目の前の補佐との距離が想像よりも近かったことに、私は動揺した。補佐にメニューを見せようとして手が滑り、床に落としてしまう。

「す、すみません!」

「大丈夫だよ」

補佐が腕を伸ばしてメニューを拾い上げた。

「ありがとうございます……」

恥ずかしい。もっとスマートにできたらいいのに――。

「さて、何を注文する?今日は俺がご馳走するから遠慮なくどうぞ」

「そんなわけには……」

「ありがとう、って笑ってもらった方が嬉しいんだけど?」

「は、はい……では、ありがとうございます」

私はぎこちなく笑みを浮かべて礼を言った。

それを見て補佐は満足そうに笑い、改めてメニューを開いた。

「とにかく、早く注文しよう。さすがに腹が減ったよ」

私が持っていた彼のイメージにはなかったその言い方は、新鮮に思えた。

「補佐もそういう風におっしゃったりするんですね」

メニューから目を上げて補佐は私を見た。

「言い方?」

「腹が減った、っていう言い方です。なんていうか、補佐のイメージじゃなかったので……」

「イメージ、ねぇ…」

そうつぶやいて、補佐は苦笑を浮かべた。

失礼な物言いだったろうかと、私は焦って話題を変えた。

「えぇと、ここは何がおすすめなんでしょうね」

「確か、昔来た時に食べたピザは美味しかったな」

「このお店、ご存知だったんですか」

「うん、まぁね。……あ、いや――」

補佐がはっとしたように口をつぐんだ。

「補佐?」

「何でもないよ」

そう言って補佐は笑って見せたが、私は彼がその先を話すことをやめた理由がひどく気になった。

「ところで、お酒は飲む?」

いつもの口調に戻って、補佐はメニューに目を落とす。

私は少し迷ってから言った。

「頂いてもいいでしょうか」

お酒を飲んだところで、今夜は酔えないだろうと思った。でもまったくの素面の状態で、この後に待っているはずの最も重大な課題に立ち向かう自信はない。

「何がいい?」

補佐はそう言って、私の方に文字が向くようにメニューをテーブルに置いた。

「えぇと……」

メニューを見ながらも、私は頭の中で別のことを考えていた。補佐が見せた苦笑の意味と、その先を話さずに口をつぐんだ理由を。なぜ彼がこの店を知っていたのかも気にかかる。

いったい誰と来たんだろう――。

それが必ずしも女性だったとは限らない。大人数で来たのかもしれないし、男の友人や上司、後輩とだったのかもしれない。でも私は補佐の様子から、相手は女の人だったんじゃないかと思っている。

元カノ、とか――?

その単語が頭に浮かんだ途端、遼子さん以前にも補佐が心を許した女性がいたはずだということに、私は今さらながらに思い至る。胸の奥がちりりと焦げ付くような気がした。