適度な量のお酒と美味しい料理をいただいて満足した頃、山中補佐が思い出したように言い出した。

「この前出張に行ったんだけど」

私は舐めるように飲んでいた白ワインのグラスを置いた。

「確か仙台の方へ行かれたんですよね?取引先でトラブルがあったとかで、補佐が対応のために行かれたと聞いています」

彼は笑って頷いた。

「どうなることかと思ったけど、なんとか丸く収まったから良かったよ。……それでね」

と、カバンの中から取り出した小さな紙袋を私の前に置いた。

「これは?」

私は首を傾げた。

補佐は眼鏡のテンプルに触れながら答える。

「お土産。たいしたものじゃないんだけど」

私は驚いて目を瞬かせた。

「こういったものを一人一人に買ってこられたんですか?」

「まさか」

補佐は笑った。

「それは岡野さんに、と思って買って来たんだ」

「えぇっ?」

どうしてわざわざ私にだけ?

理由が分からず戸惑う私に補佐は言った。

「お礼だから、気にしないで」

「お礼、ですか?」

「ほら、この前の……」

補佐は気まずそうな顔をした。

「飲みすぎてしまって、岡野さんに迷惑をかけただろう?あの後、まともにお礼をしていなかったなと思ってさ」

「あの時ですか…」

そんなこともあった、と思い出す。そう言えば、あの後から私の気持ちは揺れ出したのだった――。

「ですが、もう謝罪して頂きましたし……。あの後色々と頂いたり、ご飯もご馳走になったりして……。もう気になさらないでください」

「それでもさ」

と補佐は私の言葉にかぶせるように言う。

「岡野さんには何かしたいと思っていたから」

「でも……」

私がなかなか手を出さないでいると、補佐は自分の手を私の前に差し出した。

「手、出して」

「え、あの……」

「いいから、手」

補佐の口調には有無を言わせぬような響きがあって、私はおずおずと右手を出した。

彼はにっこり笑うと、私の手を取って掌にお土産の入った袋を乗せた。

「どうぞ」

「あ……」

すぐにお礼の言葉が出てこない。そして、ここの照明が白熱灯でよかったと思った。蛍光灯が煌々と照らす明るい店内だったら、恥ずかしすぎて顔を上げられなかったと思う。補佐の手が触れたせいで、今私の顔は赤くなっている。

「受け取って」

補佐は微笑みながら、私を真っ直ぐに見ている。

私はその目に負けた。

「……ありがとうございます。あの、開けてみても?」

「もちろん」

私はお皿やグラスをテーブルの端に避けると、注意深く中身を袋から取り出した。

「これは、かんざし?」

それは細工物だった。軸の長いイチョウの葉のような形が美しい。葉に当たる部分には、丸い月の下ではねるウサギが描かれている。いかにも日本的なしっとりとした赤色がとても艶やかな小物だ。

思わずほうっとため息がこぼれた。

「初めて見ました。とてもきれいですね」