離婚の経緯を知った今でも、私の補佐への気持ちは変わっていない。そのことを早く伝えたいと思う。

けれど補佐は、まだ何も言ってはくれない。

いつまで待てばいいのだろう。いっそ私の方から連絡してみようか。どんな答えであってもいい。私を縛るこの鬱々とした気持ちから、解放されたいと思う。

そんなことを思いつくままに考えていると、補佐の声が聞こえた。

「戻ろうか」

私は我に返った。

目的のものが見つかったようだ。

少し様子を見て、私も出よう――。

ほっとしてそう思いかけた時、宍戸が補佐を引き止めた。

「待ってください。少し話があるんですけど」

補佐が足を止めて、怪訝な声で訊き返す。

「話?今?」

「はい。今、ここで」

「何かあったのか?」

「他の人には聞かれたくないんです。たぶん、補佐だって聞かれたくないと思いますけど」

「……何の話だ?」

ひと呼吸ほどの間を空けて、宍戸がゆっくりと言った。

「岡野のことです。……こう言えば、分かりますよね」 

宍戸は何を言おうとしているのか――。

私は胸元で両手を組んだ。二人の間に緊迫した空気が流れたような気がしたのだ。

息を詰めるようにしながら私はそろそろと移動し、キャビネットの隙間から彼らの様子をうかがった。

「……なんのことか分からないな。もう行くぞ」

「逃げるんですか」  

補佐の動きが止まった。

宍戸は続けた。

「俺、知ってるんです」 

「何を……」

「岡野が補佐の答えを待ってる、ってこと」

「……彼女がお前に話したのか」

補佐の声がかすれた。

私はすぐにも飛び出して行って、宍戸の口を塞ぎたいと思った。私が補佐とのすべてを宍戸に打ち明けてでもいるかのような、変な誤解をされたくなかった。

じっと我慢する私の視線の先で、宍戸は首を横に振った。

「あいつは自分から話したりはしてませんよ。俺がそう言うように仕向けて、それで聞き出しただけです」

補佐は固い声で言った。

「……何が言いたいんだ?」

宍戸は顎を引いて、補佐を真正面から見つめた。

「俺が岡野をもらっても、かまわないですよね?」

私は動揺した。その話はもう決着がついたはずなのに、まさか宍戸はまだ私のことを諦めていないとでもいうのだろうか。

山中補佐の低い声が聞こえる。

「もらうとかもらわないとか、岡野さんは物じゃないだろう。……もう戻るぞ」

「待ってください。答えて下さい」

宍戸は、背を向けようとした補佐の腕を掴んだ。

「岡野が物じゃないなんて、そんなことは分かってますよ」

宍戸は補佐の腕から手を離した。

「じゃあ、言い方変えます。補佐が岡野のことを何とも思っていないのなら、俺はあいつが振り向いてくれるよう全力で行きますから。補佐はもう、岡野に近づかないで下さいね」

「だからっ」

補佐の声に苛立ちが混じった。

「どうしてわざわざ、そんなことを俺に言う必要があるんだ」

「どうして?……じゃあ、いいんですね。俺があいつを抱いても」

「何を急に、訳の分からないことを……」

そう言う補佐の顔に、ちらと動揺が走ったような気がした。

宍戸はキャビネットに背を預けて腕を組んだ。

「そういう手もあるってことですよ」