斗、居心地悪そうに自分の指輪を見つめる。
悠真「今日帰ったらえまちゃんに感想聞いといてよ」
凛太郎「俺も聞きたーい!」
陽斗、頷く。
スタッフの声「お待たせしました! そろそろ撮影始めます!」
○宮本家・リビングダイニング(夜)
えまと美香、2人で夜ご飯を食べる。
美香「そういえば陽斗くんね、新しいお家決めたんだって」
えま、口元で箸が止まる。
えま「え……?」
美香「すっかり4人に慣れちゃったから寂しくなるね」
カーリーがワンと吠える。
美香「ごめんごめんカーリー。忘れたわけじゃないよ。カーリーも寂しいね」
えま、おかずの乗ったお皿を見つめる。
えま「そうなんだ……陽斗くん何も言ってなかったけど……」
美香、えまをチラッと横目で見る。
美香「ねぇ! みんなで旅行でもしよっか! 陽斗くん忙しいから厳しいかな?」
えま「スケジュールもそうだけど、週刊誌に撮られたら大変だよ」
美香「別に悪いことしてるわけじゃないし、旅行くらいよくなーい? きっと仲良しな家族に見えるわよ! お父さん、お母さん、それに妹。それから愛犬」
えま「陽斗くんにいるのは妹じゃなくてお姉さんだから違うってすぐにバレるよ」
美香「そっかぁ……いいアイデアと思ったんだけどな」
美香、残念そうに食べ進める。
○同・えまの部屋(夜)
えま、ベッドに横になってボーっと天井を見つめる。
えま「もうすぐ魔法も解けちゃうのか……」
ベッドの上のスマホに着信。
画面を見ると、陽斗からの着信表示。
えま、飛び起きて電話に出る。
えま「もしもし?」
陽斗の声「もしもし。今家? 電話大丈夫?」
えま「はい! 陽斗くんはお仕事じゃないんですか?」
○事務所・スペース(夜)
陽斗、自販機の前に立って話す。
陽斗「うん。もうそろそろ帰るけどね」
後ろでは撮影機材を片づけているスタッフと談笑しているメンバー。
えまの声「遅くまでお疲れ様です。もしかして家の鍵忘れました? 私まだ全然起きてるのでインターホン鳴らしてもらって大丈夫ですよ!」
陽斗「(笑いながら)いや、鍵は忘れてないから大丈夫」
えまの声「あれ? じゃあどうしたんですか?」
陽斗「(言いづらそうに)んーと……」
えまの声「んーと?」
陽斗、自販機を見て何か思いついた顔をする。
陽斗「今さ、事務所の自販機の前にいるんだけど、何買おうか迷ってて」
○宮本家・えまの部屋(夜)
えま、スマホから耳を離して目をパチクリさせる。
えま「え? 自販機? なにごと⁉︎」
と、呟く。
スマホから「えま?」という声がする。
えま、慌ててスマホを耳に当てる。
○事務所・スペース(夜)
えまの声「あ、はい!」
陽斗、【つぶこ】と書かれた白ぶどうのジュースのボタンを押す。
陽斗「えまは何飲みたい?」
えまの声「えぇ~? 何があるんですか?」
陽斗、ドリンクを1つずつ見ながら、
陽斗「缶コーヒーが3種類くらい。それからお茶系は緑茶、麦茶、紅茶。あとは炭酸とスポーツドリンクと、つぶことかフルーツのジュース。あとは水かな」
えまの声「私は絶対つぶこ一択です!」
陽斗「……(嬉しそうに)え、なんで?」
えまの声「その自販機って前にユニクラウンの動画で出てたやつですよね? その時陽斗くんがつぶこ飲んでたから買ったんですけど、それ以来私ハマっちゃって」
陽斗「ハハッ。よく覚えてるね、さすが」
えまの声「だってファンですもん!」
陽斗「……」
えまの声「陽斗くん?」
陽斗「……じゃあそうしよっと。えまの分も買って帰るから、晩酌するよ!」
陽斗、小銭を入れてつぶこのボタンをもう1度押す。
ガシャンと音を立てて缶が落ちてくる。
えまの声「(笑いながら)晩酌、いいですよ。待ってますね」
陽斗「うん、じゃあまたあとで」
陽斗、電話を切り、落ちてきた缶を2つギュッと握って立ち上がる。
○宮本家・えまの部屋(夜)
えま、ホーム画面に戻ったスマホを見つめる。
えま「陽斗くん。何か嫌なことでもあったのかな……?」
えま、ベッドを下りて部屋を出る。
○同・リビングダイニング(夜)
えま、ソファに座ってお笑い番組を見ている。
陽斗、リビングに入って来る。
陽斗「ただいま」
えま、振り向く。
えま「おかえりなさい!」
えま、テレビを消す。
陽斗「買ってきた! アルコール0%!」
陽斗、缶を2つ見せながらソファに座る。
えま「ヤッター!」
陽斗「はい」
陽斗、缶の蓋を開けてえまに渡す。
えま「ありがとうございます」
陽斗、自分の缶の蓋も開ける。
陽斗「じゃあかんぱーい!」
えま「かんぱーい」
コツンと缶を合わせて飲む。
えま「ん~! やっぱり美味しい!」
えま、缶を傾けて飲む陽斗の横顔を見る。
陽斗、缶を傾けてつぶこを飲む。
えま「陽斗くん、何か嫌なことでもあったんですか?」
陽斗「え……?」
と、えまの方を向く。
えま「なんとなく、いつもと違うかなぁと思って。勘違いだったらごめんなさい」
えま、再び缶に口をつける。
陽斗、えまの横顔を見る。
陽斗「……ユニクラのライブの後さ、大和たちと焼肉行ったんだって……?」
えま「んッ⁉︎ (口を離して)それ大くんから聞いたんですか?」
陽斗、頷く。
陽斗「えまがライブのこと楽しそうに話してた~って言ってた」
えま「なんか恥ずかしいな」
えま、片手で頬を押さえる。
陽斗「……俺も聞きたい。ライブの感想」
えま、目を丸くする。
えま「そう……ですよね! まずは陽斗くんに一番に言わなきゃですよね」
えま、にっこり笑って話し始める。
えま「もうまずあれは演出から神がかってましたね! オタクのことをよく分かってるな~っていう、さすがのセトリでしたし。とりあえずあの構成考えてくれた人は天才です! 頭が上がりません! 衣装も今回豪華で、あれみんなそれぞれ少しずつデザイン違いますよね? いつかユニクラの記念館とかやる時に絶対飾ってほしいです。ユニクラウン記念館良くないですか? パパにお願いしようかなぁ。あ、なんの話でしたっけ……?」
陽斗、クスっと笑う。
陽斗「ライブの感想ね」
えま「そうそうライブ! 私的に一番良かったのはやっぱり陽斗くんと凛くんのデュエット曲ですね。音源聴いた時から大好きで、それを生で聴けてるのが本当に幸せでした……あとやっぱり最後のみんなの言葉が心に沁みて、最後泣き笑いみたいになってました。でも楽屋挨拶行くって言われてたから、メイク崩れないように必死に涙堪えて」
えま、恥ずかしそうに笑う。
陽斗、優しい笑顔を浮かべる。
陽斗「きっとみんなえまみたいに喜んでくれてたんだなぁと思うと、ほんと頑張って良かった」
えま、頷く。
えま「本当にお疲れさまでした! ドラマに番組に撮影と並行してライブの準備まで……陽斗くんが忙しいのを近くで見てたから、なんかより感動しちゃって。素敵なライブをありがとうございました」
陽斗「いや。俺たちはその言葉があるから頑張れるんだよ。いつも本当にありがとう」
えまと陽斗、見つめ合ってはにかむ。
陽斗「この距離はさすがに照れるね」
陽斗、照れ臭そうに視線を逸らす。
えま「……そういえば陽斗くんお家見つかったんですね」
陽斗「あれ、誰から聞いた? 社長?」
えま「ママが言ってました!」
陽斗「そっか。そうなんだよ。前の家すごく気に入ってたんだけど、それに似てる家見つけて。もう契約もしてきた」
えま「じゃあ引っ越しちゃうのかぁ。寂しくなるなぁ。ねぇ、カーリー?」
えま、陽斗の足元に寄って来ているカーリーに話しかける。
陽斗、カーリーを抱き上げて膝に乗せて撫でる。
陽斗「……あのさ」
えま「はい?」
陽斗「俺もえまをどこか連れて行きたい! 何か食べに行こ!」
えま「(不思議そうに)急にどうしたんですか?」
陽斗「……や、ほら。引っ越しも決まったから、お世話になったお礼も兼ねて……!」
えま「それは……2人でってことですか?」
陽斗「うん。そのつもりだったけど……」
えま、伏し目で視線を逸らす。
陽斗、慌てて、
陽斗「いやごめん! 無理しなくていい! つい思いつきでポロっと言っちゃっただけだから! 気にしないで!」
えま「いえ! 全然無理とかじゃないんです! 行きたいです! 連れて行ってください!」
陽斗、ニカッと笑う。
陽斗「じゃあ決まり!」
えま「やったー! 楽しみだなぁ」
○ロケバス・車内(朝)
ユニクラウンのメンバーが乗った車内。
それぞれスマホを見たり、会話したりしている。
陽斗、スマホでグルメサイトを見ている。
どれもしっくりこない顔。
陽斗「あのさ」
メンバー、陽斗の方を見る。
陽斗「気軽に入れるけどオシャレで、個室があるとこでいい店知ってる? ちなみに焼肉以外」
凛太郎「えー? ジャンルは?」
陽斗「和洋中なら和か洋かな?」
柊也「酒は飲む?」
陽斗「いや飲まない」
悠真「男? 女?」
陽斗「……女の子」
凛太郎「わっ! はるピーデートじゃん!」
と、茶化す。
メンバー、ニヤニヤしながら目配せする。
柊也「あんまり雰囲気がありすぎるより、ほどよくカジュアルな方がその子も緊張しなさそうだな」
悠真「俺焼肉とか焼き鳥ばっかだからあんま店のレパートリーないんだよなぁ」
凛太郎「完全個室じゃないけど、全席半個室みたいになってるイタリアンバルの店はこの間行ったよ! 確かノンアルも結構種類あったし、ご飯も普通に美味しかった!」
翼「でもえまちゃんなら何でも美味しそうに食べてくれそうなイメージだけどな。逆に何食べたいか聞いてみれば?」
陽斗「……なんでえまが出てくんだよ」
凛太郎「(ニヤニヤしながら)違うの? 違くないだろ?」
悠真「だって、『酒飲まない』『女の子』『焼肉NG』なんて、この間ルトエーと焼肉行ったえまちゃん以外考えらんないよ。さすがにはるピー分かりやすすぎ」
陽斗「……これは、お世話になったただのお礼! 無事引っ越し先も決まったし」
メンバー、微笑む。
凛太郎「そうだねぇ~あとは、寒いし鍋とかは? もつ、しゃぶしゃぶ、すきやき……あぁ、なんか食べたくなってきた! 今度みんなで鍋しよ!」
悠真「確かに鍋はほぼメニューも決まってるし、個室絶対あるし、ゆっくり話しながら食べるにはいいかも。この間直と行ったしゃぶしゃぶ超美味しかったよ」
陽斗、「うーん」と腕を組む。
柊也「もしえまちゃんが特に希望ないならさ、別にご飯にこだわらず、陽斗が楽しませてあげられる所に連れて行ってあげれば? 慣れないことするよりそっちの方が良くない?」
凛太郎「確かに! さすが柊也くん!」
翼「じゃあドライブだな! 陽斗と言えばドライブっしょ」
陽斗「確かに……ドライブでちょっと遠出するっていうのはいいかも」
翼「あとはえまちゃん命の社長が、陽斗と2人で出かけるのを許可するかどうかだな」
凛太郎「もしかして修羅場きちゃうかな⁉︎ (社長の真似)『お前なんかと出かけさせないぞ! バーン』的な!」
メンバー、爆笑する。
悠真「凛太郎、社長の真似うますぎる」
柊也「それ今度社長の前でやって」
凛太郎「オッケー。じゃあブラッシュアップしとく!」
口元を押さえて笑う陽斗の顔。
○並木道・歩道(夜)
車の白いライトが行き交う道路。
えまと美香、リードに繋いだカーリーの散歩をする。
えま「陽斗くんがね、引っ越しの前にどこか行こうって誘ってくれたんだ」
美香「あらいいじゃない! どこ行くの?」
えま「それはまだ決まってないんだけど……でも大丈夫かな? 2人ってちょっと危ないよね。事務所的にもダメだよね?」
美香「まぁタイミングの問題はあるかもしれないけど……そのあたりは陽斗くんが一番分かってるだろうし、えまが気にしなくていいんじゃない? あ、それか分かった! えまが男の子の恰好すればいいのよ!」
カーリー、ワンと吠える。
えま「えぇっ⁉︎ 男装して出かけるってこと? 私が? それはムリがあるよ」
えま、怪訝な顔をする。
美香「(ニコニコしながら)そう? なかなかいいアイデアだと思ったんだけどな」
えま「(呆れながら)ママは楽観的すぎ! ちょっと面白がってるでしょ?」
美香「そんなことないわよ! ママはいつでもえまを応援してるんだから。ねぇ、カーリー」
カーリー、ワンと吠えて駆け出す。
美香もリードを引きながら追いかける。
えま「あ、ちょっと待ってよ!」
えま、追いかける。
○ミラベル・店内・カウンター(夜)
えま「というわけでお願い! 買い物付き合って~!」
えま、顔の前で手を合わせる。
勇輝「というわけでって、情報がなさすぎて全然話が見えないんだけど。だいたいなんで男装なんてすんだよ。コスプレ?」
えま「それはまぁ……色々と事情がありまして……」
と、気まずそうに目を逸らす。
勇輝、えまを見る。
勇輝「まぁ無理に言わなくてもいいけどさ。分かった、付き合うよ」
えま「ほんと⁉︎ ありがとー! その日ごはん奢るから!」
勇輝「じゃあ高級焼肉で」
えま「高級じゃない焼肉でお願いします……」
勇輝「田中陽斗に貢いで万年金欠だもんな」
えま「うぅ……ていうか私、勇輝のファッションセンスがどんなもんか全然知らないけど、任せて大丈夫なんだよね?」
勇輝「悪いけど俺、私服は普通にオシャレだから」
えま「それ自分で言っちゃう?」
えま、ニヤニヤする。
勇輝「ほんとだって。渋谷でスカウトされたこともあるし」
えま「ウソ! そうなの⁉︎」
えま、話に食いつく。
勇輝「(ドヤ顔で)まーな」
えま「陽斗くんと一緒だ! 陽斗くんもね、渋谷でスカウトされたんだよ」
勇輝「へぇ~田中陽斗も……って、そっちかよ! 田中陽斗の情報とか別にいらねーから!」
えま「そんなこと言わないでよ!」
えま、勇輝の肩を叩く。
店のドアが開いてお客さんが入って来る。
勇輝「じゃあ明日放課後待ち合わせで」
勇輝、えまに耳打ちして移動する。
えま、手でOKマークを作る。
○駅ビル・中(夕方)
えまと勇輝、並んで歩く。
えま「どこのお店に行くの?」
勇輝「そんな何回も着るわけじゃないだろうからリーズナブルで、でも安っぽくは見えない今流行りの店」
えま「おー! なんか頼もしい!」
勇輝「引き受けたからにはマジでやるから! どこで何するか知らないけど」
えま「行先はまだ決まってはいないんだけど、ドライブする!」
勇輝「ドライブ? マジで誰と何すんだよ」
えま「あははは」
と、誤魔化す。
勇輝「はいはい。それは言えないのな。いいよ分かってる」
えま「ありがと」
勇輝、店の前で足を止める。
勇輝「ここ」
えま「メンズの洋服屋さんって初めて入るかも……なんか緊張する」
勇輝「まさか店員も、えまの服買いに来たとは思わないだろうな」
えま、勇輝の後ろについて店の中に入る。
○同・メンズの洋服屋(夕方)
勇輝、真剣な顔でえまに洋服を当てる。
えま、楽しそうにキョロキョロする。
勇輝「とりあえず、これと、これと、これと、これと、これ。試着して」
勇輝、えまに大量の服を渡す。
えま、服の山で前が見えない。
えま「うん。分かった」
えま、試着室に入る。
× × ×
えま、試着室のカーテンをバッと開けて出てくる。
椅子に座っている勇輝の前でモデルのようにポーズを決める。
えま「すごーい! なかなか似合ってるるね?」
勇輝、首を横に振る。
勇輝「ないな」
えま「うそぉ」
えま、トボトボ試着室に戻ってカーテンを閉める。
× × ×
えま、試着室のカーテンをバッと開けて出てくる。
えま「どう?」
勇輝の前でドヤ顔でポーズを決める。
勇輝「次」
えま、残念そうにカーテンを閉める。
× × ×
えま、試着室のカーテンをバッと開けて出てくる。
えま「これ良くない?」
えま、満足そうにポーズを決める。
勇輝「却下!」
えま「えー! これいいと思うんだけどなぁ」
勇輝「ちょっと女の子感が残りすぎてる」
えま、不満そうに勇輝をじっと見つめる。
勇輝「ほら、早く次!」
えま、勢いよくカーテンを閉める。
× × ×
えま、試着室のカーテンをバッと開けて出てくる。
えま、虚無の顔で勇輝の前に立つ。
勇輝、上から下まで見る。
えま「(どうせまた却下だろうな)」
勇輝「うん。これだな」
えま「ほんとっ⁉︎」
勇輝「自分的にはどう?」
えま「私はさっきから全部いいなと思ってる!」
勇輝「(笑いながら)はいはい」
えま「じゃあこれにするね!」
えま、嬉しそうにカーテンを閉める。
× × ×
えま、レジで会計をする。
大きなショップバッグを渡される。
店員「ありがとうございました」
○駅ビル・中(夜)
えまと勇輝、店を出る。
勇輝「持とうか?」
えま「ううん! 大丈夫。それよりお腹空いたよね? どこ行く? 高級焼肉でもいいよ」
勇輝「高級焼肉なんて冗談だって。俺に奢る金あるなら田中陽斗に回せよ」
えま、目を潤ませる。
えま「勇輝ってほんといい奴だよね⁉︎」
勇輝「だろ? とりあえずどっか入ろうぜ。腹減りすぎて死にそう」
えま「じゃあ駅前のファミレスにしよ!」
○ファミレス・店内(夜)
ディナーの時間で賑わう店内。
えまと勇輝、4人がけのソファ席に座る。
えまの横には大きなショップバッグ。
えま、パスタを食べながら、
えま「でも本当に助かった~バイト休みの日にありがとね」
勇輝「別にいいよ。大して用事もないし」
勇輝、ハンバーグを食べる。
えま、勇輝をじっと見つめる。
勇輝、ハンバーグを切り分けながらえまの視線に気づく。
勇輝「ん?」
えま「……ところでさ、先輩とはどうなってるの?」
勇輝、ハンバーグを口に運ぶ手が止まる。
えま、ニコニコしながら勇輝を見る。
勇輝、えまを見て軽くため息をつく。
勇輝「別にどうもなってないよ。ただのバイト先の先輩と後輩。それ以上でもそれ以下でもない」
えま「そうなんだ。……しないの? コクハク」
勇輝「俺絶対先輩の中でただの後輩枠だって分かってるし。何か伝えて今の関係が崩れるくらいなら、このままがいいかな。女子からしたら、こういう男子は物足りないのかもしれないけど」
えま、首を横に振る。
えま「それ、分かるかも。気づいたら当たり前のように自分の生活の中にいて、もうこれを知らなかった頃には戻れないほど好きになっちゃって……このままでいいから、ずっとそばにいさせて、この時がずっと続いてーって思っちゃうよね」
勇輝「(へぇ……)」
えま「どうしたの?」
勇輝「えま、田中陽斗以外にもそうやって気になる男とかいたんだなって。ちょっと安心」
えま、きょとんとする。
勇輝「え? もしかして今のって田中陽斗のこと? オタクスイッチ入ってた?」
えま「違うから! 今のは別に、陽斗くんの
ことじゃないからね⁉︎ 私だって、普通に恋くらいするし!」
えま、フォークにパスタをぐるぐる巻きつける。
勇輝「だよな」
と、ハンバーグを切る。
えま「先輩、自覚ないみたいだけど可愛いし、あんな人とバイト一緒だったら好きになっちゃうよね~」
勇輝「まぁ、好きになったのはもう少し前だけどな」
えま「どういうこと?」
勇輝、ハンバーグを咀嚼する。
えま「ちょっと~ここまできて黙秘はないよ」
と、頬を膨らませて勇輝を見つめる。
勇輝、照れ臭そうに、
勇輝「……俺、中学の時にミラベルでたまに勉強とかしててさ」
えま「そうだったんだ」
勇輝「先輩がいつもドリンク作ってくれてたんだけど、今じゃ考えられないくらいドンくさくて。今思えば、多分バイト始めたばっかだったんだろうけど」
勇輝、フッと笑う。
えま、微笑みながら話を聞く。
勇輝「でも接客は誰よりも明るくて。しかも俺のこと覚えててくれたみたいで、『いつもありがとうございます』って声かけてくれたんだよ。それから少しずつ話すようになって。高校入って、俺がバイト探してるって話したら、一緒に働こうよって誘ってくれた」
えま「そうだったんだぁ」
と、楽しそうに頷く。
勇輝「(照れ臭そうに)……で、今に至る」
えま「私は2人のこと応援してるからね」
と、自分のコップを差し出す。
勇輝「片思い同士に乾杯だな」
と、乾杯してコップに口をつける。
えま、揺れるコップの水面を見つめる。
○居酒屋・店の外(夜)
酔っぱらった男女複数人が店から出てくる。
男「じゃあ二次会行く人―」
女「は~い」
綾乃、集団の最後に店を出る。
前を歩く女子の肩をトントンと叩いて、
綾乃「ごめん私ここで帰るね。明日1限だからさ!」
と、足早に反対方向へ向かう。
友達「え⁉︎ ちょっと綾乃⁉︎」
歩いて行く綾乃の後ろ姿。
友達「明日の1限なくなったじゃん……」
と、呟いて集団についていく。
○繁華街・歩道(夜)
綾乃、歩きながらため息をつく。
勇輝の声「先輩、まだ彼氏できないんですか? もう夏休み終わりましたよ。大学入って4か月経ちますよね?」
綾乃「分かってるってば! こんなんだからいつまで経っても彼氏できないんだよね! もうすぐ冬休みだよ! 言われなくても分かってるよ!」
と、独り言を言って早歩きで歩く。
○駅・ホーム(夜)
綾乃、階段を下りてホームに着く。
視線の先にえまと勇輝の姿。
綾乃、瞬時に背を向けて反対方向に歩く。
自販機の陰に隠れてえまたちの様子を伺う。
えまと勇輝、楽しそうに会話している。
綾乃、頷きながら列に並ぶ。
綾乃の前には陽斗の大きな広告看板。
綾乃「あ! えまの好きな人」
綾乃の前の人がチラッと振り返ってくる。
綾乃、気まずそうに頭を下げて、控えめにスマホのカメラを構えて写真を撮る。
えまに送ろうとトーク画面を開いて手を止める。
綾乃「今デート中だもんね。やめとこ」
と、画面を消す。
○宮本家・えまの部屋(朝)
えま、上機嫌でメンズの服を着て鏡の前に立つ。
ウィッグを合わせながら全身を見る。
えま「うん! これでバッチリ!」
○同・リビングダイニング(朝)
美香「陽斗くん忙しいのにわざわざ時間作ってくれてありがとうね」
陽斗「いえ。俺が一緒に出かけたかっただけなんです」
美香、ニコッと笑う。
陽斗と美香が話しているところにえまが来る。
陽斗、えまを見て驚く。
陽斗「どうしたのそれ……」
えま「これなら万が一ユニクラ担に気づかれても、週刊誌の人がいても、誤魔化せるかなーって。どうですか? 自分では結構イケてる気がするんですけど……」
陽斗「すごいよ……どこから見ても普通に男の子だ」
陽斗、拍手する。
えま「(苦笑い)ちょっと素直に喜んでいいのか複雑な気持ちですけど……」
美香「いいじゃない! 似合ってるわよ」
陽斗「うん。子犬系男子って感じで可愛いよ!」
陽斗、えまが手に持っていた帽子を被せる。
えま、照れ臭そうにする。
えま「子犬……」
○(えまの妄想)陽斗の家・リビング(朝)
陽斗「おいでえま!」
陽斗、しゃがんで子犬に向かって手を広げる。
子犬「ワンワン!」
子犬、全速力で陽斗に向かって走る。
陽斗「おーよしよし。えまはいい子だなぁ」
陽斗、子犬を抱き上げて撫でる。
(えまの妄想終了)
○宮本家・リビングダイニング(朝)
えま、真剣な表情で、
えま「普通にありだ……」
と、呟く。
陽斗「何がありなの?」
えま「なんでもないですごめんなさい!」
と、激しく首を横に振る。
えま、美香と目が合う。
美香、えまにウィンクする。
えま、口角を上げる。
陽斗「さ、カーリーも行くぞ~」
カーリー、ワンと吠える。
陽斗、カーリーをキャリーケースに入れる。
○同・玄関(朝)
えまと陽斗、靴を履く。
美香「パパには私から言っておくね。まだ寝てるから」
えま「うん。じゃあ行ってきます!」
陽斗「行ってきます」
カーリー「ワン!」
えまと陽斗とカーリーがドアを開けて家を出る。
美香「行ってらっしゃーい」
と、手を振って見送る。
○同・駐車場~車内(朝)
陽斗の高級外車が駐車してある。
陽斗、助手席のドアを開ける。
陽斗「どうぞ」
えま「失礼します……」
えま、カーリーを抱えてそっと乗り込む。
陽斗、運転席に乗り込んでエンジンをかける。
陽斗「横のレバーで椅子の角度とか調節できるから自由に変えてね」
えま「はい!」
えま、シートベルトを締めようとするが、引っかかって上手く引っ張れない。
陽斗「ごめん。そこよく引っかかるんだよね」
陽斗、えまに覆い被さるように身を乗り出す。
えまと陽斗の顔が至近距離で。
陽斗「ちょっと待ってね」
と、シートベルトをガチャガチャ引く。
えま、口をギュッと結んで瞬きをしながら陽斗を見つめる。
陽斗「お、できた」
と、えまの目を見る。
見つめ合う2人。
えま、我慢できずに目を逸らして、
えま「……ありがとうございます」
と、シートベルトを締める。
陽斗「(悲しげに)あ、うん……」
と、自分の席に体を戻す。
陽斗、自分のシートベルトを締めて、
陽斗「(気を取り直して)じゃあ出発しよっか。カーリーも、準備はいい?」
カーリー「ワン!」
えま「出発しんこーう!」
と、カーリーの手を挙げる。
陽斗がアクセルを踏んで車が動き出す。
えま、ドキドキした顔で、鼓動を落ち着かせるように自分の胸に手を置く。