『そろそろ終わる? 近くまで来たから、迎えに行きたい』


そう連絡をくれたのは、それからすぐ後のこと。
エレベーターの中で、何となくスマホを弄っていた時だったから驚いた。
そう言ってくれるってことは、また結構待たせてるんじゃないかな。
そう思って、今度は周りに注意しながら、でもやっぱり駆け出して――止まる。


「……あ、なんだ。止まっちゃうんだ」


残念そうに言ってみた、って感じの面白がってる声は少し緊張している。


「永遠くん……」

「……ん。永遠くん。……変かな」


数歩前から動けずに、ぶんぶんと首を振るしかできない私の手を永遠くんは軽く引いた。


「なんか久しぶりすぎて、ちょっと苦しい。さくらは、毎日のことなのにね。でも、さくらに会えて、気分良くなった」


そう言いながらもやっぱり窮屈なのか、もう片方の手でネクタイを緩ませる。
そうだよね、久しぶりじゃなくたって、スーツなんて息苦しいに決まってる。


「私はそれっぽい服着てるだけで、スーツじゃないよ。……永遠くん……」


もしかして、何かプレッシャーかけるようなこと言っちゃったのかな。


「そんな顔しないで。……やっぱり、似合わない? 」

「……格好いいよ」


格好いい。
なのに、まるで永遠くんの窮屈さが伝わるみたいに、息苦しくなるのはどうしてだろう。


「ずっと言われてたんだ。月に何度かだけでも、出社してほしいって。どうしても、リモートだけじゃできないこともあるから。あんまり喋れないのを言い訳に、今まで断ってきたけど……俺気づいたんだ」


ああ、また私の方が泣きそうなの。
頬に伸びてきた永遠くんの手を見て、始めて気づく。


「さくらに会って、いつの間にかめちゃくちゃ話せるようになってたの」


(私は気づいてたよ)


あの日、部屋の前にいた永遠くんと比べて、筆談の回数はかなり減ってるって。


「あんまり普通に話せてたから……ちゃんと声にしたいって気持ちの方が強くてなってたから。さくらと話せるのが嬉しいくせに、嫌なことは気づかないふりしてた」

「リモートが悪いってことじゃないし、それに……」


どっちも嬉しかった。
永遠くんの声も文字も、好きだ。
使う言葉を選んでいるのは永遠くんで、そこに違いはなく優しかった。
だから、きっと私――……。


「……私が、どっちも独り占めしてたんだよ」


――だから、言わなかった。


「独り占め、嬉しいよ。……さくらは優しいね。そう言われると、後悔とか情けないとか、そうやってネガティブなこと反省できなくなる」

「反省するようなこと、何もないからだよ」


優しさじゃない。
ただの独占欲だ。
それなのに、永遠くんにそう言われたら。


「俺、さくらに独り占めされちゃったんだもん。……ね、仕方ないよね。こんな幸せな気分になっても」


幸せって、そんなに表情と声に出されたら。
私こそ、ネガティブな感情を後悔できなくなる。


「まあ、さくらと話すのと、会社で話すのは全然違うけど何とかなったし、こうやってスーツ着て、どうみても恋人でしかない距離感のところにいれるって気分いい」

「……どうしてだろうね」


私服でいたって、永遠くんは永遠くんで恋人だ。
そうは見えないと誰かに言われても、覆しようがない。
もう、させない。


「本当はね、見た目なんて関係ないって言いたいけど。でも、今はきっと」


――どう見ても、仕事終わり、家に着くの待ち切れなくて盛り上がっちゃったカップル……だよ。


「……!! 」


確かに。
そうとしか言いようがないし、それで合ってる。


「……か、帰ろっか」

「だね」


駆け寄った時は大丈夫だったのに、今頃ふらふらしてる私に笑って、手を繋いでくれた。


「さくらのパワー、すごいね。……俺を好きになってくれて、本当にありがとう」


それを言うなら、アンドロイドに感情を持たせた永遠くんの威力はどうなるんだろう。


(……永遠くんは、知らないだけ)


あなたに、どれだけのパワーがあるのか。
絶対に、知らないだけだよ。