扉が閉まる音を背中で聞きながら、まだ私は迷っていた。
「あの、私……」
口を開きかけた私に、築山さんは片目をつぶってみせた。
「そんなに色々考えなくても大丈夫だよ。さ、どうぞ」
それから、少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「カウンター席に座ってもらってもいいかな?その方が話しやすいからさ。仕事しながらになっちゃうけど」
築山さんがそう言ってくれている以上、もう帰るとは言いづらい。私はためらいながら頷いた。
「はい……」
顔を合わせてから、恐らくまだ十分もたっていない。けれど築山さんは、私の聞きたい話がなんなのかを、すでに察しているようだった。そして前回会った時にも感じたが、私に対する彼の態度は好意的であるように思えた。だから、前向きに考えてみようと思った。
そんな彼であれば、私の質問に答えてくれるかもしれない――。
「みなみちゃん?大丈夫?」
沈黙が長かっただろうか、築山さんは不思議そうな顔で私を見ていた。
私は曖昧に笑う。
「は、はい。大丈夫です」
「では、こちらへどうぞ」
築山さんはやや口調を改めた。私を席まで案内すると、自分はカウンターの内側に入った。それから様々な種類のボトルが並ぶ前に立って、シャツの袖をまくり上げる。
「さて、と。何か飲みたいものはある?カクテルでも、ノンアルでもなんでも好きなものを言ってよ。一応これでもバーテンダーなんで、何でも作れるから」
私の緊張を和らげようとしてか、築山さんは悪戯っぽく笑いながら言った。
つられて私もちょっとだけ笑う。少しだけ迷った結果、私は飲みなれたカクテルの名前を伝えた。
「それでは、モスコミュールを」
「軽めにしておこうか」
築山さんは私の顔をちらりと見た。
「話を聞くのが目的なら、ほろ酔い手前くらいがちょうどいいんじゃない?」
私は黙って頭を下げた。
築山さんは私の見ている前で手際よく、そして優雅な手つきでカクテルを作っていく。出来上がったそれを私の前にことりと置くと、彼は目元を和らげて私を見た。
「聞きたいことって、やっぱり匠のことだよね」
今さら隠すまでもない。私は素直にこくりと頷いた。
「ご本人に直接聞くべきなのは分かっているんです。でも、なかなか会えないので……」
そう答えて、胸の奥がちくりとした。会えないというよりは、今はまだ会ってはもらえないだろう、というのが、たぶん正しい。
「匠、忙しいの?」
「そう、ですね。会社でお見掛けすることの方が少ないです」
「ふぅん。あれからまた、二人で会ったりは?」
「いえ……」
言葉少なに答える私に、築山さんは洗い終えた道具を拭きながら言った。
「実はさ。匠から言われてたんだよね。もし君がここに一人で来ることがあって、何か訊ねられたら、その時は俺の判断で自分のことを話してあげてくれって」
私は弾かれたように顔を上げて、築山さんを見た。
話してあげてくれって……。この人は、私と補佐の間のことを知っているのか――。
困惑が顔に出てしまったのか、築山さんは私の顔を見て苦笑を浮かべた。
「俺、今まで、あいつから君のことを聞いたことがなかったんだよね」
「そう、なんですね……」
彼の言葉を聞いて、私はほっとした。けれどその一方で、補佐が親友の築山さんにも何も言っていなかったことに、心の中がもやっとした。
築山さんは続ける。
「だけど、この前店に一緒に来たでしょ。あいつがここに女性を連れて来たのって、君が初めてだったんだよ。だからあの時俺、びっくりしたんだ」
「え……」