「いったいどうしたの?宍戸が私に電話をかけてくるなんて、珍しいわよね」

―― そうだったっけ?

宍戸は訝しむ私の問いをはぐらかすようにそう言う。それからひと呼吸分くらいの間を作った後、私に訊ねた。

―― 今、ウチにいるのか?

「外よ」

誰とどこにいるかまで、詳しく話す必要はない。

私が答えた後、再び短い間を空けて宍戸がさらに訊ねる。

―― もしかして、誰かと一緒だった?

「……えぇ、まぁ……」

そう答えてから、私は引っかかりを覚えた。彼の声音の中に、苛立ちのようなものが、わずかだが滲んでいたような気がしたのだ。なぜだろうと思ったが、今はそのことを突き詰めて考えている暇はなかった。補佐を待たせている。だから私は、なかなか本題に入ろうとしない宍戸を話に引き戻そうとした。

「それよりも何かあった?急ぎの用?」

―― いや、急ぎとかそういうわけじゃないんだけど……。

宍戸は普段の彼らしくない、奥歯にものが挟まったような言い方をした。

私は怪訝に思った。今夜の宍戸は本当にどうしたのだろう。まるで別人のようだ。いつもそうであるような、憎たらしいくらいに歯切れが良く、言葉遣いや勢いといったものが、まったく感じられない。

確か彼は今夜、先輩たちと飲みに行ったはずだった。まさかとは思うが、そこで何かトラブルでもあったのだろうか、とふと心配になる。その気晴らしか、あるいは愚痴や文句なんかを仲の良い同期の私に聞いてほしくて、電話をかけてきたのだろうか。そうだとすれば、内容的に会社で話しにくいだろうことは理解できる。

しかし、今は補佐を待たせている。早く電話を切らなくてはと焦りだした私は早口で言った。

「ごめんなさい。急ぎじゃないのなら、電話を切ってもいいかしら。話だったら明日にでも聞くから。人を待たせているの」

―― あ、そうだったよな。悪かった。……帰りはあんまり遅くなるなよ。

「ありがとう。じゃあ、また明日」

電話を切った私は、結局宍戸の用は何だったのだろうと訝しむ。けれど、明日にでも聞いてみればいいかと頭を切り替えて、補佐の待つベンチへ急ぎ戻った。