「最初はただ単純に気になっただけで、どうこうしたいっていう気持ちはなかったんだ。でも、遠くから眺めているだけで十分だと思っていたのに、いつの間にかその気持ちが少しずつ変化し始めた。それに気づいた時はずいぶん動揺したし、自分の気持ちを認めるのにも時間がかかった。自覚してからは、焦らずにゆっくりと距離を縮めていければいい――そんなふうに思っていたんだ」

そう話す補佐の優しい表情から、彼女への想いが伝わってくるようだ。

そんな人がいたのに、私と食事に行ったりしてくれたのかと、知らなかったとは言えショックだった。彼と一緒にいられることを喜んだり緊張したり、浮かれたり舞い上がったりしていた私は、とてつもなく間抜けだ。

「でもね。他の男と仲が良さそうな場面に出くわしたりする度に、自分でもよく分からない感情が湧き起こったりするようになっていた。そんなことが続く中、あの時俺は初めて衝動的に行動してしまった。二人の間に何かがあったような空気を感じて、いてもたってもいられなくなったんだ」

そこまで聞いた時、私はふと思い出す。

つい最近、自分の身に同じようなことが起きた気がするーー。

補佐の顔を盗み見ようとして、その視線とぶつかってどきりとする。

彼は微かに眉根を寄せながらも、その口元に小さな微笑みを浮かべていた。

まさか――。

「それなのに、本当は行動を起こすべきではなかったんじゃないか、って少し後悔している。あの人に会って昔を思い出して、今さらだけど自問自答しているんだ。また同じことを繰り返して、その人を傷つけることになったりしないだろうか、って…」

彼の話の途中から、私は喉が締まったような息苦しさを感じ始めていた。その苦しさを少しでも和らげたくて、襟の辺りをぎゅっとつかむ。

嘘だ。あり得ない――。

「俺はその人にはふさわしくないんじゃないか。バツイチの俺なんかよりも、はるかにいい相手が他にいるんじゃないかと思った。その人をいつも笑顔にしてやれるような奴が…」

補佐は私を見つめ続けていた。

彼の話の中の「その人」は、私のことなの――?

だけど、と混乱する。補佐が何を言おうとしているのか分からなかった。彼が伝えたいことは何なのか。告白?それとも拒否?

私は気持ちを落ち着かせたくて、グラスを手に取った。緊張のために指先が微かに震えている。

例え補佐の意図や本心が、どんなものであっても、私が彼に伝えたい言葉は一つしかない。あとはそれを口に出すだけだった。

落ち着け、私――。

口の中を潤してゆっくりとグラスを置くと、私はテーブルの上でぎゅっと手を組んだ。