2024年3月になったが、まだまだ、寒い日が続く。
 K書店の店員・アキヒコは、新宿の職場を後にして、これから、横浜の自宅へ帰ろうとしていた。いつも、JR山手線で品川駅まで出て、そのまま、京急快特で、横浜駅まで帰る。
 アキヒコは、もう、40代後半になっていた。
 大学を卒業してから、ここのK書店でずっと仕事をしている。
 丸の内とか銀座、渋谷、池袋、吉祥寺などチェーン店で仕事をしていたのだが、実は、K書店も、最近の紙媒体の売れ行きが悪く、そして、電子書籍などが進んだ。
 そして、最近では、AI店員も出てきて、脅威を感じている。
 アキヒコは、最近、彼女に逃げられた。
 そうは言っても、彼女は、関西人だった。
 名前は、トラ子という。
 2024年4月から、NHK連続テレビ小説で、『虎に翼』なんてあって、「トラ子」が出てくるようだが、たまたま、とアキヒコは、言った。
 トラ子は、勿論、名前をつけた両親を恨んでいたが、どうにもならなかった。
 ただ、トラ子は、容姿ははっきりしていて、グラビアアイドルの古川優奈さんのような雰囲気だが、一方で、短歌などを詠むのが好きだった。しかし、出版社に採用されず、K書店で仕事をしている。
 トラ子は、アキヒコと付き合っていた。
 1年付き合っていたのだが、破綻した。
「あんたなんか、優柔不断で嫌や」と関西弁で言い放って、東海道新幹線で、大阪へ帰った。
 つい先日だった。
 浪速村トラ子は、歌人新橋イチローが、好きらしい。
 新橋イチローの「東海道哀しみ抱えて東路へ帰り路には楽しみ抱えて」の短歌が、トラ子は、好きだったのだが、アキヒコは、この新橋イチローが、嫌いだった。そして、新橋イチローは、小説を出版した。
 『新・東海道中膝栗毛』を出版した。
 そう、アキヒコは、この関西人の新橋イチローが、嫌いだった。
 顔は、確かに、SUPER EIGHTのタレントの誰それに似ているのは、間違いがない。どうも、似ていると思う。
 アキヒコだって、俳優の佐藤健に似ていると言われていた。
 ただ、最近では、白髪が多くなっている。
 アキヒコは、トラ子と何度も何度も、ドライブをし、東京ディズニーランドへ行き、上野動物園や横浜の金沢動物園へ行ったのに、何だろうと思った。
 山梨へドライブに行った時、トラ子は、吐いた。
 だが、吐いた後の片づけをしたのは、「この俺だ」と思った。
 …
 なんで怒ったのだろうか?
 2024年2月14日。
 トラ子は、バレンタインデーのチョコレートを、アキヒコにあげた。
 だが、と思った。
 アキヒコは、トラ子に「ありがとう」と言わなかった。
 アキヒコは、悔やんだ。
 そして、山手線は、品川駅に着いた。
 その時だった。
 アキヒコは、このまま、京急快特で、横浜へ帰らず、新幹線の乗り場へ向かった。そして、新幹線の乗り場の売店で、ホワイトデーのチョコレートを買った。「プレゼントにします」と言った。
 残りのお金で、東海道新幹線のぞみ号新大阪行きのチケットを買った。
 そして、明日は、仕事は休みだから、そのまま、これから、東海道新幹線で、大阪へ行こうと思った。
 そして、東海道新幹線で、新横浜・名古屋・京都・新大阪まで着いた。
 さらに、地下鉄御堂筋線で、なんば駅まで行った。
 なんば駅から、南海高野線で、住吉東駅まで向かった。
 気が付いたら、もう10時になった。
 そうだ、トラ子の実家は、住吉大社の近所だったっけ。
 そして、アキヒコは、トラ子にLINEで電話した。
「トラ子」
「何、アキヒコ?」
「オレ、今、住吉大社まで来ているよ」
「ウソ?東京でしょう」
「いや、トラ子の実家の近所の住吉大社前に来ているよ」
「マジで?」
「すぐに来てみろよ」
 15分が経った時、トラ子は、住吉大社の前に来ていた。そこに、アキヒコが、「これ、ホワイトデーのチョコレート」と言った。
 夜空は、綺麗だった。
 新橋イチローの短歌を乗り越えたかも。
 アキヒコは、思った。
 2024年3月14日のことだったらしい。
 トラ子は、少し涙ぐみながら、「明日、東京へ帰る」と言って、優しくキスしたらしい。<完>