私はぐっと両手を握りしめた。

「いきなりこんなの……。最低!信じていたのに」

自分をにらみつける私に動じることなく、宍戸は私を見返した。

「信じる、ねぇ……」

壁にぽすんと背を預けて、宍戸は苦々し気に唇を歪めた。 

「岡野は、俺のことを無害な男だと思ってたんだよな。全然意識もしてなかったみたいだし」

「……急に、なに」

宍戸は腕を組むと私を横目で見た。

「岡野は俺のことなんとも思っていないから、ドアの内側にあっさりと入れたんだよな。しかもあんな格好でさ」

「それは、宍戸を信頼してたから……」

「信頼って、どういう意味で?」

「どういう意味って……言葉通りよ」

怒りはまだまだ収まっていないのに、暴挙を仕掛けてきた張本人と私はどうしてこんな会話をしているのだろう――。そう思いながらも、私の口は動く。

「宍戸は頼りになる同僚で、気兼ねなく付き合えてたから、できればずっと仲よくやっていけたらな、って思ってたわよ。……あぁ、それも今日で終わりだけど」

宍戸は乾いた声で笑った。

「信用ガタ落ちだな」

「自業自得でしょ」

私はひんやりと冷え切った声でそう言うと、じろりと宍戸を睨んだ。

彼はそんな私を見て苦笑を浮かべ、これ見よがしに、はあっ、と大きなため息をついた。

「俺は岡野の恋愛対象外かもって、そんな気はしてたけどさ。改めてはっきり知ってしまうってのは、やっぱ、へこむな」

「それは……」

「なぁ」

宍戸は体を起こして私に問いかけた。

「どうしたら、俺のこと、意識してくれるんだ?」

私に向けるその眼差しは、よく知っているはずの宍戸ものではなかった。怒りの感情がすっと落ち着いてしまうほど、その瞳は真剣すぎて深すぎた。それから逃げるように、私は宍戸からついっと顔を背けた。

「そんなこと言われても、困る。今夜のことは、なかったことにして」

しかし、もしもそれができないのなら、せめて単なる事故だと思い、忘れたかった。そうしていつか、宍戸とこれまで通りの関係に戻れたら……などと思ったりする。それは自分勝手なことだと分かっているから、その本音を口にはしなかった。

「さっきはつい謝ってしまったけど、俺はなかったことにはしたくない。できることなら、岡野との関係だって変えたい」

顔を見なくても、宍戸の声や口調から真剣な気持ちが伝わってくる。

私はうつむいた。

「……でも、私はそれには応えられない」

すると宍戸が不意に口調を変えた。

「それなら、これ、やるよ」

そう言って私の目の前に何かを差し出した。

「……映画のチケット?もしかして、この前言ってた?」

「あぁ。それ、やるよ。あの人のこと、誘ってみれば?」

「え……」

唐突すぎる宍戸の提案に、私は困惑した。