緩やかに振動して、エレベーターが到着した。
「どうぞ」
私は目を伏せたまま、開いた扉を手で押さえていた。
「ありがとう……」
補佐がちらりとこちらを見たのが分かったが、私は気づかないふりをして彼が降りるのを待った。
そろそろいいだろうか――。
補佐はもう行ってしまったはず、と頃合いを見計らって私もエレベーターを降りた。どっと疲労感が襲ってくる。
補佐と知り会ったばかりの頃と違って、今の私は彼の態度や言葉の一つ一つに過剰に反応してしまっている。好きな人を相手にすると、こんなにも平常心ではいられなくなるものなのか。私は久しぶりで忘れかけていた感覚に振り回されていた。
宍戸がせっかく作ってくれた機会を活かせなかった――。
私は深いため息をついた。きっかけも結果も得られなかった。今度こんな機会ができるのはいつになるだろう。その時が来たら、また今日のような緊張感に耐えなければならないのだろうか。
頑張れるかしら、私――。
もう一度大きなため息をついた時だった。
「岡野さん」
突然横から補佐の声が聞こえて、私は飛び上がりそうになるほど驚いた。ぎくしゃくと首を巡らすと、補佐が壁にもたれて私を見ていた。
「もう戻られたのでは……」
「気になって……」
補佐は体を起こすと、私の方へ近づいてきた。
背後でエレベーターの扉が閉まる音を聞きながら、私はその場に固まった。
補佐は私の前に立つと、静かな声で言った。
「……さっき、宍戸と何かあった?」
私は目を泳がせた。
私と宍戸の間の微妙な空気に、補佐は気づいていたんだ――。
「喧嘩でもした?」
補佐がそう思ったのなら、そういうことにしておいた方がいい。本当のことは言えない。私は伏し目がちに答えた。
「そんな、感じです……」
「珍しいね」
「はい……」
私は戸惑いながら、うつむいた。
忙しいはずの補佐が、どうしてまだここにいるのだろう。宍戸によろしくと理由のわからないことを言われたからと言って、私を待っている必要はないのだ。それともまさか、宍戸との間に何かあったのかと気にして?そんな素振り、これっぽっちもなかったのに、そんなことあるわけがない――。
床を見ながらぐるぐる考えていると、視界に男物のきれいな靴先が入りこんできた。と、思ったら、補佐の声が頭上から振ってきた。
「岡野さんの電話番号、聞いてもいい?」
「え?」
思いがけない言葉に、私はのろのろと顔を上げた。
携帯を手にした補佐が、どこか照れくさそうな顔で私を見ている。
私はその顔をぼんやりと見上げた。何を言われたのか分からなかったのだ。言葉は耳に届いてはいたが、その意味を理解するのに時間がかかった。
補佐の顔に苦笑が広がった。彼は私に言い聞かせるように、もう一度ゆっくりと言葉を並べた。
「連絡先を、教えてもらえませんか?」