「さて、帰ろう」

一人つぶやき、タクシー乗り場がある大通りに向かって歩き出した時だった。後ろから私の名を呼ぶ声が追いかけてきた。

「岡野さん、待って!」

私はびくっと立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。

「山中補佐?」

私は目を見開いた。

「ごめん、びっくりさせたよね。えぇと、岡野さん、で間違っていないよね」

「は、はい。ええと、お疲れ様です」

私はどぎまぎしながら言葉を返した。目の前にいるのは、社長の覚えもめでたいと言われている人物だ。緊張して、酔いも一気に醒めるような思いだ。

「お疲れ様。ところで、タクシー拾おうとしてる?」

「は、はい」

「じゃあ、そこまで一緒に行かないか。俺もタクシー拾うつもりだから」

「三次会には行かれないんですか?」

補佐は苦笑を浮かべた。

「今夜はもう勘弁だよ。いつも以上に飲まされた。うちの連中は、飲み会っていうと容赦ないからね。――さ、行こうか」

「はい……」

補佐の少し後ろを歩きながら、私はそっと彼の様子を伺った。

いつも以上に飲まされたと言っていたわりに、その横顔は凛として、足取りにも乱れた様子はない。

補佐に付き従うように黙々と歩いていると、補佐がわずかに振り向いて私に訊いてきた。

「そういえば、岡野さんと宍戸は同期入社なんだね」

「はい」

「二人共、仲がいいんだね」

「仲がいいと言いますか、あれは…」

おそらく、一次会の時の様子を見て言っているのだろう――。

私はふうっとため息をついた。

「私が一方的にからかわれていただけですが……」

彼はくくっと喉の奥で笑った。

「あぁいうのを、仲がいいっていうんじゃないの?じゃれ合ってるようにしか見えなかったよ」

「えっ!」

私は思わず大声を上げてしまう。

「どうしたらそう見えるんですか?補佐、かなり酔っていらっしゃいますよね?」

「あはは。分かる?」

補佐は機嫌良さそうに笑う。

それを見て、私は意外だと思った。最初に見た時に感じた、冷たくて厳しい取っつきにくさのようなものがない。

こっちの方が好きだな――。

そんな感想が頭の中に唐突に浮かんで、私は狼狽えた。

単なる人としてという意味であって、特別な意味は何もない――私は自分に言い聞かせた。