「ご、ごめんね」
恥ずかしいと思うのに隠さないでいてくれたどころか、相手の気遣いすら否定して、私を「彼女」だって言ってくれた。
「ううん。上がってって言ったの俺だし、何も困ることないから」
申し訳ないと思いながらつい嬉しくなって、言わなきゃいけないことを忘れてしまいたくなる。
「……あ、あのね」
でも、言わなきゃダメだ。
せっかく近づいた距離が離れてしまうのは、もっと辛い。
そしてそれは、時間が経てば経つほど言い出せなくなる。
「この前はごめんね。その……びっくりさせて」
「……え。ん……そうだね。びっくりはした」
モゴモゴしてる永遠くんは、久しぶりかもしれない。
最近はわりと饒舌に喋ることも多かったのに。
もちろん、話すのが苦手な永遠くんも好きだ。
でも、やっぱり、それほどのショックを与えてしまったんだ。
「……えと。……俺こそ、ごめん。避けてるって思わせた……よね。それに、避けてた……んだと思う」
分かってたはずなのに、それを謝りに来たのに。
実際に永遠くんにそう認められると、胸に重しを載せられたみたいにズシンとくる。
「妹さんに会ったのが嫌だったとかは、絶対にない。怖気づいた……もないと思ってる。ましてや、さくらが原因なんてあるわけもなくて、その。つまり……」
呼吸困難になりそうで、もう「ごめん」すら言えなくなった私の両肩をあわあわと掴んで。
全然痛くなんてなかったけど、また慌ててそっと触れ直す永遠くんを見て余計に切なくなる。
私を傷つけないように、でも真実を一生懸命説明しようとしてくれるのが申し訳なくて、私もどうにか何かを言葉にしようと口を開いた時。
「……こんな中途半端でさくらに触れたら、きっと俺が後悔するって。そう思ったから……というか、けど。会ったら触わっちゃうし。抱きしめちゃうし。そしたら絶対、キスしたくなって……したくなったら、それじゃ済まないと思って」
『避けてた。ごめんなさい』
一気に喋ったからか、永遠くんまで上手く息継ぎができなくなってしまったのか、そこはスマホのメモを活用してたけど。
何にしても永遠くんは真っ赤で、きっと私はもっと赤くて。
お互いそれ以上の言葉を繋げなくなって、ただ数呼吸した後――どちらともなく近づいて、私の額が永遠くんの胸にくっつく。
「どうして、中途半端なんて……」
永遠くんが中途半端じゃないというより、完全に中途半端じゃない人間なんていないんじゃないかと思う。
完璧な人間なんていないのと同じように、すべて到達してる人間もいない。
どれだけ他人の目にはそう見えたとしても、本人にとってもそうだとは限らない。
何より、私はそんな人を求めているわけでもなければ、求められるような人間でもない。
「さくらのおかげで、俺なりに前に進めてる。……でも、きっと……根本的な解決には至ってないから。だから、自分で納得できなくて……思い出したように苦しくなる」
(おかげ、なんて)
何かできた記憶もない。
それに、解決できていないのなら、それはつまり役に立てなかったってことだ。
「……ううん、違うよ。さくらにどんなに助けられたとしても、これは俺が自分で区切りをつけなくちゃいけないんだ。それができてないから、こんな気持ちになる。でも、どんなに苦しいって思っても……今の俺にはさくらがいるから」
――だから、ここは綺麗な世界のままだよ。



