真田氏は昨日と打って変わり、ラフな装い。後ろに撫で付けていた前髪を下ろすと雑誌に載った姿に近いか。

 私はヴァイオリニストでありながら写真集を出したが、彼は彼でファッション誌の表紙を飾っていた。

「……怪我がないなら良かったです。それでは」

 ここは見なかった事にするのが最適解だろう。踵を返す。と、背後で真田氏が吹き出した。

「あははっ、そんな派手な変装をしておいて他人の振りは無理ですって、伊集院桜さん」

「ーーえ?」

 振り向いた拍子にサングラスの奥を覗き込まれる。そちら側からは見通せないはずなのに緊張してしまい、反らす。

「サングラスと帽子はハイブランド。それから高機能マスクは手術を見据えたウィルス対策ですか? 一応言っておきますが、かなり目立ってますよ」

「……」

 これは完全に私だとバレていた。

「いやぁ、こんな場所で奇遇ですね。お散歩ですか?」

「あなたって、醜態を見られても全然焦らないのね。私なら恥ずかしくてこの場に居られないけど」

「あぁ! サングラスしていてくれて助かった! クールなミューズに素顔で罵られたら新たな性癖に目覚めてしまいそうだ。ちなみに昨日はご両親の前で盛大に振られ、なかなか寝付けませんでした。よくも恥をかかせやがったな、コノヤロー」

「後半、本音がだだ漏れですよドクター。お疲れなんでしょう。早く帰って寝た方がいいです」

 変に申し開きをするより、被っていた猫を豪快に脱ぎ捨てる真田氏。その選択はベターだ。

 母の演技で慣られ、私は大抵の猫かぶりを見破れる。初対面の彼に違和感を覚え、誘いを断ったのもその為。