私は警戒して後ずさった。

しかし宍戸は私の顔をじっと見ている。しばらくそのままだったが、体勢を戻すと心配そうな顔をした。

「顔色、あんまり良くないぞ」

「え?」

私は反射的に頬に手を当てたが、慌てて固い表情を作った。この前のことは、まだ許していない。それが伝わるように、私はつんとして言った。

「わざわざ心配してくれてるの?」

あんなことをしておきながら――。

言外に皮肉を込めたつもりだったが、宍戸は真顔で頷いた。

「あぁ、心配してる」

真面目に返されてしまい、私の方が戸惑ってしまった。怒りを持続できない……。

私はぼそぼそと礼を言った。

「そ、それは、どうも、ありがとう……」

「ここ最近元気なかったみたいだから、気になってたんだよ。大丈夫なのか」 

気遣う言葉をかけてくれる宍戸から、私はふいっと目を逸らした。自分の意志に反して、涙腺が緩みかけているのを隠したかった。

「遼子さんがやめて、一人で仕事とか抱え込んだりしてるんじゃないだろうな。ちゃんと課長とかに相談して……」

私はうつむいたまま宍戸の言葉を遮った。

「それは、大丈夫」

仕事の量に関しては、上司も先輩も配慮とサポートをしてくれているから、宍戸が心配するようなことはない。顔色が冴えないのは、気を張り続けていることからきている寝不足だ。心細いのは、単に自分の気持ちの問題だ。

それでも、宍戸が私の様子をおかしいと感じて優しい言葉をくれたことに、涙が浮かんできそうになった。けれど宍戸の前で弱いところを見せたくない。

「そろそろ、行かなきゃ」

私は腕時計に目を落とすと、逃げるように歩き出す。

それを宍戸の声が止めた。

「岡野」

その声に立ち止まった私に、彼は言った。

「早くいつものお前に戻ってくれよな。そうでないと、全然張り合いがない。おまけに、困るんだよ」

言っている内容は憎たらしく聞こえるのに、その声と口調は優しかった。

「困るって何がよ」

いつの間にか鼻声になってしまっている私に、彼はにっと笑った。

「早く決着つけてくれ、ってこと。ぐずぐずしてるとチケットの期限、切れるぜ」

そう言うと宍戸は大股歩きで、もと来た方へと戻って行った。初めはゆっくりと、けれど途中で急ぎ足に変わった。

私は指先で目元を軽く拭いながら、はっとする。

もしかして、わざわざ足を止めてくれたのだろうか。まさか、私を励ますために?

本当はどうなのか分からないが、実は優しい宍戸なら、あり得るような気がした。結局私は、すでに彼のことを許しているのかもしれない。嫌いにはなれないと、私は苦笑しながらため息をついた。