「ちゃんと、あったまってきた? 」

「う、うん」


ちょっとドギマギしてたのが嘘みたいに、私の髪を梳く永遠くんは落ちついた男の人だった。


「永遠くんこそ……私のせ」

「俺は大丈夫だよ」


土砂降りのなか、びしょ濡れになったのすら私のせいにしてくれない。
そうでしかないって言い切ってしまいたかったのに、そう被せたうえで距離を詰められたら、その先を続けることができなかった。

上から視線を注がれるのが、こんなに恥ずかしいなんて知らなかった。
身長が違いすぎて、こんなに側にいてもお互いの顔同士はまだ空間があるのに。
息をするたびに近づきそうで、ドキドキして呼吸が浅くなって苦しいのに、心地よくてもっとくっつきたくなる。


「寒くないなら、アイス食べる? 」

「……うん」


喉が熱いのに、渇いてる。
アイスを食べたら、少しはもっとまともに話せるかな。
照れてもいいから、永遠くんみたいに自分の言葉で。


『どっちが仔猫』


冷凍庫からアイスを持ってきてくれるついでに、放り出したスマホを復活させた永遠くんは、文字でそんな意地悪をしてきた。


「……永遠くん? 」


でも、私だって、そんなことじゃ動じない。
私がそんな可愛いもののわけがないって、自分がよく分かってる。


『家の中で後ろくっついて歩いて、抱きしめようとしたらピクンてして。警戒してアイスも食べてくれないのに? 俺じゃなくない』


別に、警戒してアイス食べないわけじゃ。
視線を感じて気まずいだけ。


「あ。食べた」


捨て猫が、ミルクを飲む瞬間みたいに言わないでほしい。
でも、何となく仔猫の気持ちが分かる。
そんなふうにじーっと見守られたら、非常に食べにくい。


「と、永遠くんは食べないの」

『さくら見てたいが勝つ』


(……そんなの、勝たないで……)


いやいや……って思うけど。
永遠くんは、どうやら本気でそう思ってるらしかった。
幸せそうに見つめられたら、こっちはもうアイスに集中するしか術はない。


「…………」


「クスッ」とも「ははっ」とも違う、何とも優しい音だった。
永遠くんの言葉を、声を、少しも聞き漏らしたくないって如何に思ってるかを強制的に自覚させられるほど、甘く愛情が表れた音。


「み、見すぎ……というか、あ、の……」


(い、今……や、き、気のせい。聞き間違い)


ということは、つまり、ばっちり聞こえてた。


「……ん……」


(コクン、って言った……? 喉……!?!? )


「……な、なんで……」

「……何でと言われても。好きな子に対する、生理現象……どうもできない……」


それも、知識としてはある。分かる。
でも、なんでそれが今、その、そうなる――……。


「とはいえ、仔猫どころかオトナだし。……こんなことじゃ、普通はならないけど。……好きって、こういうことなんだね」


そうだよね。
永遠くんがいくら可愛くたって、子どもじゃない。
経験だってあるだろうし、ううん、それを言うなら私よりも経験豊富に決まってるわけで。

今度の吐息は何だろうな。
面白がってるような、困ったような。
それでいて、ものすごく嬉しいってふうにも聞こえる。


「……っ、な……」

「……チョコクッキー」


頬とも唇とも言えない、ギリギリのところに口づけられた。


「〜〜っ、嘘……!! 」

『? 永遠くん、仔猫だから分かる』


アイスついてないし。
そもそも、永遠くんが買ってくれたアイスだし。
パッケージに書いてあるし!
唇にキスしたとしても、大して味なんかするわけない。
バニラとかチョコとか、そういうざっくりしたものならともかく、そこまで分かるわけないに決まってる。
そう、こんな可愛いキスじゃ――……。


「……何もしませんって言ったの、失敗した。あ、でも。約束破るって言ってた……よかったー、宣言しといて」

「ど、どこが仔猫……」


仔猫がアイスの味をどう感じるのかなんて、聞きようがないけど。
そんなこと言われると、仔猫みたいにも人間でも可愛いほっぺにキス、なんてものに思えなくなる。


「……ん……だよ」


掠れて少し聞こえにくくて、無意識に身体が永遠くんの方へと傾く。
距離が縮んでから、その掠れ方がものすごく甘かった気がして、慌てて身を引いたけど。


「だめ」


器用に片手で私を引き留めて、もう片方でスマホを弄ろうとして、やっぱり止めてしまった。


「そうだよ。……たぶん、あんまり喋らない分、仕草が多少オーバーになって、年下感が強くなったり可愛く見えたりしただけ。……どこが仔猫、で合ってる」


――その感覚、覚えててね。