「今朝、満開になった。まるで桜の回復を祝福しているみたいだな」

 桜を生で見て、言葉を失う。こんなに美しい花の名が私と同じなんて誇らしい。

「今年の桜は特別に綺麗に見える」

 慎太郎の声音が甘くなると、佐々木医師が看護師を連れて退出していった。

 人気がなくなり、身体を寄せ合う。

「ねぇ、毎日泣いてたって本当?」

「……まぁな。先輩は完璧なオペって言ったが、かなり難しいものだった。先輩が第一助手じゃなかったらと考えると今でも怖い。桜を失うのがこんなにも怖い」

 震えた指を広げて見せてくる。慎太郎の薬指にも指輪がはめられており、そっと重ねてみた。

「私が眠っている間に結婚式をしてしまったの? ウェディングドレス、着てみたかったのに」

 慎太郎はベッドの縁に腰掛け、私を優しく包み込む。

「この指輪はおまじないみたいなもの。桜と俺を繋いで下さいって、な。今度、正式なやつを贈る。で、ウェディングドレスも選ぼう。お色直し、百回しようぜ?」

「もう、気が早い。それに私はモデルじゃないんだから百回もお色直しなんてしないよ」

「あぁ、そうだ、桜はヴァイオリニストだ」

「違うわ」

「え?」

 目をしばたたかせる彼に私は言う。

「私は当然ヴァイオリニストであるけれど。それと同時にあなたのお嫁さんでしょう? 今、プロポーズの返事をするわ。私と結婚して、慎太郎」

「ーーなんで俺の奥さんはここぞの場面で、こうも男前なんだ」

「それで、お返事は?」

「喜んで、一緒に幸せになろう」

 くしゃりと笑う慎太郎。俺様医師と揶揄されるが、彼には無邪気な笑顔が似合う。

 慎太郎は春のように温かく、お日様の匂いがする。