入社してから数ヶ月。先輩や同期と一緒にランチをしたり、仕事帰りに食事をしたりという付き合いは何度かあったけれど、わざわざ休日に約束を取り付けてまでの交流はなかった。
困惑している私を見て、宍戸は肩をすくめた。
「気が乗らないなら、断ってくれていいぜ」
「えぇと、気が乗らないとかじゃなくて、まさか宍戸から映画に誘われるとは思っていなかったから、ちょっとびっくりしてしまって……」
答えながら、私の頭に橋本さんの顔がぱっと浮かぶ。
「それに、誤解する人がいるかもしれないし……」
「誤解?」
「えぇ……」
「別にやましいことがあるわけじゃなし、誤解したいやつにはさせときゃいいだろ」
「そういうわけにはいかないでしょ」
「考えすぎだって」
「でももしも宍戸のことを好きな子がいたとして、誤解させたらかわいそうじゃない?」
「そんな、いるかいないか分からないような誰かのために、わざわざ気を遣わないといけないわけ?誰を誘うかは俺の自由だろ」
「……」
あぁ言えばこう言う宍戸には、口では敵わない。でも今の私には、誤解されたくないと思う人がいる。
私はため息をついた。
「ごめんなさい。行けない」
宍戸は肩をすくめた。まるで私が断るのは想定内だったとでも言うように。
「だよな。たぶん岡野はそう言うと思ってた。マジメだもんな。あの人に誤解されたくないとか思ってるんだよな」
私はドキリとした。
「な、なによ」
私が誰を想っているのか、宍戸も気がついてるということ?
私が動揺していると、宍戸がふと顔を上げてつぶやいた。
「あ、山中補佐」
その一言に私はさらにドキッとする。
振り返って宍戸の視線を辿ると、補佐がこちらに歩いてくるのが見えた。
今日は会えないだろうと思っていた私は、その途端に自然と笑顔になる。
宍戸はそんな私の様子を憮然とした顔で見下ろして、ぼそっとひと言。
「なんかムカつくな」
その声がしっかりと聞こえて、私は彼を睨んだ。
「何が?」
「なんでもない」
微妙に雲行きが怪しくなった私たちの前に、補佐がゆったりとした足取りで近づいてきた。
「おはよう。二人共早いね」
私が口を開くよりも先に、宍戸はきりっとした口調で挨拶を返す。
「おはようございます」
「おはよう。今日は誰かと一緒?」
「はい、東海林さんと片谷商事様へ」
「うまく契約が取れるといいな」
「はい、頑張ります。それじゃあ、俺はこれで失礼します」
「あぁ」
宍戸は補佐に一礼して立ち去ろうとしたが、つと足を止めて私を振り返った。
「岡野、連絡する」
「え?」
話は映画のことで終わりじゃなかったの?
怪訝に思いながら宍戸を見たが、彼はちらりと私を一瞥したきり大股歩きで去って行った。
宍戸が何を考えているのかさっぱり分からない――。