補佐に連れられて行ったのはバーだった。木目調の分厚い扉を開けると、ドアベルがレトロな音を鳴らした。店の中は全体的に暗めで、所々に間接照明が置かれている。平日の夜だからか客の姿はまばらだった。
補佐はここの常連でもあるのか、出迎えた店員の男性と気安い様子で挨拶を交わした。
私は補佐の後ろに控えるように立っていたが、店員は私に気づくと補佐に訊ねた。
「お二人、ですか?」
補佐が頷くのを見ると、私ににっこりと笑いかけた。
「いらっしゃいませ」
その後私たちが案内されたのは、奥まった席だった。丸いテーブルと、その周りには座り心地が良さそうなソファが三つ置かれている。真正面で向き合うよりも気が楽だが、互いの距離が少し近く感じられそうな配置だ。
私たちが腰を下ろすと、先に出迎えてくれた店員がやってきた。手にしていたトレイから、おしぼりやお通しと思われる小皿をテーブルの上に並べた。小脇に挟んでいたメニューを補佐の前に置くと、なぜかまた私に向かってにっこりする。
反応に困ったが、私はひとまず愛想笑いを返した。
「お決まりになったら、お声がけくださいね」
店員はそう言うと、軽く一礼して去って行った。
補佐は疲れたようなため息を一つついたが、すぐに気を取り直した様子で私の前にメニューを開いて置いた。
「ひとまず何か飲み物でも頼もうか」
「はい」
返事をしてメニューに目を落とす。
この後のことを考えると、軽いものにしておいた方がいいのだけど――。
そう思いつつ文字を追っていたら、ちょうどいいドリンクを見つけた。
「私はこれにします」
補佐は軽く眉を上げた。
「ノンアルコールカクテル?これでいいの?」
「はい」
「じゃあ、俺は……これを一杯だけ」
「どうぞ、遠慮なさらず」
「ははは。ありがとう」
珍しく心ここにあらずのような顔で、補佐は笑った。カウンターの方に体を向けると、合図するように片手を上げた。
席に案内してくれた店員がすぐにやってきた。
「お決まりですか」
「これと、これを」
「かしこまりました」
店員は注文を取り終えて立ち去る時、意味ありげな顔で補佐の方をちらりと見た。
補佐本人はその視線に気づいていないようだったが、私は気になってしまった。カウンターの内側に戻った店員の様子をうかがうと、忙しそうに手を動かしている。
余程じいっと見てしまっていたようだ。彼は私の視線に気がついて手を止めると、その顔に盛大な笑顔を作った。
私ははっとして、慌てて彼から視線を外した。
すかざすといったタイミングで補佐が私に訊ねる。
「あの人が気になるの?」
「え、いえ、気になると言いますか……」
私は語尾を濁らせた。
そんな私を、補佐は頬杖をつきながら見つめる。
「さっきから、ずうっと見てるみたいだけど」
「さっきからって……」
いつから観察されていたのだろう――。
私は恥ずかしくなってうつむいた。