「はぁぁぁ……」
宍戸の盛大なため息が聞こえた。
ゆっくりと目を開けると、宍戸は眉間に深いしわを刻んで私を見下ろしていた。
「今回の告白も、失敗に終わったか」
そう言って私から離れ、床に座り込んだ。
「宍戸、あの……」
声をかけようとしたが、何を言っていいのか分からない。
言葉に詰まる私の前で、彼は天井を仰いだ。
「何も言わなくていい。特に『ごめん』とかいう言葉はいらないからな」
私は起き上がり、宍戸の背中を眺めた。
「こうなるだろうって、予想ついてたんだよ。たださ、いくらか可能性が残ってたりするんじゃないかと思って、最後の手段の色仕掛けで堕とそうと思ったんだけど。――ダメだったわ」
「色仕掛け……」
私ははっとして、髪や洋服の乱れをそそくさと直した。
宍戸は私のその様子を笑って横目で見ていたが、不意に立ち上がった。真っすぐキッチンスペースへ向かうと、それから間もなくして水の入ったコップを手に戻ってきた。
「ほら、水。かなり飲んでたから」
「あ、ありがとう……」
私はコップを受け取った。水を飲んで人心地ついたら、他人には見せたくなかったような自分の姿を、宍戸の前では色々と晒してしまったことを思い出した。顔が熱い。
「あの、宍戸。今夜のことは、誰にも言わないでほしいんだけど……」
宍戸は呆れたような顔で私を見た。
「言うわけないだろ。俺ってそんなに口が軽く見えるのか」
「そういうわけじゃないけど……」
宍戸はにやりと笑った。
「レアな岡野のこと、もったいなくて他人には教えたくない」
「レアって……」
私は苦笑し、それから念を押すようにもう一度聞いた。
「……内緒にしてくれるんだよね?」
「言わないって。なんなら指切りでもしとくか?」
「いえ、いい。……信じる」
そう言ってから、私はふとあることを聞いてみたくなって、おずおずと口を開いた。
「ねぇ、どうして宍戸は私のこと好きになってくれたの?」
「フっておきながら、ずいぶんな質問だな」
「ごめんなさい……」
「謝るのはナシって言っただろ」
宍戸は苦笑いを浮かべた。
「……気づいたら好きになってた。どうしてかって聞かれてもうまく答えられないな。ていうかさ。好きになるのに、はっきりこれだっていう理由、必要なものなのか?岡野はどうなんだよ」
「え、私は……」
「やっぱ、いいや。聞きたくないしな」
宍戸が立ち上がった。
「帰るわ」
「うん……」
私は見送ろうと、玄関まで宍戸の後を着いて行く。
「あの、どうもありがとう……」
私は宍戸の横顔に向かって言った。色んな思いを込めて。それが確かに彼に伝わるようにと願いながら。
宍戸は玄関のドアノブを回しながら、私の声には答えずに冗談めかして言う。
「さて、と。どこかでヤケ酒でも飲んでくかな」
宍戸の気持ちに応えられなかった私には、これ以上どうしようもない。たくさんの想いを向けてくれた彼に対して、申し訳なくて切なくてたまらない気持ちになった。
「そんな顔するなって」
宍戸はちょっと困ったように笑うと、私の額を指先で軽く弾いた。
「来週からは、今まで通りだ。たぶん、だけどな。――じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい……」
ドアが静かに閉まる。
宍戸の靴音が遠ざかっていくのを、私はしばらくその場に立って聞いていた。