私の家の近くの路地裏の壁には多くの落書きがある。
もはや落書きではなく芸術と思うくらい。
そんな少し開けた路地裏で人を殴って蹴って投げて。
3年前の私はそんなことをしていた。
「奈々(なな)、終わった」
そう仲間呼ばれていた私は当時暴走族の頭だった。
「帰るよ」
典型的なヤンキーではなく、制服のままやっていたため情報は漏れているだろう。
まあ、黒マスクをしているからパッと見分からないとは思うけど。
「もう帰んのか」
そう言われ、目の前に人がいたことに初めて気づいた。
私の前に立ちはだかった男こそ私の一番の相手だ。
無駄に顔が整っている男。
付いたあだ名は「猛毒の蠍」。
髪を分け、その鋭い眼光から睨まれるのは私でも震え上がってしまうほど。
「用事は終わったんでね」
「俺とじゃあ殴り合うまでもないってか」
そんな私が余裕なこと言うため、食いつき気味で答える。
「決してそう言うわけじゃない」
「…どしたんだよ、最近。消極的じゃん」
「別にそう言うわけじゃないけど」
流石に本人の前で負けるからなんて言えるわけがない。
私は思い切って、手を出した。
見た目はほっそりしているがちゃんとした男。
多分今現在1番有名な奴だ。
私が勝てるわけがない。
そう思ったが、彼は後ろに倒れた。
私もバランスを崩して上に乗っかるように倒れる。
どうしたものか。
「油断してたら痛い目見るけど」
手首をバッと取られて身動きが制限されてしまった。
私は膝を立ててどうにか彼と距離を取る。
「この状態で不利なのはあんたの方だと思うんだけどね?」
彼の目を初めて見た。
びっくりした。
こんなに惹かれるような目があるのかと。
咄嗟に足までも出してしまい、私は地面に倒れる。
「っ…」
そりゃあ、強いよな。
「別に俺はお前が女だからって手加減はしない」
「嘘ついたね」
私は付いた砂を払いながら言った。
「私が男だったらあんたは骨が折れるくらい突き飛ばしてるはず」
「さあ、どうだろう」
「知ってるよ」
「俺の名前すら知らないのに?」
それはそうだ。
こいつの名前を知らない。
「なあ、奈々。何を知ってるんだ?」
名前まで漏れてるか。
「私が動くとさ、」
私は彼に向かって殴りを入れようとする。
だが、先に読まれて腕を掴まれ、そのまま地面に仰向けに落とされる。
「ほら、また手加減したね」
私は反対の手で彼の頬を撫でる。
少し体温が上がったように感じた。
「他の人だったらどうなの?」
「同じだろ」
「あんたのやり方は知ってるの。こんなに優しくない」
「…」
おそらく1番見ていると言っても過言ではない。
それを知っていて黙り込んだんだろう。
「それってさ」
「私が好きだからじゃないの?」
私の言葉に少しからずハッとした。
「自惚れてんのか」
だが、声はいつも通り落ち着いていた。
そういうと私の手を離して立った。
立ち去る気だ。
「次会った時には本気出してね」
私の言葉に背を向けて立ち去っていった。
その後あの男に会ったことはない。
と、中学を卒業し、私立高校に進学した。
今思うとあの出来事は黒歴史でしかない。
何が「私が好きだからじゃない?」だよ。
あれで好きなわけがない。
…でも、ああ言ったのは私自身、アイツに惹かれていたからかもしれない。
今でも思い出すと心臓がどくどくと早まるのを感じた。
「世那ちゃん〜」
奈々と呼ばれていた私の本名は雨雲世那。
普通の女子高校生の生活を送っています。
「教科書忘れたから見して〜!」
右側の隣の席である花奈(はな)は最近友達になった女子だ。
「いいけど…、何回目だよ」
「5回目です…、無くしちゃったんだよ〜!」
そういう花奈の姿を見て、モテるのも分かるような気がする。
だって、なんか可愛いもん。
「放課後一緒に探そ」
「ありがと世那ちゃん!やっぱ持つべきものは優しい友達だね!」
「花奈は彼氏がいるでしょ」
「あ、別れたんだよ」
そう告げられ何秒か声が出なかった。
「…え、4日前に付き合ったって言ってなかった!?」
「そうなんだよ!だけどもう浮気してたの!意味分かんない!」
花奈はモテるが男運はないらしい。
入学して8ヶ月は経つが、すでに高校生になってから12人の彼氏がいたらしい。
流石に引いてしまう。
「いつも言ってるじゃん。もうちょっと見極めなって!」
「そうなんだけど〜、って待って!今日って…、係集会じゃんかい!やっば、行ってくるね!世那ちゃん」
「いってらっしゃい」
バタバタと出ていった花奈。
目の前にメガネを掛けた1人の男子が通りすぎた。
と思ったら、戻ってきた。
「…これ、スト路地のグッズでしょ」
私のカバンにつけていたキーホルダーに目を向けていってきた。
「え、もしかして見てる…?」
スト路地とは、ストリート路地裏という曲とストーリーが合わさった感じのゲームだ。
キャラクターに声優さんの声が入っていて、カバーやオリジナル曲だったり、路地裏で活動するストリート系バンドの彼らの成長を記録されているアニメもある。
まあまあ人気だとは思ってたけど、身近にはファンがいなかったんだよな。
「俺毎日やってるわ」
そう言われた時、私の感性が悟った。
「「同志か」」
握手を交わして昼休み中はずっと語り合っていた。
「え、誰が好き?」
「俺なごみちゃんが好き」
「え、分かる。でも私は朔くんかな」
「実に分かりみが深い」
頷いてくれる。
こんなオタク感丸出しの会話だが周りのことなんて気にしない。
「ねえ、見て」
また次の日の朝、スマホの画面を見せてこう言ってきた。
「第3期もアニメ決定だって」
「マジか!」
「主題歌は『路上』…、PRISMが担当だって」
「PRISMって、最高か」
「いやそれな」
PRISMとはバンドグループだ。
バンドとは言えどどちらかというと爽やかなものを選ぶバンドだけど…
「楽しみがすぎる」
「あ、PRISMのミニライブがあるらしい。ライブだけじゃなくて、握手会とかも同じ日に開催するらしいよ」
もう今日が幸福でしかないんだが。
「一緒に行ったり…する?」
まさかあっちから誘ってくれるとは。
「もちろん行きましょうとも」
「決定な」
嬉しそうな顔をしている。
…と、私は重要なことを忘れていた。
「あ、どうも、雨雲世那です」
私は少しお辞儀をして言う。
私はこの男子の名前を知らない。
「…ほんとだ、言ってない。風柳蒼葉です」
ペコリと頭を下げる。
「もうここまで話しちゃったんだし、下の名前でいいよ」
「うわっ、友達っぽい」
こんなに男子と仲良くなったのは初めてかもしれない。
「じゃあ俺も下の名前でいいよ。実際、言いにくいしね」
「え、待って緊張する」
「俺も」
いざ言えって言われると声が出ない。
「世那」
そう言われてびっくりした。
「あ、蒼葉」
声が震えている。
「待って、恥ずかしい」
「それはそう」
そしてイベントに予約をして行く約束をした。
もちろん、抽選で当たった時は飛び跳ねて喜んだ。
「世那ちゃ〜ん、最近風柳といい感じじゃ〜ん」
昼休憩、そう花奈に言われてお茶を吹き出しそうになった。
「あのねぇ、そう言う感じじゃないから!」
「じゃあ何であんなに真剣に話してたの?」
「スト路地のことだよ」
「ああ〜、あれかぁ」
花奈に布教しようと思ったが、ダメだったらしい。
もっとふわふわしたものがいいらしく。
「今度イベントに行く約束もした!」
「もうデートじゃん」
もう花奈はすぐこの思考に辿り着く。
「そんな恋愛ごとに結びつけない!オタ友として推しとグループを楽しみに行くんだから」
「分かんないなぁ。ま、後ろついていっちゃお!」
「やめてくださいっ」
そして当日。
実に服を迷った。
テーマに合わせてストリート系にするか、無難な服装で行くか。
悩みに悩んだ末、なごみちゃんと同じような水色と黄色のパーカーとズボンで行くことにした。
待ち合わせ場所に行くと、蒼葉もストリート系の格好をしていた。
「あ、もしかしてなごみちゃん?」
「そう!合わせやすいかなって思って。そう言う蒼葉は朔くんでしょ」
「正解」
良かった、この服にしてきて。
「いやあ、楽しみだねぇ」
私は蒼葉の隣を歩いて
「そう言えば、世那ってPRISMにも興味…ある?」
「え、まさか蒼葉もPRISM好き?」
「好きだけど…」
「うん、気が合いすぎかな!」
「ほんとだよ」
まさかここまで合うなんて。
「美音ちゃんのかっこよくて可愛いのが好きなんだけど、分かる?」
「分かる。俺は作曲にMIXにギターにボーカルまでこなしちゃう雷都くんが好き」
「うわぁ…、もう共感しまくるよ」
「今日会えるって思ったら、なぁ?」
「心臓止まるかと思うよね!」
そんなことを話しているとすっかり会場についてしまい。
ミニライブだとか言ってたけど、もうこの範囲はミニじゃない。
普通の大規模ライブだ。
「気分が上がる〜!」
そこから一風変わったPRISMのライブをして、いよいよ握手会。
1人並べるのは1回。
また人数が多いため、並べるのも1人分だけらしい。
でも、時間は3分間ある。
蒼葉とは別行動で美音ちゃんの列に並ぶ。
いよいよ、順番だ。
「初めまして!み、美音です」
そこにいたのは絶世の美少女。
「こちらこそ初めまして、雨雲世那ですっ!あの、美音ちゃんの歌声が本当に大好きで!」
なんて、美音ちゃんの魅力を本人に伝えた上、ボイスももらって帰ってきた。
「蒼葉どうだった?」
「…いや、なんであんなかっこいいんだろうと」
「美音ちゃんが近くで見れば見るほど美少女なんだけど」
「幸せな時間だった」
そして余韻に浸りながら、蒼葉と帰り道を歩く。
すると、見覚えのある人を見つけた。
…アイツだ。
「蒼葉、」
そう横を見てみると、蒼葉が鋭い目つきをしていた。
「あのさ、用事ができちゃったって言うか、思い出しちゃったから先帰ってて」
蒼葉に知られるわけにはいかない。
普通に帰ってもらおうと思ったけど、そうにはいかなかった。
「いやごめん。俺も用事があるんだよな。じゃ、ここで解散でいい?」
そう言った蒼葉の声は優しかった。
いつもよりもっと優しかったので何かあると思った。
だけど、今はアイツを仕留めないと。
後々後悔する。
「じゃ、またどっか行こうね」
「うん。またな」
そう言って蒼葉が見えなくなってから走り出した。
この時、蒼葉も同じ行動をしているとは思いもしなかった。
心当たりがあったのはアイツと最後にいたあの路地裏。
覗いてみると、アイツが人を掴んでいた。
周りには何人もの人が倒れていた。
久しぶりに見たよ、この光景。
そしてアイツの声がした。
「最近何してんだよ、蒼葉」
そう言われた途端、びっくりした。
蒼葉が胸ぐらを掴まれていたのだ。
「こんなダッサいメガネかけて。大丈夫?」
そうして蒼葉のメガネが強引に外されてレンズを踏みつけられた。
「別に関係ないだろ」
その声は私と話す時よりもずっと冷たかった。
「いいよ、その目。久しぶりじゃん」
アイツは面白そうな顔をした。
でも、何か違和感がある。
顔立ちも似てるし、声も高校生ならば低くなるだろうけど、なにか違った。
「さっきの女?何、彼女?」
「違うけど」
「ま、そうだろうな。あんな奴、お前と釣り合うわけがない」
そう言った時、蒼葉は手を出した。
その一撃で飛んでいくアイツ。
「お前に殴られたの、何年振り?でも言って1年振りか」
その雰囲気で分かった。
「一時期お前有名だったもんな?なんだっけ、猛毒の蠍、か」
そうだ、この男こそ、あの猛毒の蠍だ。
でもじゃあ、あの男は?
「あの時だったらお前の兄として光栄だったんだけどな。今ひよってるからな」
私は怖くなってすぐその場を後にした。
まさか、蒼葉がアイツだったなんて。
次の日。
私の後で教室に入ってきた蒼葉。
「おはよ」
「お、おはよう…」
バレたら死んでしまう。
だけど動揺してしまって声が震える。
「どした?…もしかして、昨日の用事とか?良かったら話聞こうか?」
昨日の用事までは合ってる。
だけど、本人に言うことになる。
「いや、大丈夫」
「そう?」
私が奈々だって知ったらどんな顔をするだろうか。
「蒼葉は大丈夫だった?昨日の用事」
なんて答えるだろうか。
「あー、うん、大丈夫だったよ」
あの最後、やり返したのかな。
「私もギリギリ間に合ったよ」
私は動揺を隠すために当たり障りのない回答を出した。
「あ、メガネ変わったんだね」
「そう、度が合わなくなってさ。よく気付いたな」
「うん、ちょっとキリッとしたね」
「そう?」
また嘘をついた。
あの兄に潰されたからだろう。
そもそも見た限り蒼葉はそんなに目が悪くない。
度を薄くしている場合もあるが、昨日の様子を見ると普通に見えていたと思う。
誠実そうで嘘を吐きまくっているんだろうか。
またある日。
今日は休日だった。
スト路地をダラダラやっていたら、インターホンが鳴った。
お母さんがでていく。
「師匠います?」
そう言ったのは昔の友達だった。
「し、師匠!?」
お母さんはびっくりしている。
いや、中学時代は知ってるけどなぁ。
「希望(のぞみ)」
「あ、師匠!お久しぶりです〜」
三崎希望は私が当時トップだった頃の仲間だ。
「ちょっ、師匠って呼ばれてたの!?」
2回目だよ、それ。
「希望特有だから」
みんなは名前で呼んでたし。
改めて希望を見てみると、少し荒っぽさは残っているもののちゃんと制服を着ていた。
あれ、もしかしてこの制服って…
「綾衣学園!?」
綾衣学園とはここらへんでは偏差値が高い学校として有名なところだ。
「よく分かりましたね」
まさか、希望が綾衣学園だとは。
これもう私師匠って呼ばれる資格ないんじゃ…
「師匠今大丈夫ですか?」
「あ、どっか行く?いいよ、準備してくる」
「すみません、急で」
私は部屋着を着替えて外に出る。
「師匠、変わりましたね」
「いや、希望もだよ。あと、師匠じゃなくていいよ」
「え、でも…」
「師匠じゃ怪しまれちゃうじゃん」
「うわぁ、それもそうですね。じゃ、じゃあ、奈々さん」
ぎこちなく言う希望。
「世那」
「せな?」
「うん」
「ま、まさか本名…!?」
「正解」
「ちょっ、言ったらダメですって!」
「でも、奈々の方がバレやすいよね?」
奈々と呼ばせたくなくて、無理やりに追い詰める。
「…それにしても師匠、綺麗な名前ですね。世那、か」
希望がなにか呟き出した。
「奈々だと可愛いイメージがあるんですが、世那は今のキリッとしながらも可愛らしさがある世那さんにぴったりです」
希望のこのしれっと忍ばせてくるところが好きなんだよな。
「最近、どうなんですか」
歩きながら聞いてくる希望。
「どうって…」
「男の子はできましたか?」
「男の子って、そんな、できるわけないじゃん!」
急に聞いてくるものでびっくりしてしまった。
「またジメジメしてるんでしょ」
「いや、友達はいるし!」
蒼葉は友達として括っていいのだろうか。
これはちゃんと希望に話した方がいい?
…いや、これは組の問題じゃなくて私自身の問題。
私情を挟むわけにはいかない。
少し商店街を歩く。
ここは賑わってるから誰にも聞かれない。
あえての場所選択だ。
と、私はめぼしいものを見つけた。
「スト路地じゃんか!」
瞬く間にその店に入る。
そこはいつも行っている店の違う店舗だった。
「ちょっ、世那さん!」
希望が焦っていることにも気付かず、中へ入っていく。
ここは種類が豊富だ。
いいところを発見した。
「せ、世那さん…、行動早すぎですよ…」
少し遅れて私のところにやってくる希望.
「あっ、ごめん」
「…アニメ、ですか?」
「アニメ…、でもあるし…、うーん」
パッと答えることができる部類ではない。
「可愛いですね」
「分かってくれる!?」
よし、このまま希望をスト路地の沼に落としてしまおう。
そう思った瞬間、後ろから声がかかった。
「世那?」
振り向いてみると、蒼葉がいた。
前なら何も考えずに話せていただろうけど。
「待って、世那さん。男の子じゃないですか!」
少し騒ぎ出す希望。
「違うって、友達」
嘘…と呆然とする希望。
「あ、蒼葉。蒼葉もここ目当て?」
ちょっと声が震えてしまった。
「あれ、世那も?友達とか」
と、希望を見た瞬間、蒼葉の雰囲気が変わったことに気づいた。
また目が鋭い。
ちらっと希望を見てみると希望も勘がついたようでそんな雰囲気を醸し出している。
「希望?」
「どうしたんですか、世那さん」
良かった、戻った。
すると私の手が少し震えているのが分かったんだろう。
手を繋いで私を引っ張る。
「そろそろ行きましょうか」
「ま、またね!」
何も言わないのはまずいと思い、急いで言った。
希望に少し人気のない場所に連れて来られた。
私はへたり込んでしまう。
「世那さんは、分かってるんですか。アイツのこと」
「…うん」
「猛毒の蠍、風柳蒼葉じゃないですか!なんで仲良くなっちゃったんですか!」
「元々そんな、アイツだなんて知らなくて。さっきのスト路地で盛り上がっちゃって…」
「確かに面影は薄くはなってきていますが、私のことなんか一瞬でバレちゃいましたよ!」
私があのまま入学していたらどうなっていたんだろう。
すると、希望は私の背中をさすった。
「震えてるじゃないですか」
なんで震えているのか自分でも分からない。
「アイツが怖いんですか」
「怖いのは怖い」
「でも、世那さんが怖いのはアイツの暴力じゃない」
希望に全てを見透かされているような気がした。
「今の関係が壊れるのが怖いんじゃないですか?」
その通りだ。
「で、それは友達としてではなく、好きな人として」
「それは違う!蒼葉はただのオタ友だって」
「そんな今まで散々やってきた世那さんが友達でそんなに震えますか?」
「友達だから、だよ!蒼葉は違う、絶対違う」
暗示をするように言う。
「…世那さん。これからずっと逃げるんですか」
希望が私に目線を合わせて言う。
「えっ」
「これが本当の意味の正解ではないかもしれませんが。正体を明かした上でぶつかりにいかないと」
そんなの、怖すぎる。
もし、あの蒼葉の冷たい目が私に向けられたら私はどうなってしまうだろうか。
「考える時間はいくらでもあります。ですが、ダラダラ考えてんじゃねーですよ」
すると希望は立ち上がって、
「さあ、そろそろ帰りましょうか。お母様も心配なさるでしょうし。送りますよ」
私に手を差し伸べる。
そう言って私は希望に送られて帰った。
ダラダラ考えてんじゃねー、か。
翌日。
「おはよ」
今日も蒼葉は私に話しかけてくれる。
「おはよう。昨日、バタバタしててごめんね」
いつもより声の震えはない。
「それは大丈夫だけど。昨日隣にいた子って…」
やっぱり気になるのか。
どうしよう、今は言うときじゃない気がする。
「スト路地のことで最近友達になった子で。なんか慕ってくれてるんだよ」
よし、これで伏線は回収。
「へぇ」
そう少し疑うような返事をする蒼葉。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
そこで会話が途切れてしまった。
前はこんなことなかったのに。
なんか、寂しいな。
正体を晒した上でぶつかりに行く、か。
最近蒼葉と距離が出来始めた。
自分を偽るために蒼葉も、私も嘘をついている。
それがもどかしくて仕方がない。
前みたいに楽しく話したい。
スト路地のことに限らず、蒼葉ともっと喋りたいよ。
「蒼葉」
私は決心した。
もうこんな微妙な関係は嫌だ。
正面からぶつかりに行こう。
「ちょっとだけ大事な話があるんだけど、今日、大丈夫かな」
1時間目の後の休憩、私は蒼葉に話しかけた。
「あー、今日はちょっと予定あるわ。ごめん」
失敗だ。
「明日なら大丈夫」
この助言が助かるのだ。
「じゃあ、明日で」
そう約束した。
どこに来てもらおうか。
万が一喧嘩になってしまったら。
あの最後にあった路地裏がいいかな。
私は1人、トボトボと寒い道を帰る。
私に、度胸がないのかな。
あの頃の私だったらガツンと言うことができたのかな。
「嬢ちゃん」
そう聞こえたと思ったらそこには蒼葉、ではなくその兄がいた。
「お前、蒼葉の女だろ」
「…違いますけど」
どうやったらそう思えるんだ。
「これから蒼葉ボコすとこだけど、一緒に来る?」
「…は?」
兄が?
なんの必要があるんだ。
「ま、見学はいつでもどうぞ」
そう通り過ぎて行った。
何がいいたいんだろう。
彼女だと勘違いして蒼葉の苦しむ顔でも見たいのだろうか。
だとしても、蒼葉はやられない。
だって、一時期有名な奴だったもん。
称号までついているわけだし。
何も心配することはない。
そう言い聞かせて家に帰った。
だけど、本当に大丈夫なのかと思い始めてすぐに家を出る。
兄からは場所を聞いていない。
片っ端から覗いていくか。
すると、あの中学時代の蒼葉に最後にあった場所から声が聞こえてきた。
覗いてみるとうめき声が聞こえた。
…蒼葉だ。
いや、なんでやられてるのかが分からない。
でも周りには大勢の人がいる。
1人と大勢ってこと!?
それはあり得ない。
「っ、やめろって!」
「じゃあ反抗してみろよ」
「俺はもう足を洗ったんだよ!お前なんかの相手してたまるか!」
蒼葉は区切りをつけていたんだ。
じゃあ、
区切りがつけれない私は愚か者なのだろうか。
「来たよ」
兄の前に堂々と登場して見せる。
「…っ、世那!危ないって、…っ!」
私の瞳を見て気づいたのだろうか。
蒼葉が息を呑んだ。
「ほらほら、女は退けって。邪魔、」
そう言う兄を蹴りで転がせる。
「…っ、は!?」
「せっかくさ、弟は更生したのに兄がそんなんじゃ、ねぇ?」
足で突いてみる。
「まあ、別に勝手なんだけどさ。流石に…、知ってる人を見逃しておくわけにもいかないし」
私は頬を蹴った。
「生憎私は可愛い可愛い女の子じゃないわけ。残念だったね」
すると、周りの取り巻きが私に向かって襲いかかってくる。
こんなの、楽勝だ。
蒼葉にどれだけ鍛えられたと思ってるんだ。
それでも久しぶりなわけで少々傷つきながら制覇した。
「侮るんじゃないよ、大馬鹿どもが」
そう乱暴に吐き捨てた言葉は兄と周りの取り巻きと共に去っていった。
そこに2人になった私と蒼葉。
目がばっちり合っている。
蒼葉の方へ歩いて行った。
それを分かった上で私は蒼葉の頭を撫でた。
あの綺麗な目がメガネ越しではなく、直接私を見つめている。
そこではっと気づく。
私、蒼葉が好きなんだな、と。
こんなにあっさり、衝撃もなく気づいたことに少し寂しさを感じる。
まあ、前からそうだとは薄々気づいていたんだとは思うし。
それはそれでいいかな。
とそんなことを思っていると蒼葉は頭を撫でてる私の手を掴んだ。
「うわっ」
そのまま引き込み、私が痛くないように支えながら私を地面に押し倒す。
「奈々、だな」
そう言う蒼葉。
両手に蒼葉の手があってどうにもこうにも逃げられない。
私は目を逸らす。
あの頃と同じだ。
「震えてる。俺が怖い?」
何も言えない。
怖いのは怖いし、ドキドキする。
これは何て言う感情?
私は何も言わない代わりに、蒼葉の少し長い前髪を掻き上げた。
変わらない。
「アイツ」であり、「蒼葉」だ。
いまだに信じられない。
やっぱり顔の形が整っている。
手を頬の方に滑らせていくと、蒼葉は私の手を掴んだ。
そしてそのまま頬に当てている。
最初は自分からやったくせに恥ずかしすぎて顔が赤くなる。
「久しぶり」
「ああ」
綺麗に笑うな、この人。
「あの頃のも蒼葉だし、一緒にライブに行ったのも蒼葉、だよね」
「それ以外誰がいるんだよ」
ライブに行った時と前の蒼葉が混ざったような感じだ。
これが蒼葉の「素」なんだ。
「信じられないよ」
そうヘラっと笑うと蒼葉は私の手首を持って私を起こした。
そのまま私は座っている蒼葉の上に乗るような形になってしまった。
「世那」
そう呼ばれ、ますます顔が赤くなる。
そして背中に手が回されて抱きしめられた。
「ずっとこうしたかった」
聞こえるような聞こえないような声。
けど、私の耳にはちゃんと届いた。
殴られて蹴られてボロボロなはずなのに力はまだ全然ある。
だけど、力加減は絶妙で強くも優しい。
「今度から絶対飛び出してくんなよ。世那が怪我したら俺が困る」
喧嘩するんじゃないかと思っていた今日の私はなんだったんだ。
そんな雰囲気、一瞬もない。
「奈々が世那だって…、もうダメ。結局俺はお前が好きなんじゃん」
そう唐突に言われて顔が赤くなる。
必死に腕で隠すも耳まで赤くなってるだろう。
「何隠してんの」
「いや、だって蒼葉がそう言うこと言うから!」
「…何それ。都合のいい方に受け取るよ?いいの?」
蒼葉が余裕そうな顔をしている。
「…いいよ」
もうここでぶつかるしかない。
目を逸らした後、一瞬だけ蒼葉の目を見てこう言った。
「私も好きだよ、蒼葉」
すぐに目を逸らす。
こんなの、恥ずかしすぎて耐えられない。
「俺も世那が好き」
そう言って微笑む蒼葉。
ダメだ、恥ずかしくて嬉しくてもう分かんない。
「大事にする」
「…蒼葉が彼氏、なの?」
「うん」
「あー、ヤバい。なんか嬉しくて仕方ない」
「そんな可愛いこと言うな」
そう言うと蒼葉はそっと私の唇にキスを落とした。
「わっ」
「可愛い」
色っぽい目をしている蒼葉。
ちょっとちょっと、ここでそんな色気出したら終わりですよ蒼葉さん。
「ここ、他の人にも触らせた?」
私の唇の端を親指でなぞる。
「蒼葉が初めてだよっ、なんなら彼氏なんかできたことないし」
「俺が初めて?…嬉しい」
なんだ、この柔らかい表情。
見たことがない。
「あのさ…」
「ん?」
「あのお兄さん、どうするの?…いや、どうするのっておかしいな。えっと…」
「アイツ?…まあ、うん。それなりに対処しておこうかなって」
どうするんだろ…
「ずっと思ってたけど、世那の髪綺麗」
おろしている髪を少量掬い上げ、よく見る蒼葉。
「さらっさらじゃん」
そんなことを言われて少し恥ずかしくなる。
「蒼葉も眼鏡外せばいいのに」
「うーん、人と話すの緊張するからなぁ」
え、そんな理由…!?
私は少し驚いてしまったが、まあこれも蒼葉だろうと納得した。
「外して登校してみなよ。すぐに女子が群がるよ」
そう言いながら想像してみる。
「…あ、ごめん。なんでもない。もうずっとこのままでお願いします」
自分が嫌だってことに気づいてすぐさま訂正。
すると、蒼葉は笑い出した。
「嫉妬した?」
図星を突かれる。
私はコクリと首を動かした。
「…でも、これからのためにも蒼葉は眼鏡を外したらいいと思う!もし何かあれば人は多いほうがいいし…、せめて明日だけでも!」
私がそう言うと蒼葉は私の頭を撫でる。
「いっぱい考えてくれるな。うん、明日だけコンタクトにしようかな」
「そうしよう!」
そんな約束をして次の日。
蒼葉はコンタクトを付けてきた。
髪もいつもよりセットしてある。
「蒼葉!」
教室に入ってくるなり、周りが明らかにザワザワしていた。
「うん、やっぱりいいじゃん」
「そう言われると恥ずかしくなる」
蒼葉はそっぽを向いた。
「世那も、おろしてて雰囲気違うの、いい」
なんて恥ずかしそうに言うもんだから私の顔は次第に赤くなる。
蒼葉もイメチェンするなら、と私もハーフアップにしてきたのだ。
うん、髪型変えてきてよかった…!
なんて会話をすると、私の目にあるものが入る。
「っ、これスト路地ランダムアクキーの2等賞だと…!?」
蒼葉の鞄にひっそりついていたキーホルダーに目が言ってしまう。
「ゲットしました」
そう行った蒼葉の笑顔の攻撃は破壊級だ。
「ランダムアクキー、当たらなかったんだよなぁ。朔くん」
「くじ運がない世那に、はい」
そう出されたのは朔くんの1等賞のアクキーだった。
「っ!マジ、ですか」
「どうぞどうぞ」
「嬉しいです!」
私はゴソゴソと鞄の中を探る。
「では…、お返しに」
そう言って出したのはランダム缶バッジだった。
「はっ!?声優さんサイン入り…!?」
蒼葉の推し、なごみちゃんの缶バッジだった。
「…マジで貰っていいの…!?」
「私は1等賞貰っちゃったんで。どうぞ、お気遣いなく」
「ありがとうございます」
すると、どこからなのかつぶやいた声が聞こえてきた。
「猛獣の蠍…?」
私は声のした方に振り向く。
だけど、そう言っている様子の人はいなかった。
蒼葉を見てみると、気づいたようだった。
「まあ、今日限定だし」
「…ギリギリ、大丈夫かな」
なんて思ったのがダメだった。
翌日。
私も蒼葉も外見を元に戻したんだけども。
蒼葉の机に1人の男子がやってきた。
「風柳、お前って猛獣の蠍とかなんとかって…」
うん、バレた。
一瞬でバレたな。
って言うか、ぶつかってきたらどうすんだよ。
「いや、人違いじゃない?」
「同姓同名の?」
そこまで広まってんのか。
「で、雨雲は奈々だと」
私もか。
「…え、そう思う?」
「…は?」
男子は口を開けた。
「いや、バリバリ推し活してるけども」
「あー…」
「蒼葉も、同志なんですよ」
「っ、あー、ごめん、間違いだったかもしれない」
追い払えた。
あっさり追い払えたよ。
「びっくりした…」
「それにしても偏見がすごいな」
「それはそう」
2人して笑っていた。
私は冬休み、マフラーを付けて、私なりに服装にも気を遣って待っていた。
昨日の大雪で電車がだいぶ遅れているらしい。
そろそろ来るものだと思ったんだけどなぁ。
雪がぱらぱら降る夜の駅の外で待つ。
すると、後ろに気配がした。
何者かと、後ろを振り向いて思わず手を出してしまう。
「うおっ」
そんなことを言いながらしっかりと受け止めるのは蒼葉だった。
「っ、ご、ごめん!」
「いや、大丈夫だけど。寒いのにすごいな」
なんていう蒼葉もちゃんと掴んでいる。
人のこと言えないよ。
「ごめんな、遅れて」
「しょうがないよ。雪による遅延なんだし」
「そうなんだけど。格好がつかないっていうか」
なんて白い息を吐く蒼葉に思わず笑ってしまった。
「蒼葉が来てくれたことが嬉しいよ」
なんていうと、蒼葉の頬はますます赤くなる。
「ほんと、心臓に悪い」
と言うと私は蒼葉に手を取られ、そのまま蒼葉のポケットへ。
「(っ!)」
学校ではあんな普通に友達だったのに、今となるとその関係が違うってことを証明される。
蒼葉の初めて見たセンターパート。
そこから覗く、愛おしそうに見つめる蒼葉は紛れもなく私の彼氏なんだ。
「…かっこいいよ、蒼葉」
そう呟くと、バッと抱きしめられる。
「ちょっ、街中で!」
「もういないけど」
周りを見てみると、街灯が一つあるだけだった。
「やば、可愛い」
そう言ってそっと唇を重ねる。
「3年前、こうなると思ってなかったなぁ」
「それは私もだよ」
誰もいない夜。
雪が降る街灯の下。
蒼葉と甘いひと時を過ごしたのは誰も知らないだろう。
End.
もはや落書きではなく芸術と思うくらい。
そんな少し開けた路地裏で人を殴って蹴って投げて。
3年前の私はそんなことをしていた。
「奈々(なな)、終わった」
そう仲間呼ばれていた私は当時暴走族の頭だった。
「帰るよ」
典型的なヤンキーではなく、制服のままやっていたため情報は漏れているだろう。
まあ、黒マスクをしているからパッと見分からないとは思うけど。
「もう帰んのか」
そう言われ、目の前に人がいたことに初めて気づいた。
私の前に立ちはだかった男こそ私の一番の相手だ。
無駄に顔が整っている男。
付いたあだ名は「猛毒の蠍」。
髪を分け、その鋭い眼光から睨まれるのは私でも震え上がってしまうほど。
「用事は終わったんでね」
「俺とじゃあ殴り合うまでもないってか」
そんな私が余裕なこと言うため、食いつき気味で答える。
「決してそう言うわけじゃない」
「…どしたんだよ、最近。消極的じゃん」
「別にそう言うわけじゃないけど」
流石に本人の前で負けるからなんて言えるわけがない。
私は思い切って、手を出した。
見た目はほっそりしているがちゃんとした男。
多分今現在1番有名な奴だ。
私が勝てるわけがない。
そう思ったが、彼は後ろに倒れた。
私もバランスを崩して上に乗っかるように倒れる。
どうしたものか。
「油断してたら痛い目見るけど」
手首をバッと取られて身動きが制限されてしまった。
私は膝を立ててどうにか彼と距離を取る。
「この状態で不利なのはあんたの方だと思うんだけどね?」
彼の目を初めて見た。
びっくりした。
こんなに惹かれるような目があるのかと。
咄嗟に足までも出してしまい、私は地面に倒れる。
「っ…」
そりゃあ、強いよな。
「別に俺はお前が女だからって手加減はしない」
「嘘ついたね」
私は付いた砂を払いながら言った。
「私が男だったらあんたは骨が折れるくらい突き飛ばしてるはず」
「さあ、どうだろう」
「知ってるよ」
「俺の名前すら知らないのに?」
それはそうだ。
こいつの名前を知らない。
「なあ、奈々。何を知ってるんだ?」
名前まで漏れてるか。
「私が動くとさ、」
私は彼に向かって殴りを入れようとする。
だが、先に読まれて腕を掴まれ、そのまま地面に仰向けに落とされる。
「ほら、また手加減したね」
私は反対の手で彼の頬を撫でる。
少し体温が上がったように感じた。
「他の人だったらどうなの?」
「同じだろ」
「あんたのやり方は知ってるの。こんなに優しくない」
「…」
おそらく1番見ていると言っても過言ではない。
それを知っていて黙り込んだんだろう。
「それってさ」
「私が好きだからじゃないの?」
私の言葉に少しからずハッとした。
「自惚れてんのか」
だが、声はいつも通り落ち着いていた。
そういうと私の手を離して立った。
立ち去る気だ。
「次会った時には本気出してね」
私の言葉に背を向けて立ち去っていった。
その後あの男に会ったことはない。
と、中学を卒業し、私立高校に進学した。
今思うとあの出来事は黒歴史でしかない。
何が「私が好きだからじゃない?」だよ。
あれで好きなわけがない。
…でも、ああ言ったのは私自身、アイツに惹かれていたからかもしれない。
今でも思い出すと心臓がどくどくと早まるのを感じた。
「世那ちゃん〜」
奈々と呼ばれていた私の本名は雨雲世那。
普通の女子高校生の生活を送っています。
「教科書忘れたから見して〜!」
右側の隣の席である花奈(はな)は最近友達になった女子だ。
「いいけど…、何回目だよ」
「5回目です…、無くしちゃったんだよ〜!」
そういう花奈の姿を見て、モテるのも分かるような気がする。
だって、なんか可愛いもん。
「放課後一緒に探そ」
「ありがと世那ちゃん!やっぱ持つべきものは優しい友達だね!」
「花奈は彼氏がいるでしょ」
「あ、別れたんだよ」
そう告げられ何秒か声が出なかった。
「…え、4日前に付き合ったって言ってなかった!?」
「そうなんだよ!だけどもう浮気してたの!意味分かんない!」
花奈はモテるが男運はないらしい。
入学して8ヶ月は経つが、すでに高校生になってから12人の彼氏がいたらしい。
流石に引いてしまう。
「いつも言ってるじゃん。もうちょっと見極めなって!」
「そうなんだけど〜、って待って!今日って…、係集会じゃんかい!やっば、行ってくるね!世那ちゃん」
「いってらっしゃい」
バタバタと出ていった花奈。
目の前にメガネを掛けた1人の男子が通りすぎた。
と思ったら、戻ってきた。
「…これ、スト路地のグッズでしょ」
私のカバンにつけていたキーホルダーに目を向けていってきた。
「え、もしかして見てる…?」
スト路地とは、ストリート路地裏という曲とストーリーが合わさった感じのゲームだ。
キャラクターに声優さんの声が入っていて、カバーやオリジナル曲だったり、路地裏で活動するストリート系バンドの彼らの成長を記録されているアニメもある。
まあまあ人気だとは思ってたけど、身近にはファンがいなかったんだよな。
「俺毎日やってるわ」
そう言われた時、私の感性が悟った。
「「同志か」」
握手を交わして昼休み中はずっと語り合っていた。
「え、誰が好き?」
「俺なごみちゃんが好き」
「え、分かる。でも私は朔くんかな」
「実に分かりみが深い」
頷いてくれる。
こんなオタク感丸出しの会話だが周りのことなんて気にしない。
「ねえ、見て」
また次の日の朝、スマホの画面を見せてこう言ってきた。
「第3期もアニメ決定だって」
「マジか!」
「主題歌は『路上』…、PRISMが担当だって」
「PRISMって、最高か」
「いやそれな」
PRISMとはバンドグループだ。
バンドとは言えどどちらかというと爽やかなものを選ぶバンドだけど…
「楽しみがすぎる」
「あ、PRISMのミニライブがあるらしい。ライブだけじゃなくて、握手会とかも同じ日に開催するらしいよ」
もう今日が幸福でしかないんだが。
「一緒に行ったり…する?」
まさかあっちから誘ってくれるとは。
「もちろん行きましょうとも」
「決定な」
嬉しそうな顔をしている。
…と、私は重要なことを忘れていた。
「あ、どうも、雨雲世那です」
私は少しお辞儀をして言う。
私はこの男子の名前を知らない。
「…ほんとだ、言ってない。風柳蒼葉です」
ペコリと頭を下げる。
「もうここまで話しちゃったんだし、下の名前でいいよ」
「うわっ、友達っぽい」
こんなに男子と仲良くなったのは初めてかもしれない。
「じゃあ俺も下の名前でいいよ。実際、言いにくいしね」
「え、待って緊張する」
「俺も」
いざ言えって言われると声が出ない。
「世那」
そう言われてびっくりした。
「あ、蒼葉」
声が震えている。
「待って、恥ずかしい」
「それはそう」
そしてイベントに予約をして行く約束をした。
もちろん、抽選で当たった時は飛び跳ねて喜んだ。
「世那ちゃ〜ん、最近風柳といい感じじゃ〜ん」
昼休憩、そう花奈に言われてお茶を吹き出しそうになった。
「あのねぇ、そう言う感じじゃないから!」
「じゃあ何であんなに真剣に話してたの?」
「スト路地のことだよ」
「ああ〜、あれかぁ」
花奈に布教しようと思ったが、ダメだったらしい。
もっとふわふわしたものがいいらしく。
「今度イベントに行く約束もした!」
「もうデートじゃん」
もう花奈はすぐこの思考に辿り着く。
「そんな恋愛ごとに結びつけない!オタ友として推しとグループを楽しみに行くんだから」
「分かんないなぁ。ま、後ろついていっちゃお!」
「やめてくださいっ」
そして当日。
実に服を迷った。
テーマに合わせてストリート系にするか、無難な服装で行くか。
悩みに悩んだ末、なごみちゃんと同じような水色と黄色のパーカーとズボンで行くことにした。
待ち合わせ場所に行くと、蒼葉もストリート系の格好をしていた。
「あ、もしかしてなごみちゃん?」
「そう!合わせやすいかなって思って。そう言う蒼葉は朔くんでしょ」
「正解」
良かった、この服にしてきて。
「いやあ、楽しみだねぇ」
私は蒼葉の隣を歩いて
「そう言えば、世那ってPRISMにも興味…ある?」
「え、まさか蒼葉もPRISM好き?」
「好きだけど…」
「うん、気が合いすぎかな!」
「ほんとだよ」
まさかここまで合うなんて。
「美音ちゃんのかっこよくて可愛いのが好きなんだけど、分かる?」
「分かる。俺は作曲にMIXにギターにボーカルまでこなしちゃう雷都くんが好き」
「うわぁ…、もう共感しまくるよ」
「今日会えるって思ったら、なぁ?」
「心臓止まるかと思うよね!」
そんなことを話しているとすっかり会場についてしまい。
ミニライブだとか言ってたけど、もうこの範囲はミニじゃない。
普通の大規模ライブだ。
「気分が上がる〜!」
そこから一風変わったPRISMのライブをして、いよいよ握手会。
1人並べるのは1回。
また人数が多いため、並べるのも1人分だけらしい。
でも、時間は3分間ある。
蒼葉とは別行動で美音ちゃんの列に並ぶ。
いよいよ、順番だ。
「初めまして!み、美音です」
そこにいたのは絶世の美少女。
「こちらこそ初めまして、雨雲世那ですっ!あの、美音ちゃんの歌声が本当に大好きで!」
なんて、美音ちゃんの魅力を本人に伝えた上、ボイスももらって帰ってきた。
「蒼葉どうだった?」
「…いや、なんであんなかっこいいんだろうと」
「美音ちゃんが近くで見れば見るほど美少女なんだけど」
「幸せな時間だった」
そして余韻に浸りながら、蒼葉と帰り道を歩く。
すると、見覚えのある人を見つけた。
…アイツだ。
「蒼葉、」
そう横を見てみると、蒼葉が鋭い目つきをしていた。
「あのさ、用事ができちゃったって言うか、思い出しちゃったから先帰ってて」
蒼葉に知られるわけにはいかない。
普通に帰ってもらおうと思ったけど、そうにはいかなかった。
「いやごめん。俺も用事があるんだよな。じゃ、ここで解散でいい?」
そう言った蒼葉の声は優しかった。
いつもよりもっと優しかったので何かあると思った。
だけど、今はアイツを仕留めないと。
後々後悔する。
「じゃ、またどっか行こうね」
「うん。またな」
そう言って蒼葉が見えなくなってから走り出した。
この時、蒼葉も同じ行動をしているとは思いもしなかった。
心当たりがあったのはアイツと最後にいたあの路地裏。
覗いてみると、アイツが人を掴んでいた。
周りには何人もの人が倒れていた。
久しぶりに見たよ、この光景。
そしてアイツの声がした。
「最近何してんだよ、蒼葉」
そう言われた途端、びっくりした。
蒼葉が胸ぐらを掴まれていたのだ。
「こんなダッサいメガネかけて。大丈夫?」
そうして蒼葉のメガネが強引に外されてレンズを踏みつけられた。
「別に関係ないだろ」
その声は私と話す時よりもずっと冷たかった。
「いいよ、その目。久しぶりじゃん」
アイツは面白そうな顔をした。
でも、何か違和感がある。
顔立ちも似てるし、声も高校生ならば低くなるだろうけど、なにか違った。
「さっきの女?何、彼女?」
「違うけど」
「ま、そうだろうな。あんな奴、お前と釣り合うわけがない」
そう言った時、蒼葉は手を出した。
その一撃で飛んでいくアイツ。
「お前に殴られたの、何年振り?でも言って1年振りか」
その雰囲気で分かった。
「一時期お前有名だったもんな?なんだっけ、猛毒の蠍、か」
そうだ、この男こそ、あの猛毒の蠍だ。
でもじゃあ、あの男は?
「あの時だったらお前の兄として光栄だったんだけどな。今ひよってるからな」
私は怖くなってすぐその場を後にした。
まさか、蒼葉がアイツだったなんて。
次の日。
私の後で教室に入ってきた蒼葉。
「おはよ」
「お、おはよう…」
バレたら死んでしまう。
だけど動揺してしまって声が震える。
「どした?…もしかして、昨日の用事とか?良かったら話聞こうか?」
昨日の用事までは合ってる。
だけど、本人に言うことになる。
「いや、大丈夫」
「そう?」
私が奈々だって知ったらどんな顔をするだろうか。
「蒼葉は大丈夫だった?昨日の用事」
なんて答えるだろうか。
「あー、うん、大丈夫だったよ」
あの最後、やり返したのかな。
「私もギリギリ間に合ったよ」
私は動揺を隠すために当たり障りのない回答を出した。
「あ、メガネ変わったんだね」
「そう、度が合わなくなってさ。よく気付いたな」
「うん、ちょっとキリッとしたね」
「そう?」
また嘘をついた。
あの兄に潰されたからだろう。
そもそも見た限り蒼葉はそんなに目が悪くない。
度を薄くしている場合もあるが、昨日の様子を見ると普通に見えていたと思う。
誠実そうで嘘を吐きまくっているんだろうか。
またある日。
今日は休日だった。
スト路地をダラダラやっていたら、インターホンが鳴った。
お母さんがでていく。
「師匠います?」
そう言ったのは昔の友達だった。
「し、師匠!?」
お母さんはびっくりしている。
いや、中学時代は知ってるけどなぁ。
「希望(のぞみ)」
「あ、師匠!お久しぶりです〜」
三崎希望は私が当時トップだった頃の仲間だ。
「ちょっ、師匠って呼ばれてたの!?」
2回目だよ、それ。
「希望特有だから」
みんなは名前で呼んでたし。
改めて希望を見てみると、少し荒っぽさは残っているもののちゃんと制服を着ていた。
あれ、もしかしてこの制服って…
「綾衣学園!?」
綾衣学園とはここらへんでは偏差値が高い学校として有名なところだ。
「よく分かりましたね」
まさか、希望が綾衣学園だとは。
これもう私師匠って呼ばれる資格ないんじゃ…
「師匠今大丈夫ですか?」
「あ、どっか行く?いいよ、準備してくる」
「すみません、急で」
私は部屋着を着替えて外に出る。
「師匠、変わりましたね」
「いや、希望もだよ。あと、師匠じゃなくていいよ」
「え、でも…」
「師匠じゃ怪しまれちゃうじゃん」
「うわぁ、それもそうですね。じゃ、じゃあ、奈々さん」
ぎこちなく言う希望。
「世那」
「せな?」
「うん」
「ま、まさか本名…!?」
「正解」
「ちょっ、言ったらダメですって!」
「でも、奈々の方がバレやすいよね?」
奈々と呼ばせたくなくて、無理やりに追い詰める。
「…それにしても師匠、綺麗な名前ですね。世那、か」
希望がなにか呟き出した。
「奈々だと可愛いイメージがあるんですが、世那は今のキリッとしながらも可愛らしさがある世那さんにぴったりです」
希望のこのしれっと忍ばせてくるところが好きなんだよな。
「最近、どうなんですか」
歩きながら聞いてくる希望。
「どうって…」
「男の子はできましたか?」
「男の子って、そんな、できるわけないじゃん!」
急に聞いてくるものでびっくりしてしまった。
「またジメジメしてるんでしょ」
「いや、友達はいるし!」
蒼葉は友達として括っていいのだろうか。
これはちゃんと希望に話した方がいい?
…いや、これは組の問題じゃなくて私自身の問題。
私情を挟むわけにはいかない。
少し商店街を歩く。
ここは賑わってるから誰にも聞かれない。
あえての場所選択だ。
と、私はめぼしいものを見つけた。
「スト路地じゃんか!」
瞬く間にその店に入る。
そこはいつも行っている店の違う店舗だった。
「ちょっ、世那さん!」
希望が焦っていることにも気付かず、中へ入っていく。
ここは種類が豊富だ。
いいところを発見した。
「せ、世那さん…、行動早すぎですよ…」
少し遅れて私のところにやってくる希望.
「あっ、ごめん」
「…アニメ、ですか?」
「アニメ…、でもあるし…、うーん」
パッと答えることができる部類ではない。
「可愛いですね」
「分かってくれる!?」
よし、このまま希望をスト路地の沼に落としてしまおう。
そう思った瞬間、後ろから声がかかった。
「世那?」
振り向いてみると、蒼葉がいた。
前なら何も考えずに話せていただろうけど。
「待って、世那さん。男の子じゃないですか!」
少し騒ぎ出す希望。
「違うって、友達」
嘘…と呆然とする希望。
「あ、蒼葉。蒼葉もここ目当て?」
ちょっと声が震えてしまった。
「あれ、世那も?友達とか」
と、希望を見た瞬間、蒼葉の雰囲気が変わったことに気づいた。
また目が鋭い。
ちらっと希望を見てみると希望も勘がついたようでそんな雰囲気を醸し出している。
「希望?」
「どうしたんですか、世那さん」
良かった、戻った。
すると私の手が少し震えているのが分かったんだろう。
手を繋いで私を引っ張る。
「そろそろ行きましょうか」
「ま、またね!」
何も言わないのはまずいと思い、急いで言った。
希望に少し人気のない場所に連れて来られた。
私はへたり込んでしまう。
「世那さんは、分かってるんですか。アイツのこと」
「…うん」
「猛毒の蠍、風柳蒼葉じゃないですか!なんで仲良くなっちゃったんですか!」
「元々そんな、アイツだなんて知らなくて。さっきのスト路地で盛り上がっちゃって…」
「確かに面影は薄くはなってきていますが、私のことなんか一瞬でバレちゃいましたよ!」
私があのまま入学していたらどうなっていたんだろう。
すると、希望は私の背中をさすった。
「震えてるじゃないですか」
なんで震えているのか自分でも分からない。
「アイツが怖いんですか」
「怖いのは怖い」
「でも、世那さんが怖いのはアイツの暴力じゃない」
希望に全てを見透かされているような気がした。
「今の関係が壊れるのが怖いんじゃないですか?」
その通りだ。
「で、それは友達としてではなく、好きな人として」
「それは違う!蒼葉はただのオタ友だって」
「そんな今まで散々やってきた世那さんが友達でそんなに震えますか?」
「友達だから、だよ!蒼葉は違う、絶対違う」
暗示をするように言う。
「…世那さん。これからずっと逃げるんですか」
希望が私に目線を合わせて言う。
「えっ」
「これが本当の意味の正解ではないかもしれませんが。正体を明かした上でぶつかりにいかないと」
そんなの、怖すぎる。
もし、あの蒼葉の冷たい目が私に向けられたら私はどうなってしまうだろうか。
「考える時間はいくらでもあります。ですが、ダラダラ考えてんじゃねーですよ」
すると希望は立ち上がって、
「さあ、そろそろ帰りましょうか。お母様も心配なさるでしょうし。送りますよ」
私に手を差し伸べる。
そう言って私は希望に送られて帰った。
ダラダラ考えてんじゃねー、か。
翌日。
「おはよ」
今日も蒼葉は私に話しかけてくれる。
「おはよう。昨日、バタバタしててごめんね」
いつもより声の震えはない。
「それは大丈夫だけど。昨日隣にいた子って…」
やっぱり気になるのか。
どうしよう、今は言うときじゃない気がする。
「スト路地のことで最近友達になった子で。なんか慕ってくれてるんだよ」
よし、これで伏線は回収。
「へぇ」
そう少し疑うような返事をする蒼葉。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
そこで会話が途切れてしまった。
前はこんなことなかったのに。
なんか、寂しいな。
正体を晒した上でぶつかりに行く、か。
最近蒼葉と距離が出来始めた。
自分を偽るために蒼葉も、私も嘘をついている。
それがもどかしくて仕方がない。
前みたいに楽しく話したい。
スト路地のことに限らず、蒼葉ともっと喋りたいよ。
「蒼葉」
私は決心した。
もうこんな微妙な関係は嫌だ。
正面からぶつかりに行こう。
「ちょっとだけ大事な話があるんだけど、今日、大丈夫かな」
1時間目の後の休憩、私は蒼葉に話しかけた。
「あー、今日はちょっと予定あるわ。ごめん」
失敗だ。
「明日なら大丈夫」
この助言が助かるのだ。
「じゃあ、明日で」
そう約束した。
どこに来てもらおうか。
万が一喧嘩になってしまったら。
あの最後にあった路地裏がいいかな。
私は1人、トボトボと寒い道を帰る。
私に、度胸がないのかな。
あの頃の私だったらガツンと言うことができたのかな。
「嬢ちゃん」
そう聞こえたと思ったらそこには蒼葉、ではなくその兄がいた。
「お前、蒼葉の女だろ」
「…違いますけど」
どうやったらそう思えるんだ。
「これから蒼葉ボコすとこだけど、一緒に来る?」
「…は?」
兄が?
なんの必要があるんだ。
「ま、見学はいつでもどうぞ」
そう通り過ぎて行った。
何がいいたいんだろう。
彼女だと勘違いして蒼葉の苦しむ顔でも見たいのだろうか。
だとしても、蒼葉はやられない。
だって、一時期有名な奴だったもん。
称号までついているわけだし。
何も心配することはない。
そう言い聞かせて家に帰った。
だけど、本当に大丈夫なのかと思い始めてすぐに家を出る。
兄からは場所を聞いていない。
片っ端から覗いていくか。
すると、あの中学時代の蒼葉に最後にあった場所から声が聞こえてきた。
覗いてみるとうめき声が聞こえた。
…蒼葉だ。
いや、なんでやられてるのかが分からない。
でも周りには大勢の人がいる。
1人と大勢ってこと!?
それはあり得ない。
「っ、やめろって!」
「じゃあ反抗してみろよ」
「俺はもう足を洗ったんだよ!お前なんかの相手してたまるか!」
蒼葉は区切りをつけていたんだ。
じゃあ、
区切りがつけれない私は愚か者なのだろうか。
「来たよ」
兄の前に堂々と登場して見せる。
「…っ、世那!危ないって、…っ!」
私の瞳を見て気づいたのだろうか。
蒼葉が息を呑んだ。
「ほらほら、女は退けって。邪魔、」
そう言う兄を蹴りで転がせる。
「…っ、は!?」
「せっかくさ、弟は更生したのに兄がそんなんじゃ、ねぇ?」
足で突いてみる。
「まあ、別に勝手なんだけどさ。流石に…、知ってる人を見逃しておくわけにもいかないし」
私は頬を蹴った。
「生憎私は可愛い可愛い女の子じゃないわけ。残念だったね」
すると、周りの取り巻きが私に向かって襲いかかってくる。
こんなの、楽勝だ。
蒼葉にどれだけ鍛えられたと思ってるんだ。
それでも久しぶりなわけで少々傷つきながら制覇した。
「侮るんじゃないよ、大馬鹿どもが」
そう乱暴に吐き捨てた言葉は兄と周りの取り巻きと共に去っていった。
そこに2人になった私と蒼葉。
目がばっちり合っている。
蒼葉の方へ歩いて行った。
それを分かった上で私は蒼葉の頭を撫でた。
あの綺麗な目がメガネ越しではなく、直接私を見つめている。
そこではっと気づく。
私、蒼葉が好きなんだな、と。
こんなにあっさり、衝撃もなく気づいたことに少し寂しさを感じる。
まあ、前からそうだとは薄々気づいていたんだとは思うし。
それはそれでいいかな。
とそんなことを思っていると蒼葉は頭を撫でてる私の手を掴んだ。
「うわっ」
そのまま引き込み、私が痛くないように支えながら私を地面に押し倒す。
「奈々、だな」
そう言う蒼葉。
両手に蒼葉の手があってどうにもこうにも逃げられない。
私は目を逸らす。
あの頃と同じだ。
「震えてる。俺が怖い?」
何も言えない。
怖いのは怖いし、ドキドキする。
これは何て言う感情?
私は何も言わない代わりに、蒼葉の少し長い前髪を掻き上げた。
変わらない。
「アイツ」であり、「蒼葉」だ。
いまだに信じられない。
やっぱり顔の形が整っている。
手を頬の方に滑らせていくと、蒼葉は私の手を掴んだ。
そしてそのまま頬に当てている。
最初は自分からやったくせに恥ずかしすぎて顔が赤くなる。
「久しぶり」
「ああ」
綺麗に笑うな、この人。
「あの頃のも蒼葉だし、一緒にライブに行ったのも蒼葉、だよね」
「それ以外誰がいるんだよ」
ライブに行った時と前の蒼葉が混ざったような感じだ。
これが蒼葉の「素」なんだ。
「信じられないよ」
そうヘラっと笑うと蒼葉は私の手首を持って私を起こした。
そのまま私は座っている蒼葉の上に乗るような形になってしまった。
「世那」
そう呼ばれ、ますます顔が赤くなる。
そして背中に手が回されて抱きしめられた。
「ずっとこうしたかった」
聞こえるような聞こえないような声。
けど、私の耳にはちゃんと届いた。
殴られて蹴られてボロボロなはずなのに力はまだ全然ある。
だけど、力加減は絶妙で強くも優しい。
「今度から絶対飛び出してくんなよ。世那が怪我したら俺が困る」
喧嘩するんじゃないかと思っていた今日の私はなんだったんだ。
そんな雰囲気、一瞬もない。
「奈々が世那だって…、もうダメ。結局俺はお前が好きなんじゃん」
そう唐突に言われて顔が赤くなる。
必死に腕で隠すも耳まで赤くなってるだろう。
「何隠してんの」
「いや、だって蒼葉がそう言うこと言うから!」
「…何それ。都合のいい方に受け取るよ?いいの?」
蒼葉が余裕そうな顔をしている。
「…いいよ」
もうここでぶつかるしかない。
目を逸らした後、一瞬だけ蒼葉の目を見てこう言った。
「私も好きだよ、蒼葉」
すぐに目を逸らす。
こんなの、恥ずかしすぎて耐えられない。
「俺も世那が好き」
そう言って微笑む蒼葉。
ダメだ、恥ずかしくて嬉しくてもう分かんない。
「大事にする」
「…蒼葉が彼氏、なの?」
「うん」
「あー、ヤバい。なんか嬉しくて仕方ない」
「そんな可愛いこと言うな」
そう言うと蒼葉はそっと私の唇にキスを落とした。
「わっ」
「可愛い」
色っぽい目をしている蒼葉。
ちょっとちょっと、ここでそんな色気出したら終わりですよ蒼葉さん。
「ここ、他の人にも触らせた?」
私の唇の端を親指でなぞる。
「蒼葉が初めてだよっ、なんなら彼氏なんかできたことないし」
「俺が初めて?…嬉しい」
なんだ、この柔らかい表情。
見たことがない。
「あのさ…」
「ん?」
「あのお兄さん、どうするの?…いや、どうするのっておかしいな。えっと…」
「アイツ?…まあ、うん。それなりに対処しておこうかなって」
どうするんだろ…
「ずっと思ってたけど、世那の髪綺麗」
おろしている髪を少量掬い上げ、よく見る蒼葉。
「さらっさらじゃん」
そんなことを言われて少し恥ずかしくなる。
「蒼葉も眼鏡外せばいいのに」
「うーん、人と話すの緊張するからなぁ」
え、そんな理由…!?
私は少し驚いてしまったが、まあこれも蒼葉だろうと納得した。
「外して登校してみなよ。すぐに女子が群がるよ」
そう言いながら想像してみる。
「…あ、ごめん。なんでもない。もうずっとこのままでお願いします」
自分が嫌だってことに気づいてすぐさま訂正。
すると、蒼葉は笑い出した。
「嫉妬した?」
図星を突かれる。
私はコクリと首を動かした。
「…でも、これからのためにも蒼葉は眼鏡を外したらいいと思う!もし何かあれば人は多いほうがいいし…、せめて明日だけでも!」
私がそう言うと蒼葉は私の頭を撫でる。
「いっぱい考えてくれるな。うん、明日だけコンタクトにしようかな」
「そうしよう!」
そんな約束をして次の日。
蒼葉はコンタクトを付けてきた。
髪もいつもよりセットしてある。
「蒼葉!」
教室に入ってくるなり、周りが明らかにザワザワしていた。
「うん、やっぱりいいじゃん」
「そう言われると恥ずかしくなる」
蒼葉はそっぽを向いた。
「世那も、おろしてて雰囲気違うの、いい」
なんて恥ずかしそうに言うもんだから私の顔は次第に赤くなる。
蒼葉もイメチェンするなら、と私もハーフアップにしてきたのだ。
うん、髪型変えてきてよかった…!
なんて会話をすると、私の目にあるものが入る。
「っ、これスト路地ランダムアクキーの2等賞だと…!?」
蒼葉の鞄にひっそりついていたキーホルダーに目が言ってしまう。
「ゲットしました」
そう行った蒼葉の笑顔の攻撃は破壊級だ。
「ランダムアクキー、当たらなかったんだよなぁ。朔くん」
「くじ運がない世那に、はい」
そう出されたのは朔くんの1等賞のアクキーだった。
「っ!マジ、ですか」
「どうぞどうぞ」
「嬉しいです!」
私はゴソゴソと鞄の中を探る。
「では…、お返しに」
そう言って出したのはランダム缶バッジだった。
「はっ!?声優さんサイン入り…!?」
蒼葉の推し、なごみちゃんの缶バッジだった。
「…マジで貰っていいの…!?」
「私は1等賞貰っちゃったんで。どうぞ、お気遣いなく」
「ありがとうございます」
すると、どこからなのかつぶやいた声が聞こえてきた。
「猛獣の蠍…?」
私は声のした方に振り向く。
だけど、そう言っている様子の人はいなかった。
蒼葉を見てみると、気づいたようだった。
「まあ、今日限定だし」
「…ギリギリ、大丈夫かな」
なんて思ったのがダメだった。
翌日。
私も蒼葉も外見を元に戻したんだけども。
蒼葉の机に1人の男子がやってきた。
「風柳、お前って猛獣の蠍とかなんとかって…」
うん、バレた。
一瞬でバレたな。
って言うか、ぶつかってきたらどうすんだよ。
「いや、人違いじゃない?」
「同姓同名の?」
そこまで広まってんのか。
「で、雨雲は奈々だと」
私もか。
「…え、そう思う?」
「…は?」
男子は口を開けた。
「いや、バリバリ推し活してるけども」
「あー…」
「蒼葉も、同志なんですよ」
「っ、あー、ごめん、間違いだったかもしれない」
追い払えた。
あっさり追い払えたよ。
「びっくりした…」
「それにしても偏見がすごいな」
「それはそう」
2人して笑っていた。
私は冬休み、マフラーを付けて、私なりに服装にも気を遣って待っていた。
昨日の大雪で電車がだいぶ遅れているらしい。
そろそろ来るものだと思ったんだけどなぁ。
雪がぱらぱら降る夜の駅の外で待つ。
すると、後ろに気配がした。
何者かと、後ろを振り向いて思わず手を出してしまう。
「うおっ」
そんなことを言いながらしっかりと受け止めるのは蒼葉だった。
「っ、ご、ごめん!」
「いや、大丈夫だけど。寒いのにすごいな」
なんていう蒼葉もちゃんと掴んでいる。
人のこと言えないよ。
「ごめんな、遅れて」
「しょうがないよ。雪による遅延なんだし」
「そうなんだけど。格好がつかないっていうか」
なんて白い息を吐く蒼葉に思わず笑ってしまった。
「蒼葉が来てくれたことが嬉しいよ」
なんていうと、蒼葉の頬はますます赤くなる。
「ほんと、心臓に悪い」
と言うと私は蒼葉に手を取られ、そのまま蒼葉のポケットへ。
「(っ!)」
学校ではあんな普通に友達だったのに、今となるとその関係が違うってことを証明される。
蒼葉の初めて見たセンターパート。
そこから覗く、愛おしそうに見つめる蒼葉は紛れもなく私の彼氏なんだ。
「…かっこいいよ、蒼葉」
そう呟くと、バッと抱きしめられる。
「ちょっ、街中で!」
「もういないけど」
周りを見てみると、街灯が一つあるだけだった。
「やば、可愛い」
そう言ってそっと唇を重ねる。
「3年前、こうなると思ってなかったなぁ」
「それは私もだよ」
誰もいない夜。
雪が降る街灯の下。
蒼葉と甘いひと時を過ごしたのは誰も知らないだろう。
End.

