宍戸はその腕に力を込めて、私を逃がすまいとするかのようにさらに強く抱き締めた。
「好きな相手から、そういう言われ方されるのは、分かっていてもやっぱりダメージあるな。で、その先は?忘れてって言おうとした?それとも諦めて?」
恨みがましくそう言うと、宍戸は私の髪に顔を寄せた。
「いい香りがする」
私はどきっとした。熱を帯びたようなその言い方に、不覚にも宍戸の中の「男」の部分を感じてしまった。非常事態の今、そんなことを思うなんてどうかしている。
「離して」
私はもがいた。宍戸の腕の中から抜け出そうとしたが、その腕はびくともしない。
私の抵抗を無視して、彼は私の耳元に唇を寄せて囁いた。
「簡単に諦められるんなら、苦労しないんだよ。岡野にもそういう気持ちは理解できるだろ?」
そう言い終えると、宍戸は私の耳にそっと歯を立てた。
「や、やめてっ……」
耳元がカッと熱くなった。頭の芯が麻痺しそうになって、抵抗の言葉に力が入らない。
私の耳を噛んだまま宍戸は囁く。
「風呂上がりって分かる、そんな隙だらけの格好で俺の前にいるのが悪い」
「そ、そんなこと……」
ない――。
と否定しようとして、私ははっとした。うっかりしていたけれど、今夜は何の予定もなく部屋にいるだけだからと、素肌の上に服を重ねているだけだった。しかも髪にはまだ湿り気が残り、シャンプーの匂いがしている。自分にとって普段通りのことだったけれど、傍から見れば、隙だらけと思われても仕方のない状況だったかもしれない。宍戸だけを責められない、などと思わないでもなかったが、もちろん私にはそんなつもりは一欠けらもない。
「そんな姿見せといて、誘ってるって思われたって仕方ないだろ」
「そんなんじゃない。離して――」
なおも抗う私の声は、宍戸の耳には届いていない。彼の吐息はますます熱くなっていく。背中に回したその腕で私を絡め取ろうとしながら、唇を私のこめかみへと滑らせた。
「宍戸っ、お願い、離してっ」
私は声を振り絞りながらそう言うと、なんとか首を反らせて顔を上げた。ちょうど目の前に彼の顎が見え、私はそこに思いっきり歯を立てて嚙みついた。
「って……!」
けっこう痛かったんじゃないかと思う。その痛みと驚きとで宍戸はようやく私から腕を離し、噛まれた部分をさすりながら苦笑を浮かべた。
「まさか嚙みつかれるとは思わなかった」
悪びれもせずに平然としている宍戸に、私は震えるほどの怒りを感じていた。
「どういうつもりなの。からかってるの?」
「ごめん。悪かったよ」
実際はたいして悪いとは思っていなさそうなその顔に、平手の一つもお見舞いしてやりたいと手が出そうになった。
それなのに、宍戸は飄々としてこんなことを言う。
「お前のことあまりにも好きすぎて、我慢できなくなった」
「っ…!」