赤、青、黄色、緑に彩られた光の束が一対の向かい合う男女を照らしている。
 二人のすぐ側には、ステンドグラスのはめ込まれた窓があり、陽の光が透けて、そこに描かれた女神の絵を美しく輝かせていた。
 愛と美の女神ヴィーナス、またの名をアフロディーテ。
 ここ私立聖夢学園の新校舎には、
 中庭を見渡せる2階の渡り廊下にあるこのステンドグラスの前で、誰にも見られることなく愛の告白をすることが出来れば、恋が成就するという言い伝えがある。

 私、と女の方が先に口を開いた。
 最近の流行を取り入れた聖夢学園の制服が良く似合う、栗色の髪を肩まで伸ばした子リスのような女の子だ。
 向かい合う男の方は、じっと押し黙ったまま、彼女の言葉を待った。
 流行を追いすぎて着こなすのが難しいと噂される聖夢学園の制服をさらりと着こなし、爽やかな面立ちに程よく厚みのある身体と背の高い二枚目だ。
 二人が向かい合って並ぶ姿は、まるで一枚の絵のように見えた。

「⋯⋯私、富瀬くんのことがずっと好きでした。
 私と⋯⋯付き合ってくれませんか?」

 女子生徒は、その小さな肩を震わせながら、祈るように目を瞑って下を向いた。
 ステンドグラスの女神アフロディーテが二人を色彩豊かな光で包み込む。
 一瞬の間。
 告白された男子生徒が嬉しそうな笑みを浮かべて答えた。

「ありがとう。君の気持ちは嬉しいよ。
 でも、俺……」

 しかし、彼の言葉は、突然の闖入者によって遮られた。

「奏也」

 涼やかで凛とした女の声だった。
 その瞬間、空に雲がかかり、ステンドグラスから放たれていた色彩豊かな光のベールが取り払われた。
 顕れたのは、頬を赤らめた女子生徒とは反対に、やや青ざめた男子生徒の顔。
 彼が声のした方へと顔を向けると、
 つられて女の方もそちらへ視線をやる。
 そこには、中庭からこちらを見あげる仁王立ち姿の女子生徒の姿があった。

 その時、雲間から一筋の陽の光が差し込み、中庭に立っていた女子生徒を照らした。
 彼女は、天然のスポットライトを浴びながら、腰まで伸ばした黒髪をひと房手で払った。
 それは、まるで絹のように艶めき、聞こえるはずのないハープの音色を奏でているかのようだった。
 彼女もまた、同じ聖夢学園の制服を着ているというのに、まるで違う服を身に付けているようだ。
 陶器のように白い肌、すらりと伸びる手足、メリハリのある身体つき、そして、二階から見ても判るほどにはっきりとした目鼻立ちは、彼女がそんじょそこらの美人ではないことを告げていた。
 何より特別で高貴なオーラが彼女にはあった。
 見る者をそれだけで圧倒させるような存在感を放っている。

「奏也、帰るわよ」

 黒髪の美女は、先程よりも強い口調で命令するように言い放った。
 それを聞いた男子生徒は、少しバツが悪そうに隣にいる女子生徒へ向き直ると、さっと頭を下げる。

「ごめん。君の気持ちには、答えられない。
 俺には、許嫁がいるんだ」

「え⋯⋯」

 それだけ言うと、男子生徒は、困惑した表情の彼女を一人そこへ残し、その場を立ち去った。
〝許嫁〟という時代錯誤な言葉が女子生徒の頭の中で反芻される。
 それが所謂〝婚約者〟であるという考えに至った時には、中庭でちょうど彼が黒髪の美女の元へ駆け寄るところだった。

「と、富瀬くんっ⋯⋯!」

 思わず二階の手すりを両手で掴み、身を乗り出すように声を上げると、黒髪の美女が横目でちらとこちらを伺うのが分かった。
 何だろう、と思う間もなく、黒髪の美女が奏也の耳元に口を近付けて何かを囁く。
 すると⋯⋯

「⋯⋯っ!」

 次の瞬間、女子生徒は、声にならない叫び声を上げて、自分の口を手で覆った。
 中庭では、奏也が黒髪の美女に口付けをしているところだった。
 彼女は、女子生徒が二階から自分を見ていることに気付いていて、わざと奏也にキスをさせたのだ。
 私に見せつけるように。

「ひどい⋯⋯」

 女子生徒の目に涙が浮かぶ。
 それは、すぐに悲しみの色から怒りの色へと変わり、女子生徒は、爪が手のひらに食い込むほど強く手を握りしめた。

「私のこと、ばかにして⋯⋯絶対に許さない⋯⋯っ!!」

 女子生徒の焦げ茶色の瞳に、強い怒りの炎が宿っていた。