初めて聞いた内容もあったが、大半はすでに聞いていたことだったから、大きく動揺することはなかった。補佐は当時の感情を明確な言葉にはしなかったが、その口調や間合い、表情などからなんとなくだが読み取れた。
話し終わって、補佐が大きなため息と共にポツリともらした。
「やっと、言えた……」
「はい……」
私がただ短くそれだけ口にした。余計な言葉はいらない、たぶんそれだけでいいのだと思った。
補佐はゆっくり顔を上げると、固い表情で私を見た。
「――岡野さんの気持ちは、変わらないだろうか」
私は彼を真正面から見た。
「変わりません」
補佐はそっと私の手を取ると、真剣な眼差しで言った。
「もう一度、改めて言わせてほしい。――好きです。俺の傍にいてくれますか」
それは私が待っていた言葉だった。けれど気持ちが溢れそうになって、却って声が出せない。
答えを促すかのように、補佐は両手で私の手を包み込む。
「はい、って言ってくれるまで、言い続けようか。好きだ。岡野さんが好きだ。君の笑顔が好きだ。君の声が好きだ。君の――」
「もう、いいですから。やめてください……」
私は早々に補佐を止めた。頬も耳も熱い。
恥ずかしすぎる――。
火照った顔を補佐から隠すように、私はうつむいた。
「もういいの?」
補佐の声に、少しだけ意地悪そうな響きが混ざる。
私は言葉で答える代わりにコクコクと何度も頷いた。
補佐は私の両手をぎゅっと握った。
「それじゃあ、もう一度言うよ。俺と、付き合ってください」
「はい……」
なんとか声を絞り出して頷いた途端に、私の目から涙がこぼれた。
それに気づいた補佐の指が、私の頬の涙を払う。
彼はそのまま私の顎を軽く持ち上げて、顔を寄せた。
キス、される――。
ゆっくりと目を閉じた私に、補佐が不意に訊ねる。
「宍戸からは何回キスされたの?」
「えっ、えぇと、あの……」
想定していなかった質問に、私はぱっと目を開いた。
「宍戸の話だと、あの資料室での他に一回。つまり少なくとも二回、いや、もしかしてそれ以上?」
私は目を逸らした。本当はそれだけではなかったと思う、たぶん。けれど、そんなことを正直に言えるはずがない。
黙り込んだ私の耳元に、補佐は唇を寄せて囁く。
「消毒」
彼はきっかり二回、ついばむようなキスをした。
ーー 待って、ここはお店だった!
私は慌てて補佐の胸を軽く押した。
「あの、こういう場所で、こういうことは……」
「ごめんごめん。つい」
補佐は照れ笑いを浮かべていた。
私が今この人と笑い合っていられるのは、背中を押してくれた人がいたからなのだと、ふと宍戸の顔が思い浮かんだ。その方法はやや荒っぽい時もあったが、彼が私と補佐の想いをつなぐきっかけを与えてくれた。少なくとも私は、そう思っている。
改めて、ありがとうと伝えたいけれど――。
ふと視線を感じて顔を上げると、補佐と目が合った。
「今、誰のことを考えてたの」
「宍戸にはたくさん助けてもらったな、と……」
「確かに。こうなれたのは、あいつがきっかけでもあるからね……だけど」
補佐は目を細めた。
「普通なら、ここはこう言う場面なのかな」
「なんて言うんです?」
「他の男のことは考えるな、って」
補佐の指が私の唇を撫でる。
「今日は大目に見てあげる。でもこれからは、そういう暇がないくらい、俺は君を大事にするつもりでいるんだからね」