「……」

無言の私に、彼は穏やかな口調で続ける。

「できればもうこれで、俺と白川さんのことを気にするのは終わりにしてほしいと思う。そうでないと、俺も次に踏み出せないから」

私は彼の一言に敏感に反応した。

「次?」

「あぁ」

補佐は頷く。

私の胸に、ちくりと小さな痛みが走った。

次って、どういう意味?補佐にはもう好きな人がいるということなの?

そう思った途端に、ずっと頭にこびりついて離れないあのことを、どうしても聞きたくなった。

「それじゃあ、あの時寝言で言っていた“りょうこさん”って何だったんですか?」

敬語も忘れて、私は補佐に訊ねた。

「寝言?」

補佐は面食らったような顔をする。

「そうです。補佐がうちに泊まった夜、そう言っていたんです、寝言で。だから私はてっきり、補佐はまだ遼子さんのことが好きなんだとばかり……」

「ちょっと待って」

どうして私は、こんなにムキになっているんだろう。彼が好きなのは遼子さんだと思っていたのに、実は他に好きな人ができていたと知ったからだろうか。補佐がいつどのタイミングで誰を好きになろうと、私に干渉する権利はないのに。

補佐は困惑したように言った。

「岡野さん、本当に待ってくれ。寝言で俺が、白川さんの名前を呼んでいたって?いや、確かにあの頃まではまだ多少引きずっていた所があったから、完全に否定はしないけれど。……というよりも、俺が気になったのは」

補佐はひと呼吸置くと、ゆっくりとした口調で私に訊ねた。

「君はあの時からずっと、そのことを気にしていたということ?それはどうして、って聞いてもいい?」

「あの、それは……」

口が滑ってしまった。私は口ごもり、補佐の目から逃げるように視線を逸らした。

その時、私と補佐の会話を中断させるように、バッグの中の携帯電話がくぐもった音を鳴らした。

もしかしたら、今の流れは気持ちを伝えるのにいいタイミングだったのかもしれない。けれど会話の流れが途切れてしまった。良かったのか、悪かったのか……。いずれにせよ、マナーモードにしておかなかったのは失敗だった。

携帯を取り出そうと、私はバッグの中に手を入れた。しかし、着信音は止まってしまう。

「電話、かけ直さなくて大丈夫?」

「大丈夫だと思いますが……」

そう答えながら、念のため誰からの電話だったのか確かめようと、私は改めて携帯に手を伸ばした。

「急ぎの用件ならまたかかってくるだろうと思いますし、遅い時間ですから、かけ直すにしても明日にしようかと」

携帯を手に取り画面に目を落とした私は、思わず声を上げた。

「あ……」