◯夜・晩餐会のダンスホール

豪華なダンスホールの真ん中で、未来の日菜と皐月がダンスを踊っている。
皐月「この時間が永遠に終わらなければいい」
皐月「日菜」
皐月「あなたのことを愛しています」
とびきり美しい顔で日菜に愛を囁く皐月。
皐月の言葉を聞いて頬を染め、少し切なく皐月を見上げる日菜。

◯夜空・満月

モノローグ【暗闇の中にいた私を導いてくれたあなたは、まるで闇夜を照らす月の光のような人だった】

◯夜明け前の冬の街角・雪がちらちらと降っている

鷹也(たかや)「日菜っ!」
新聞配達中に声をかけられ振り向く日菜(セミロングのストレートヘア。明るい雰囲気の少女)。
声をかけたのは日菜の幼なじみの青年であるパン屋の跡取り息子・鷹也(短髪で活発な雰囲気の青年)。
パン屋の裏庭の柵を隔てて向き合う二人。
日菜「おはよう鷹也」
鷹也「おはよ。今日も早いな」
日菜「そっちこそ。朝の仕込み、おつかれさま。はいこれ新聞」
鷹也「はいよ。日菜にはこれな」
日菜「えっ?」
日菜が渡した新聞と引き換えに、鷹也から紙袋に入ったパンが手渡される。
中身を見て嬉しそうにする日菜。
鷹也「持ってけよ。ちょっと形が悪いから売り物にはできないけど、味は普通のやつと変わらないから」
日菜「ありがとう、助かる」
鷹也「おう。今日はどこにいくんだ?」
日菜「新聞配達が終わったらホテルの清掃。夜は居酒屋だよ」
鷹也「そっか。気をつけてな」
日菜「うん! 行ってきます!」
元気に振る舞う日菜を心配しつつも笑顔で見送る鷹也。
笑顔で駆け出す日菜。
【菅野日菜、高校2年生】
【私は今、訳あって学校を休学し、朝から晩までアルバイトに励んでいる】
【その訳というのは――】

◯回想・日菜の自宅

日菜「倒産!?」
父「ああ。本当に申し訳ない」
驚く日菜に平謝りする日菜の父親。
【小学生のときに事故で母を亡くした私は、それからずっと父と二人で生活してきた】
【その父が経営していた小さな会社が、不況の煽りを受けて倒産してしまったのだ】
【それも、多額の借金を残して】
日菜「借金っていくらくらいなの」
手で5を出す日菜の父親。
日菜「500万?」
父「あと一桁多いかなぁ」
日菜「ご、5000万……」
苦笑いの父親と、顔色真っ青で頭を抱える日菜。
父「迷惑をかけて申し訳ない。すぐに返済して帰ってくるから、日菜は何も心配しないでくれ!」
ギャグっぽい絵で悪そうな人たちに連れ去られる父親。
日菜「ちょっとお父さんっ!?」
一人家に取り残され呆然とする日菜。
回想終了。

◯夕方・バイト先のホテルの休憩室

日菜「(“心配しないでくれ”なんて、そんなのできるわけないでしょ……!)」
髪を束ねてエプロンの制服を着ている日菜。
ぷんぷんと怒った表情をしている。
【というわけで、少しでも早く借金の返済ができるように、私もこうして働いているわけなのだけれど】
休憩中の従業員が行き交うなか、頬杖をつき通帳を眺める日菜。
【あれから3ヶ月、一日も休まず朝から晩までバイトをして、バイトに入れない深夜は内職で稼いで、それでもやっと150万円】
日菜「(5000万円なんて大金、いつになったら完済できるの……)」
【だけど弱音を吐いていたって、この状況は何も変わらない】
【それなら少しでもたくさん働いて、お金を稼がなきゃ】
日菜「(夕方から居酒屋の予定だったけれど、今日は人手が足りているから休んでと言われちゃったし)」
日菜「(アプリで今からでも入れるバイトを探さないと)」
通帳を片付け、スマートフォンを操作する日菜。
誰かの声「ええっ、本当!?」
そこに女の子の大きな声が響く。
ハッとして顔を上げる日菜の視線の先には三人の女性たち(20歳くらい)。
何事かと不思議に思う日菜に、隣から日菜と同じ清掃係の女性(40代くらい)がこっそりと耳打ちをする。
女性「今晩ね、大ホールを貸し切って、金持ちの御曹司たちが同窓会をするんだって」
日菜「同窓会ですか?」
女性「ああ。だからあの子たち、給仕の傍らで誰かの目に留まらないかと盛り上がっているのさ」
呆れたように呟く女性に、日菜はなるほどと頷く。
女の子1「皐月様もいらっしゃるんだって!」
女の子2「皐月様って、あの黒宮家の?」
女の子3「そうそう! 私、このあいだクラブラウンジで見かけたよ! すっごく綺麗な人だった」
【どうやら今夜の同窓会には、とびきり綺麗なことで有名な御曹司がやってくるらしい】
日菜「(黒宮って銀行とか証券会社の経営をしてる、元財閥だよね? 私でも知ってる)」
顔の見えない皐月のショット(長身でさらさらのショートヘア、タキシード姿)。
女の子3「透けるような金髪で、あのオレンジ色の目(※本当はアンバーという色)も素敵でね……!」
女の子2「でも遊び人だって噂でしょ? 庶民の女の子ばっかりをとっかえひっかえしてるひどい人だって」
女の子1「私の知り合いにもいるよ。何回か遊んで振られたって子」
【けれど綺麗な顔でたくさんの女の人を惑わし、彼女たちの元を転々とするだなんて】
日菜「(なにそれ、最低な人)」
皐月の噂話に苦い顔をする日菜。
そんな日菜とは対照的に女の子たちは盛り上がっている。
女の子1「でも遊び人だっていいよ。あんなに綺麗な人なんだもの」
女の子3「だよねー! たった一日でもいいから、あんな人と恋をしてみたいなぁ」
女の子2「今日の夜、声かけられちゃったらどうする!?」
女の子1・3「どうしよーっ!」
女の子たちの黄色い声に遠い目をしながら耳を傾ける日菜。
日菜「(恋、かぁ……)」
日菜「(まぁ私には縁のないことだけど)」
諦めた顔でもう一度スマートフォンに視線を落とす。
上司「菅野さんはいるかい?」
そこに突然、上司である男性(50代くらい)から日菜に声がかかる。

◯休憩室を出た廊下

日菜「給仕の仕事を私がですか……?」
上司「ああ。インフルエンザで出勤できない職員が多くてね。菅野さんなら代わりに入ってくれるのではないかと思ったんだけれど、どうかな」
思わぬ話に驚く日菜。
日菜「(でも私、給仕なんてやったことないんだけど……)」
上司「時間超過になるからね。給料は割り増しで出してもらえるよ」
やったことのない仕事を振られて不安になる日菜だが、“給料割り増し”言葉で目の色を変える。
日菜「やります! やらせてください!」
上司「君ならそう言ってくれると思ったよ」
目を輝かせる日菜を見て、ご満悦といったふうに笑う上司。

◯大ホールの前の扉

上司「君はお客様の相手をせずに、空いた皿やグラスを回収してきてくれるだけでいいから」
デフォルメ絵で明るく言う上司。
日菜「(とは言われたものの、上手くできるかなぁ……)」
給仕係の制服である清楚なエプロンワンピースに着がえ、緊張した面持ちの日菜。
目の前には大ホールへと続く大きな扉がある。
【緊張しててもしょうがない】
【せっかく仕事をもらったんだから頑張らなきゃ】

◯大ホールの中
ドキドキしながらその大きな扉を開くと、シャンデリアの煌々とした明るさの中で、すでに同窓会は行われていた。
たくさんの円卓の上には豪華な料理や飲み物が置いてある。
日菜「え……?」
しかし御曹司たちのパーティーだというからさぞかし優雅な空間なのだろうと思っていた日菜だけれど、当の彼らは飲めや食えやの大騒ぎをしていたのだった。
日菜「(お金持ちの御曹司と言っても、若い人たちが集まればこんなものなのかな)」
【って、驚いてる場合じゃない。きちんと仕事をしないと】
カルチャーショックを受けながらも、空いている器を探し始める日菜。
いそいそと仕事をしていると、突然誰かに腕を掴まれる。
御曹司1「ねぇ、君も一緒に飲もうよ」
日菜「へっ……!?」
驚く日菜(空のワインボトルを持っている)の目の前に、少し酔っ払っているように見える御曹司たちが群がる。
御曹司1「なんか君、他の子たちとは毛色が違うね?」
御曹司2「本当だ。ちょっと地味っていうか」
御曹司3「バカ。素朴って言ってやれよ」
垢抜けない日菜を見下すように笑う御曹司たち。
御曹司1「まぁ、いいからいいから。こっちで飲もう」
日菜「いえあの、私は……」
一人の御曹司が日菜の腕を掴む。
【どうしよう、まさかこんなことになるなんて】
日菜「(今は仕事中だし、そもそも私、未成年だし……)」
恐怖と困惑で身を縮こませる日菜。
日菜「も、申し訳ありません。ただいま別の者を呼んで参りますので」
引きつった愛想笑いでどうにか逃げようとすると。
御曹司1「いいからこっちに来てって」
日菜「わっ……!」
背を向けて足を踏み出した瞬間、御曹司の一人にエプロンの紐を掴まれ、体を急停止させられる日菜。
その反動で、日菜が抱えていたワインボトルが腕からすっぽ抜け、前にいた皐月の元へと飛んでいく。
中に残っていた少量のワインが、皐月の着ていたタキシードに降りかかり、鈍い音を立てて絨毯の上に転がる。
その様子を見て、呆然と立ち尽くす日菜。
日菜「あ…………」
星斗「わっ、皐月大丈夫? 怪我は?」
皐月「…………」
皐月の親友・星斗(せいと)(長めの髪。皐月とは正反対の優しげな印象)が心配そうに皐月を見やる。
御曹司1「やべっ、黒宮だ……」
皐月を恐れる御曹司たち。
日菜「もっ、申し訳ありませんっ……!」
我に返り、皐月に向かって勢いよく頭を下げる日菜。
日菜「(どうしよう……! 何か拭くものっ……弁償……!)」
パニックになり震える日菜の視界には、皐月の足元だけが見えている。
そこで今まで日菜に背中を向けていた皐月が振り返る(日菜にはくるりと振り向いた足元だけが見えている)。
怒声を浴びるかと身構える日菜だけれど、しかし皐月は声を荒らげるどころか何も呟かない。
不思議に思い、おそるおそる顔を上げた日菜の目に何かきらりとした色が飛び込み、目を見開く(きらきらが日菜の瞳にも映り込んで輝いている)。
日菜「っ…………」
きらきらとした色の正体は、シャンデリアの光を受けて輝く皐月の髪だった。
皐月は何の感情も抱いていないような無表情(けれどとびきり美しい顔で)で日菜を見下ろしている。
日菜「(綺麗な人……)」
【まるでとれたての蜂蜜のような金色の髪】
【怪しい夜に浮かぶ満月のようなオレンジ色の目】
日菜「(世の中にはこんな人がいるんだ)」
皐月の綺麗な容姿に驚いて見入る日菜だけれど、すぐさまハッとする
【待って。この人って――】

◯回想・休憩室での女の子たちの会話がフラッシュバックする

女の子1「皐月様もいらっしゃるんだって!」
女の子3「透けるような金髪で、あのオレンジ色の目も素敵でね……!」
女の子2「でも遊び人だって噂でしょ? 庶民の女の子ばっかりをとっかえひっかえしてるひどい人だって」

◯現在に戻る

対峙する困惑した表情の日菜と、飄々とした皐月。
【――あの“最低な御曹司”!?】