山中補佐とメッセージのやり取りをしてから、およそ一時間後。
私は今、以前から気になっていたお店にいる。いきなりお店に行くよりも、席くらいは予約した方がいいだろうと考えて電話を入れてみたところ、すんなりと予約が取れたのだった。
二人掛け用のテーブルにぽつんと一人で座った私は、大きく切られた窓の外をぼんやりと眺めながら補佐のことを考えていた。
急がせてしまってはいないだろうか――。
ふと手元の携帯に目を落とした。このお店に決めたことを知らせてから間もなく、分かったと返信があって以降は特に連絡はない。今頃はこちらに向かっているところなのかもしれない。
私は水の入ったグラスに手を伸ばした。連れが来てから注文すると伝えたのに、わざわざ置いて行ってくれたのだ。
どうしようかな――。
テーブルの端に置かれたメニューをちらりと見た。補佐が来るまでもう少し時間がかかりそうなら、せめて自分の分の飲み物だけでも注文してしまおうか。ずっと水だけで席に居るのはさすがに気が引ける。
私はメニューを開いた。何を頼もうかとメニューを眺めていたら、店員の声が耳に入った。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
はっとして私は出入口の方に首を伸ばした。補佐だった。
彼は私を探すようにきょろきょろと店内を見回していたが、すぐに気がついたらしい。店員に何事かを伝えると、私のいる席までやってきた。
挨拶しようと席を立ち上がりかける私を止めて、補佐は申し訳なさそうな顔をした。
「ごめんね。待たせてしまって」
私は浮かせていた腰を下ろして首を振ってみせた。
「いいえ、実は私も残業していたので、そんなに待ったわけではなく」
「残業?」
「はい、少しトラブルがあって。あ、でもこちらは無事に解決しましたので。それよりも補佐は、朝から遠方に行かれていたんですよね。本当にお疲れ様でした」
「移動が長かっただけだけどね。岡野さんもお疲れ様」
補佐の笑顔に、私はどぎまぎと目を伏せた。
「ところで、まだ何も頼んでいなかったの?」
席に着こうとしていた補佐が、驚いたように目を見開いた。
そう言われて私は少し後悔した。補佐がすぐに何かつまめるように、何品か注文しておいた方が良かっただろうか。
「補佐がいらしてから一緒に、と思っていたので……。すみません、気が利かなくて」
「いや、俺こそごめん」
と言いながら、補佐はネクタイを緩めながら椅子に座った。
「先に食べててって、言っておけばよかったよね。岡野さんなら、気を遣って待っているだろうってことは予想がついたのに……。気が回らなくてごめん」
「いいえ、そんなことは」
私はぱっと顔を上げた。
「そんなに待ったわけではないですし、一人で先に食べ始めているというのも落ち着きませんし」
「そう言ってもらえると、待たせてしまった罪悪感が多少は薄れるかな」
補佐は苦笑を浮かべながら、私に向き直った。