私はふうっと息を吐いて自分を落ち着かせる。
「分かった――」
私は宍戸に向き合うことを決めた。
電話の向こうの沈黙はほんの数秒。宍戸は言った。
―― ありがと。
しかし彼の前に出るにはまず、私は自分のこの姿を多少は見られるような状態にしなくてはならない。
「少しだけ、待ってもらえる?」
―― あぁ。
電話を切った後、これで良かったんだろうかと若干の後悔がちらと頭をかすめた。しかしそれを打ち消して、私は大急ぎで髪を乾かした。少し湿り気が残っているが、後は自然に任せることにしてバレッタで簡単にまとめる。顔には軽くパウダーをはたき、さっと眉を描く。
とりあえず、これでいいか……。
最後にもう一度だけ自分の姿を鏡で確認すると、私はサンダル履きに変えて玄関に降りた。ドアの小さなのぞき穴からそうっと外の様子を伺うが、そこから見える場所には誰もいない。
宍戸はアパートの前にいると言っていたけれど――。
私は玄関から外に出ると閉めたドアを背に立ち、宍戸を探して辺りを見回した。
いた……。
宍戸はアパート前にある植え込みの傍に立っていた。時間を気にするように携帯の画面に目を落としていたが、ドアが開いた音に気づくと、私の方へ首を回した。
宍戸と目が合って、私はつい目を逸らした。
私の方から声をかけた方がいいのかしら――。
そんなことを考えている間に、宍戸はゆっくりと私の方までやって来た。私を目の前にした途端、戸惑ったように表情を揺らしながら言った。
「急に、ごめん」
「あ、うん……」
宍戸のかすれたような小さな声に、私もつられて声が小さくなった。
改めて見ると、宍戸はラフな私服姿だった。そんな彼の姿は、研修の時にも見ているから初めてではない。それなのに、あの時は特に何にも感じなかったのが、どうして今の私は、緊張なんかしているのだろう。彼の様子がいつもと違うから、私まで調子が狂ってしまっている。
「あのさ」
と宍戸が口を開いたその時、風が強く吹いた。
思わず私はつぶやく。
「少し肌寒いね」
「あ、ああ、そうだよな」
宍戸はハッとして私を見下ろした。
「まだ夕方はちょっとな。……なぁ、せめて玄関に入れてくれない?このままここで話すのは落ち着かないし、岡野も風邪引きたくないだろ」
「え、えぇと」
ためらう私に宍戸は訊ねる。
「それとも、近くの店にでも行くか?支度できるまで待ってるけど」
どうしようか……。
私は考え込んだ。このままの格好では出かけられない。でも、わざわざ準備してどこかに移動するのも面倒だ。とは言え、こうやって外で話し続けるのも、宍戸が言うように落ち着かない。周りの目も気になる。
「……分かった。入って」
そう言いながら私は体の向きを変え、肩越しに宍戸を見た。