宍戸の意図がよく分からない。

「いきなり何?」

眉をひそめる私に宍戸は言った。

「いいから受け取れ」

なかなか手を出さない私に、彼は押し付けるようにチケットを握らせた。

「え、ちょっと……」

戸惑う私に、宍戸は唇の端だけを器用に上げてにやりと笑った。

「それ使って、さっさと決着つけろよ、補佐との関係をさ。ほんとのこと言うと、岡野が補佐にフられるの待ってたんだよ。で、お前が弱ってるすきに、そこにつけこむつもりでいたんだ。それなのに、岡野はなかなか行動に移さないで、いつまでもだらだらしてるんだもんな……。うっかりフライングしてしまっただろ」

「な、なにを……」

つい今さっきわが身に降りかかったばかりの、災難のような事故のような出来事を思い出して、私は全身が熱くなった。

それに気づいて、宍戸はにっと笑う。

「またフライングされたくなかったら、さっさと補佐にフられて、俺の所に来いよ。いくらでも甘やかしてやるぜ」

「っ……!」

私は呆気に取られた。これまでの現実生活の中で、こんな気障ったらしいセリフを聞いたことがない。なんとなく宍戸らしいと言えば、らしいような気もするけれど。

私の様子に宍戸は満足そうに、けれど少し意地悪そうに唇の端に笑みを刻むと、ドアノブに手を伸ばしながら付け加えるように言った。

「後でどうなったか、ちゃんと教えてくれよ」

「な、なんで教えなきゃならないの」

今日は宍戸の色んな面を見せられたおかげで、私の頭はその処理に追い付いていない。

混乱気味の私を可笑しそうに見て、彼はくつくつと笑った。

色々と見透かされているようで、ものすごく悔しい。

「もう帰って」

私は腕を伸ばして、彼の背をドアの方へと押し出そうとした。

その一瞬だった。宍戸が振り返りざまに私の唇を塞いだのは。

「ん、んーっ……」

驚いて突き飛ばそうとする私よりも早く、宍戸は素早く私から体を離した。

「な、なんなのよ!」

睨みつけた宍戸の顔には、満足そうな色がちらと浮かんでいる。

「別の男とのために、わざわざ好きな女の背中を押すなんてお人好しは、俺くらいだろ。お礼は今のキスってことで勘弁しといてやるよ。ってことで、また会社でな」

「……!」

「あ、そうだ、岡野ってけっこう胸あるんだな。お前が部屋から出てきた時、試されてるのかと思ってしまった」

「宍戸っ……!」

今度こそ手が出そうになったが、残念ながら、宍戸が私の前から姿を消す方が早かった。憎たらしいほど鮮やかすぎる去り方だった。じわじわとお腹の底の方から、とてつもない怒りがこみあげてきた。しかし、それをぶつける対象はもう目の前にいない。

やっぱり一発くらい殴ってやればよかった。今度会ったら絶対にやってやる――。

私はそんな物騒な決意を固めた。それから、宍戸が私の唇に残していった感触をきれいさっぱり消し去るために、何度も何度も手の甲でごしごしとこすった。